20 脅迫
僕と檜室が感動の再会()を果たした翌日、檜室に話したい事があるといわれてギルド『氷龍の刃』事務所へ来ていた。
頂上を眺めていると首が痛くなるようなオフィスビル。
流石は一流のS級ギルド。国からの支援金と動画の再生数その他諸々、かなり儲かっている事がこの立派なビルから見て取れる。
(……ここがまるまる『氷龍の刃』の所有物なんだもんなぁ)
中にはシーカーのトレーニング施設、簡易ダンジョン、ホテルさながらの泊まれるフロアや、プール、風呂、サウナ、コンビニなどもある。
今更だけど……これ、大丈夫なのか?政府から貰ってるシーカー支援金、こんな事に使ってて良いの?いや、支援金じゃない金で賄ってるのかもしれないけど。
ビルに入り受付でパスを見せる。僕も扱いは雑だったけど一応ここのギルドの一員だからな。
「あ、椎名さん」
「こんにちは」
ぱあっ、と明るい笑顔で迎えてくれたのはいつもここの受付をしてくれている佐藤さん。確か僕より二つ上の21歳だったかな?ショートヘアの綺麗な女性だ。……って、ん?
突然、佐藤さんの笑顔が曇り涙ぐみ始めた。
「……え、えっと?」
「心配したんですよ、椎名さん……!無事なら、なんで連絡返してくれなかったんですか!」
「あ、ご、ごめんなさい!携帯失くしちゃってて……」
失くしちゃっててっていうか、アビスで檜室に取り上げられたままなんだけど。
「まったくもう、君は……心配ばっかりかけて、ダメじゃないですか!」
「すみません」
「けど、ほんとうに……無事で良かった……」
涙を拭い微笑む佐藤さん。胸が痛むな、これは。
佐藤さんは僕がここに来てからずっと心配をしてくれてる。僕がスキル無しの人より弱いシーカーだからというのもあるけど、任務の後は必ず連絡をしてきて無事かどうか確認してくれる……。
僕がお金ないことを知ってるからか、時々ご飯食べに連れて行ってくれて奢ってくれたり……なんだか、お姉ちゃんみたいな、ずっとそんな存在に感じている。
……そういや、僕この人にずっと奢って貰いぱなしなんだよな。今更だけど、申し訳なくなってきた。今度誘われた時は僕が奢ろうかな。
「……すみません、取り乱して。それで、今日はどうされたんですか?」
「あ、いえ。えっと……そう、ギルマスから呼び出されて」
「檜室さんですか。わかりました、どうぞ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭をさげ微笑む佐藤さん。ちなみに彼女は檜室のお気に入りらしい。しつこく声をかけられていてそれが少しストレスになってるみたいだ……でもここの仕事は辞めたくないらしい。理由は不明。
エレベーターで最上階へと移動。
檜室がいる部屋へ。ちなみにこのワンフロア檜室専用っていう。夜景が綺麗だとかなんとか……もう仕事関係ないよな。
「椎名さん、こんにちは」
扉の前に檜室のマネージャーがいた。眼鏡をかけた背の高い女性。名前は斎藤さん。檜室はタレントのようなこともしているので一応マネージャーが付いている。
「こんにちは」
僕へ会釈をすると斎藤さんは扉をノックし開ける。
入るとそこには檜室がいた。いつもは椅子に座ってふんぞり返っているのだが、今日は何故か立っていた。
表情をみるに緊張もしているようだ。……というか、顔色が明らかに悪い。
「斎藤さん、誰も入らないようにみてて」
「わかりました」
斎藤さんが出て扉をしめた。檜室の緊張の度合いがまた更に上がった。
「……なぜ、生きてるんだ……おまえは」
震える声で問う檜室。
「なぜ生きてるのか、って……ひどいな。生きてちゃダメなの?」
「……おまえは、あの、アビスに3週間も放置されてたんだぞ……S級シーカーですら、一人では生きて帰れないような……なのに、なんで」
「うーん、そんなこと言われてもさ」
「……そのスキルがあったからか……?」
「あ、まあそうだね。うん、この【暴食】があったから死なずにいられたってのは正解かな」
「……人のスキルを、奪う……スキル……!」
「そう。任意の対象に魔力でマーキングさえすれば、いつでもスキルを奪える」
檜室は脳内がぐらぐらと揺れるような感覚に襲われる。
(……スキルを奪う……スキル……嘘のような、有り得ないようなチート……スキル……)
動悸が激しくなる。
(……ダンジョンでこいつが来てから、杏樹のスキルが使えなくなった……こいつが奪ったのは、間違いない……こいつが人のスキルを奪えるのは間違いないんだ)
――……俺はどうなんだ?
おそらく杏樹がマーキングされたのはアビスでこいつに触れられたあの時。
杏樹はあれから度々なにか違和感があると言っていた。
……そうだ、確か……誰かに視られているような気がするとかなんとか。
マーキングされるとそういう違和感を感じるのか?
なら、そんな違和感がない俺にはマーキングはされていない?
――……俺は……どうなんだ……!?
今の俺には、杏樹のように喉元に刃が当てられた状態なのか?
(……オラボの巣窟の外、抱きあった……あの時、俺は……だ、だが、違和感は……ない……どうなんだ、俺はマーキングされてるのか……!?)
――ゾッ
(……こ、怖え……)
「どうしたの?檜室くん」
「……ッ……」
「気分が悪いのかな?少し顔色が悪いよ……あ、そっか」
近づいてくる椎名に動けない檜室。
(……!?)
――椎名は、手を伸ばし檜室の失った目の跡に触れた。
あまりの恐怖に顔を背ける事も出来なかった。
「……ヒール」
「!?」
ぼんやりとした緑の光が傷跡に宿る。そして、失った眼復元されていく。時を巻き戻すかのように、数秒もたたずに檜室の目と顔の傷が治る。
――……やっぱり、間違いない……!!これは、紛れもなく……杏樹の【生命の樹枝】のヒールそのもの!!!
もう元には戻らないと諦めていた片目。それが復活し、本来なら喜ぶべきところなのだろう。しかし、椎名に対する恐怖心がそれを上回る。
(……本当に、冥にはスキルを奪う力が……。い、いやまて……というか、なぜ俺の怪我を治した……!?こいつは、俺を恨んでいるんじゃ……何が目的なんだ!?)
「……た、短刀直入に聞く……お前の望みはなんだ!?」
「……僕の望み?」
「どうすれば俺は助かる!?金か!?地位か!?」
「……」
「俺のスキルを奪わないと約束するなら、なんでもくれてやる!!なにが欲しい!?」
「檜室くん、自分の立場わかってないみたいだね」
「……ッッ!?」
殺気がほのかに混じる冷たい視線。椎名の瞳が淡い紅色に光っていた。
「僕は君の人生をいつでも終わらせる事ができるんだよ?」
――檜室の脳裏に過ったあの光景。
『オラボの巣窟』で、オラボロードの強靭な盾を軽々と斬り裂いた大爪。
まともにやりあえば確実に殺される。
「……なんちゃって。そんな怖がらないでよ、僕ら親友でしょ?」
はは、と笑う椎名とは対象的に檜室は苦笑いすら浮かべられない程表情が緊張で固まっていた。
「……」
「だから教えておいてあげるね。ご想像の通り、檜室くんにはマーキングしてある。だから僕からはもう逃げられない」
檜室は目の前が暗くなっていくのを感じた。
「……俺は、どうすれば……」
「そうだね。とりあえず、要求は3つ」
指を一つ立てる椎名。
「まずひとつ、僕の追放を取り消すこと。……またこのギルドで働かせてよ」
(……うっ……)
できることなら別のギルドに行って欲しい、檜室はそう思っていた。だがそんな事も言えるはずはなく……。
「……わかった……」
頷くしかない。かつて客寄せパンダのようにネームバリューがあり側に置いときたい奴No.1の椎名。しかし、今や彼は最も側に置いときたくない人間No.1であった。
――そこでふと檜室は疑問に思う。
(……今の冥ならば、S級シーカー認定にも通るはず。そうなればギルドだって、自分のが作れる……なのになぜウチに拘るんだ?)
そんな疑問も口にできず、椎名の要求は続く。
「ふたつ、僕のスキルその他の情報は口外禁止。……これは姫霧さんと杏樹、大童くんにも言っといて」
「……?、大童は……お前が殺したんじゃ?」
きょとんとする椎名。びくりと体を震わせた檜室。
「やだなぁ、殺してないよ。仲間を殺すだなんて、そんな酷いことできる人いるの?」
「……」
「ま、そんなわけだから大童くんにも言っといてね」
「……わかった……連絡、しとく」
「そして最後みっつ目。……お前が、僕の妹にかけた呪の正体を教えろ」
ズズズ、ズズ……と椎名から放たれたドス黒く禍々しいオーラが檜室の体を包みこむ。
「――〜〜ッ、……ひぃ……ッ!」
凄まじい殺気の混じった魔力。檜室はがくがくと脚が震え、床に手をついた。まるで王に頭を垂れる愚民のような構図で。
「檜室くん、アビスで嘘ついたよね?妹の……あれは、ただの魔素による中毒じゃなかった……強力な呪術の類だ。いったいなんの呪をかけたの?」
杏樹からスキル【生命の樹枝 《SSR》】を奪った後、椎名は妹の玲華の元へ行った。
このスキルによる『ヒール』は軽度な毒の類も打ち消す。もしかしたら、妹の体内に溜まってしまった魔素による影響もこれで打ち消せるのではと椎名は考えたのだ。
しかし結果は回復せず。だが、聖属性のスキルでヒールをかけたことで新たな事実が判明した。
なんと玲華には呪がかかっていたのだ。
ヒールによって玲華の全身から立ち昇った黒く禍々しい霧のようなオーラ。その反応は強力な呪の反応だった。
つまり、檜室は呪も玲華にかけていたのだ。
――ぼたぼた……と、冷や汗が落ちる。
「……お、おお、おしえ、る……から、た、助け……」
ガチガチと歯が鳴る檜室。
「ああ、教えてくれれば命は助けてあげる」
椎名はしゃがみ込み檜室に視線を合わせる。燃え上がるような深紅の瞳。深い深い闇に檜室の顔が映っていた。
「……でも、それがもし嘘だったら」
にこりと微笑む椎名。
「わかるよね?」
「……は……はい……」
……ま、どの道助ける気はないんだけど。
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