18 外
――時は遡り、【深淵のアビス】
戦意喪失し恐怖の感情に支配された大童。
そして口角を上げ歪な笑みを浮かべる椎名。
「あ、ああ、あ……ひっ、ひぃい……」
「じゃあ、暴食るね?」
禍々しい魔力が大童の体を包み込む。
――ッ……グチャ、ズズズ……。
ドス黒く、紅の混じるオーラに覆われる。
「ぎ、ぎゃあああ、いやだああああーー!!!」
飛び上がり椎名へと背を向け、四つん這いで逃げ出す。
するとその時――
ズガンンッ!!
と、大きな音と地面の揺れ。振り返る大童。すると先程まで大童が居た場所に椎名の拳が突き刺さり、地面の岩肌が砕け大きな割れ目が出来ていた。
――ゾワッ
(…………あ、死……ッ)
後少しで殺されていたと背筋が凍り、真っ青になる大童。
ゆっくりと大童の方へ顔を向けた椎名。にこりとほほ笑んでみせた。
「……わ、わああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーー!!!」
コケて顔面をぶつけながら、脱兎の如き凄まじいスピードで転送門の方へ逃げていく大童。
「……相変わらず五月蝿い声だなぁ」
姿の見えなくなった大童。椎名は、はあ、と溜息を吐く。すると彼の影から声がした。
『……追って殺しますか?』
「や、いいよ。マーキングはしたし……あ、もう出てきていいよリリィ」
『はい』
影から出できた一人の少女。レースのフリルがついた綺麗な洋服、いわゆるゴスロリというものを着たこの小さな女の子は、リリィ。
僕のスキル【暴食】の端末だ。最初は黒猫の姿であらわれた彼女だが、本来の姿はこちららしい。何かと都合がいいので人形の状態で行動を共にしてもらっていた。
……ちなみにこの人間の姿だと僕の思考は読めないらしい。
そしてこのリリィにもスキルがある。スキル名、【血影模倣《SSR》】
このスキルの能力も三つの機能から成っている。
①影に溶け込む事ができる。(さっきまで僕の影の中にいた)
②影に魔力を与え、武器や防具を創り出す。創れるものは自分が見て触れた物しか再現不可。
③影に物を取り込む事ができる。アイテムボックス、ストレージのようなもの。
と、なんとも便利な能力である。
「あの、主様」
「……リリィ、また」
「あ、すみません。冥様」
「……あの、できれば、その「様」ってのもそろそろ付けないで呼んでほしいんだけど」
「それは出来ません」
「だよねえ……」
この【深淵のアビス】で彼女と共に過ごした3週間。色々な事があった。
サバイバルしたりボスに挑んだり、ご飯食べたり思い出話をしながら寝落ちしたり。
だから、僕は彼女の事をもうただのスキル端末だとは思えくなっていた。
こう、妹というか……そんな存在に感じる。見た目も小さく幼いし。
睫毛が長く、美形の顔をしている彼女。しかし打ち解けたからから、仕草や雰囲気も子供っぽい面が度々見られ、尚更そう感じる。
と、まあ……なので主様と呼ばれるのは抵抗があり、名前で呼んでもらうことにしたのだ。
「それで、どうしたの?リリィ」
「あの者はいつ殺していいのですか?」
「殺したがるなぁ」
「冥様に対する非道の数々、その罪は『死』以外に償うすべはありません。許可をいただければ今すぐにでも首を刈って参りますが……如何ですか?」
「いや、如何ですかって……それじゃ逃がした意味ないでしょ。めちゃくちゃ殺意高いな」
「そもそも、なぜあれを見逃したのです?手始めとはいえ、冥様に対する償いが腕の1本では全く足りないと思うのですが」
「うん、まあね。でも、だからこそだよ。彼をここで殺したら勿体ないだろ?」
「勿体ない?」
「そう。これから長い時間をかけて彼には後悔と償いをしてもらわないと……すぐに殺して楽にするなんて、勿体ない」
「……なるほど。流石は冥様です」
「それにマーキングはしてあるからね。何処に居ても分かるし僕からは一生逃げられないよ」
無表情に赤い目が僕を見あげている。少女はその艷やかな腰まである髪を揺らし、歩き出す僕の隣に並んでいる。
おもむろに僕は彼女の頭を撫でる。すると無表情の顔が少し和らいだように見えた。
リリィは撫でられるのが好きだ。この3週間でご褒美が欲しいとねだられてから、事あるごとに撫でてあげている。
眠る時も僕の膝に頭をのせてきて撫でてと無言の圧力をかけてくる。こういうところは見た目相応の子供だな、と思う。
それから三十分歩き、転送門へとたどり着いた。
「……本当なら、これを起動させて使うには、登録されている檜室、大童、姫霧、峰藤、いずれかの魔力が必要なんだけど」
僕は手のひらを出し魔力を集中させた。その魔力は檜室の纏っていた魔力の色を放つ。それはやがて蛞蝓、ヴェルモリウスに姿を変えた。
これは檜室がここへ来た時に採取した魔力。
「……あの蛞蝓ですか」
「うん、そう。僕のスキルで創り出したこのヴェルモリウスに檜室の魔力を吸わせた」
檜室がここに来たとき、天井から落とし付着させたヴェルモリウス。この蛞蝓の魔物は触れた相手の魔力を吸い上げる能力を持っている。
「姫霧がヴェルモリウスを燃やす前に檜室の魔力を僕に流させておいたんだ。これに使うためにね」
スキルスロット、3【不死の女王 《SSR》】
【深淵のアビス】350層のボス、【ヴェルンブラクシス 《SSS++》】から奪い取ったスキル。
巨大な蛾の羽根に本体が蛞蝓という魔物で、途轍もない魔力と再生力を有する化物。
しかしその無限ともいえる魔力の秘密は、自ら生み出した子供、無数のヴェルモリウスをダンジョン内に放ち、継続的に集めさせ続けていた魔力だった。
それがこのスキル【不死の女王 《SSR》】の能力のひとつ。ヴェルモリウスを生み出し、魔力を奪わせ回収するという力。それを応用して檜室から気づかれずに魔力を奪い取った。
「【暴食】でも魔力を奪えるけど、奪った時点で僕の魔力と混ざり込んじゃうからね。それだと転送門に使えない……だが、このスキルだと混ざり合わずに、檜室の魔力を蛞蝓にして留めておける。これで彼らが登録している転送門は何度でも使用できる」
「なるほど、流石です冥様」
リリィのお尻から生えている尻尾がぴょこぴょこと動く。可愛い。
感情が顔に出ない子だけど、いつも尻尾が分かりやすく動く。
「リリィ、一応僕の影に入っておいて。もしかしたら置いてっちゃうかもだから」
「わかりました」
とぷん、と水面に入り込むように僕の影へとリリィが吸い込まれる。
「……よし。それじゃあ、転送門起動」
檜室の魔力で形作った蛞蝓を転送門にある魔石へと近づける。するとその魔石は光を放ちだした。
(326層のここから地上までとなると転送にかかる時間は約十分……僕の別のスキルの方が早くでられるけど、まだアレは使えない)
杏樹につけたスキル。それを使用すると、彼女の影へと移動し出ることができる。
スキルスロット、4【運命の黒い糸 《SSR》】
3つの機能が備わっていて、①スキルで出した黒い糸状の魔力で、任意の相手の影と自分の影を結ぶと繋がる事ができる。②繋がっている相手の心理、精神、肉体の状態がわかり、集中すると感覚を共有することも可能。③繋がっている相手の元へ影を通じて移動する事ができる。
杏樹の肩に触れてマーキングを施した時、それと同時に足で彼女の影を踏み糸を結びつけた。
だからやろうと思えば一瞬でダンジョンからでられはする。
けど、これはまだ使う時じゃない。
使うべきは、杏樹が窮地に追いやられ彼女の隠してる切り札が切られたタイミング。
杏樹の能力をずっとみていた感じ、魔力貯蔵とヒールが主な機能だと思った。けど、多分違う。
僕がこのレベルのスキル【暴食 《UR》】を手にしてみてわかった。魔力貯蔵、ヒール……それだけだとおそらくSRの域を超えはしない。
SSRである以上、もっと強力な機能が備わっているはず。それを切らせてから奪うのがベスト。
せっかく奪うなら全ての能力を確認してから。
奪ってもその機能の存在を知らなければ使う事もできないし、そうなればスキルの性能をフルで発揮できずに勿体ない。
(……だから、僕は彼女がその切り札を使うのを、この糸で監視し待つ)
ちなみにこの【運命の黒い糸 《SSR》】は、【深淵のアビス】370層のボス【アラクネ・ネファンダ 《SSS+++》】という巨大な蜘蛛の魔物から奪ったスキルだ。
【ヴェルンブラクシス《SSS++》】も【アラクネ・ネファンダ《SSS+++》】どちらも命がけの戦いだったけど、それに見合うスキルを得られたと思う。
――景色がぼやけていく。転送門による移動が始まった。椎名の体を光が包みこみ、視界が真っ白になる。
「……久しぶりの外の空だな」
視界が戻るとそこから外の夜空が見えた。一層、出口付近の転送門に転送された椎名。そこはまだダンジョンの洞窟内ではあったが、外の景色がみえる位置だった。
ダンジョン出入り口にある結界をこえ、外へ。
魔素のない、地上の空気が懐かしくも心地良い。
「……うーん、空気が美味しい」
暗い森の中にある【深淵のアビス】の入り口。空には無数の星があり、夜にしては明るかった。
「さて、とりあえず帰ろっか」
『冥様。私、お腹がすきました』
「……うーん、家になんかあったかなぁ」
本当、妹っぽい端末だよな……。
――
スキルスロット、1【魔獣爪 《R》】
スキルスロット、2【???《?》】
スキルスロット、3【不死の女王 《SSR》】
スキルスロット、4【運命の黒い糸 《SSR》】
スキルスロット、5【???《?》】
スキルスロット、6【???《?》】
スキルスロット、7【???《?》】
【重要】
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