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22 迅速に


「……ギルドに行ったら冥くんが帰ったばかりだって言ってたから。会えて良かった」


黒縁眼鏡に大人っぽい茶系の色合いの服装。長い髪は後ろで括っていて、その美しさから通り過ぎていく人々は杏樹に目を奪われていた。


(清楚系の美人。まさかこいつがサイコパスだとは誰も思わんよな……)


「よかった。丁度、僕も君に会いたかったんだ」


「え、そうなの?それは嬉しい……でも、だったら連絡は返してよ。昨日からずっとLONE送ってるのに」※LONE、電話やメッセージが使用できる携帯アプリ。


頬を膨らませる杏樹。そういえばさっき檜室から携帯返してもらったんだった。ずっと携帯のない生活だったからな……今までは檜室からの連絡があったらすぐ対応しないとだったから確認は小まめにしてたけども。


……っていうか、それより。


「杏樹、元気そうだね……」


「ええ、元気よ。冥くんのおかげだわ。怪我も治してくれて体調はとても良い」


「……そうじゃなくて」


「ん?」


きょとんとしている杏樹。なんでそんな風に振る舞えるんだこいつは……スキルを奪われたのに。


「ふふ、とりあえずカフェにでも入りましょう。冥くんも話したいことがあるんでしょ?」


僕と杏樹は近場の行きつけのカフェに入った。人気のない奥の席へ、小さめの丸テーブルに向かい合わせですわる。位置的に人に会話を聞かれる事がなく仕事の話をする時は二人いつもここに座っていた。


二人ともアイスコーヒーを注文。


『冥様』


(ん?)


『この女、殺しますか』


(……や、殺さないよ。てか、なんですぐ殺したがるの)


『……』


時々リリィの事が分からなくなる。簡単には殺さないって言ってるでしょうが……。


なんか杏樹と姫霧にたいして異様に殺意が高いんだよな、リリィ。


しかしそれはそうとして。杏樹の態度が気になる……自分の生命線でもあるSSRスキルを奪われた相手だぞ?そんな僕にたいして緩すぎないか?


もしかして、現実逃避?実感がまだわいてないのか?


……まあ、変に避けられるよりこの方がやりやすいけど。


檜室との取引で、僕は杏樹のサポートを任されることにもなっていた。杏樹のスキルを僕が奪ったので、彼女はヒーラーとして能力を失った。


しかしそうなればSSRスキル、S級シーカーが不在になりギルドはSから降格。Sランクダンジョンにも入ることが出来なくなる。それは僕としても困る。だから任務では基本的に同行し、杏樹にスキルがあると見えるようサポートをする事に。


ちょっと面倒だが、自分がS級になるよりはいい。杏樹の任務の回数も少なくしてくれるみたいだし。まあ、檜室的にもボロがでたら困るからだろうけど。


「冥くん」


「ん?」


「もしかして、呪を解けるシーカーを探してるの?」


「……檜室からきいたのか?」


「ううん。冥くんなら玲華ちゃんの呪を解こうとするだろうなって思ったから」


「……話が早くて助かるよ。昔誰かいるって言ってたよね、杏樹」


「うん」


ふふっ、と笑う杏樹。


「なんかおかしかった?」


「ううん。本当に冥くん強くなったんだなって思って」


「?、どういうこと?」


「今も、私のこと殺したいくらい憎いんでしょ?」


「え?いや、まあ……そりゃ、そうだけど。それがなに?」


「……前の冥くんならすぐ感情的になってた。なのに、今はちゃんと制御できてる。激しい憎悪と殺意を保ちつつ冷静さを決して欠かない。完璧な感情のコントロール……これはどんなに訓練した軍人やシーカー、殺し屋や戦士にも難しい。本当に凄いね」


「……」


「ほら、私って15歳まで外国で傭兵してたじゃない?そこでは魔力を扱う兵士もたくさんいてさ、私は物凄い数の人と戦って殺した……でも、君みたいなのはいなかったな。今の君には前よりも更に強靭なメンタルがある、すごいね」


「そりゃどうも」


「ふふ。君はさ、もう私のこと嫌いかもしれないけど、私は変わらずずっと冥くんが好きなんだよ?」


「……僕を懐柔しようとしてるのか?」


「違うよ?ただ、ちゃんと気持ちは伝えて置くべきかなって……」


「は?」


「私、言ったよね?アビスで『大切な人がもがき苦しむ姿が好き』って」


「……」


「冥くんって、本当に魅力的だった。氷河くんや雷我くん姫霧さんにあれだけ虐められても、ギルドを辞めずにひたむきに努力して頑張っててさ。私、頑張る人すごく好きだからね……君がとても魅力的に映った……そんな冥くんが、愛おしくて……紛れもなく大切な人」


「はあ……」


つい呆れた声を漏らしてしまう。


「自分にスキルがなくて、普通ならとうに折れてしまいそうな状況で……冷静に戦局を読み、メンバーの思考や動きを計算にいれて動き調整をとる。光があたることも誰から認められる事もないのに、影からパーティやギルドを支えていた冥くん」


両の拳をぎゅっと握りしめ眉を曲げる峰藤。


「……」


「必死に、苦しそうな表情で、時には涙を堪えきれずトイレで泣いていた事もあったわね。それでも、もがき苦しみながら、妹の玲華ちゃんの為にと耐えて頑張ってきた……君の生き様は私にはとても美しくて綺麗に見えていた。ちなみに氷河くんや雷我くんに取り入ったのも君の絶望した顔が見たかったから。本気じゃないわ……本当に好きなのは冥くんだけ、これは本心よ」


そういって峰藤は、薄く愛おしそうに目を細め椎名をみつめる。


アイスコーヒーのストローを軽く回す椎名。氷がカランと鳴る。


「……杏樹が僕をどう思っていたかはもうわかったよ。だから、そろそろ話を本筋に戻しても良い?時間が惜しいんだけど」


「あ、そうだね!ごめんね、うん……どーぞ」


……杏樹は要するに玩具としての僕が好きなんだ。今の話の意図はよくわからないけど、どうでもいいしもう関係無い。僕はこいつをただただ利用するだけだ。


「解呪ができるシーカーは君の知り合い?」


「一応知り合いではあるわ。S級シーカーの緊急招集でなんどか顔を合わせた事がある。レイドの医療チームで一緒だったんだけど、忙しくてまともに話したことはないわ」


「そうなのか」


「上に掛け合ってみる?」


「……え?」


「私、まだ一応S級の肩書があるから、もしかしたら連絡とれるかもしれない。でも解呪してもらえるとなってもお金はすっごくかかると思うけど、それは覚悟して欲しい……友達割とかできないけど、ごめんね」


「いや、金はいいんだけど」


「なに?」


首を可愛らしく傾げる杏樹。なぜこいつはここまで普通でいられる?スキルを取られたんだぞ……しかもその元凶は僕だ。そんな奴あいてになぜここまで好意的に接することができる?


……敵意も感じない。わずかにでもあれば僕はそれを感じ取れる。アビスで裏切られた時から思ってたけど、こいつは本当に理解不能だ。


「一応言っておくけど」


「うん」


「スキルは戻せないよ。一度僕の【暴食】で噛み砕いた物はもう元に戻せない」


「そうなんだ、へえ……」


ふんふん、と頷く杏樹。


こいつ……スキルを返して貰いたいんじゃないのか?なんなんだこの余裕は。……いや、僕のスキルを戻せないという話が嘘だと思ってるのか……?


「そんなに不思議?」


「……え」


「私が君に好意的なのか、不思議なの?顔に出てるよ」


「……僕を殺したとしても戻らないよ」


「別にいいよ。スキルはあげる」


「……」


「言ったでしょ。私は冥くんの事が好きって。苦しんでもがいてる姿が一番好きだけど、喜んでる姿も笑ってる姿もみんな好き……だから側にいたい。そのためなら私は都合よく使われてもいいわ。そもそも先に私のほうが冥くんを都合よく使ったしね」


「そう」


……僕がもがき苦しむ姿が好き。そのためなら手段は問わない、か。


「じゃあ、連絡してみるね」


「うん、じゃあ頼むよ」


側に置くのは危険。だけど野放しはもっと危険だ。


「杏樹」


「ん?」


「……君と僕は【運命の黒い糸】で繋がれている」


「それは、【暴食】で得たスキルのひとつね」


「ああ。これがある限り君は僕からは逃げられない」


椎名の微かな殺意が杏樹へと伝わる。妙なことをすれば容赦しない、そう意図を込めた殺意。


それを受け、杏樹は体を震わせる。


彼女は「はあ」と熱っぽい吐息をはく。


(……ん?)


そして、峰藤は頬を赤らめ艶のある声で、


「……もちろん、従順に……冥くんに従うわ♡」


と答えた。


『冥様。こいつは変態です、ヤバいです。今すぐ殺しましょう』


(まてまてまて)





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