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16 恐怖 ★


――檜室は必死だった。


なぜここに椎名が突然あらわれたのか、それは最早どうでも良く、ただ藁にもすがる思いで彼へと懇願する。


「……た、たた、頼む……奴らを、ひ、ひきつけ……」


混乱はある。だが、それ以上に『生きたい』『死にたくない』という思いで頭がいっぱいだった。


(……な、なんでもいい、なんでも……と、とにかく、死にたくない!!)


「……め、冥……!!俺が逃げられる、時間を稼いでくれ……!!」


震える声。


その言葉をうけ椎名の笑みは消えた。


「っ!?」


冷たく暗い椎名の瞳が、視線が鋭く檜室を射抜く。


「……ッ」


ゾワゾワと全身の肌が粟立つ。殺気。初めてみる冷徹な顔に檜室はガタガタと体を震わせ、涎を垂らす。涙が溢れ、恐怖で気が触れそうになる。


――その一方で、視線が外れたのをみたオラボのリーダー。しかし、こちらを見ていないにも関わらず、隙のない椎名に謎の畏れを抱く。


だが、この隙を逃せば勝機を失うと確信する。


(グ、ゲッ、ゲゲ……)


オラボリーダーは恐怖心をなんとか抑え込み蹴りを放った。


「――グゲエエッ!!」


ビュオッ――


がら空きの脇腹。しかも相手は鎧の類を着用せず、ただのボロボロの衣服。椎名の纏っている魔力も少なく見え、ヒットすれば最低でも怯ませられる


そう考えた、が、しかし。


攻撃がヒットする寸前。



――スパンッ



ブレる視界、謎の浮遊感、そして


――ゴトッ


頭部への強い衝撃。


突如、自軍のオラボの脚が目の前に現れた。視線を上へとあげると、驚き恐怖の表情でこちらを見おろしていたオラボの仲間たち。


「――?」


体を動かそうとするオラボリーダー。


しかし、動けない。


(……ゴッ、ゲゲ……?)


声も出ず、意識が遠のいていく。


(…………ギ、ギ……ゲ……)


視界の端に入った見覚えのある体。


首と腕が切り落とされ、血が流れている。


――ドッ


がくりと膝をつく《《自分の肉体》》を目の当たりにし、そこでやっと自身が殺されたのを理解し事切れた。


落ちた頭と両腕、それらを失った胴体がまるでオブジェのようにそこに沈黙している。


――ヒュッ


ダガーを振り、刀身に付着した血を飛ばす。


「……ま、暴食たべた分は働かないとね」


くるくると手のひらで、甲でダガーを回し微笑む椎名。


檜室は、これは夢か……?と半ば現実逃避を始めていた。


一方、峰藤は意識が保てず視界が暗闇に侵食されながら、記憶を反芻していた。


(…………たし……に、さっき……私の、影から…………冥、が……)


自分の影から飛び出してきた冥。峰藤はそれを確かに見た。あれはなんのスキルなのか魔法なのか、或いは魔石か。ただ一つだけわかることは、彼の体から感じるかつて自分にあった何か……【生命の樹枝】らしきスキルの気配。


(……冥、く……に、奪わ…………)


――ふ、と倒れ込む峰藤。彼女の体が地面に触れるまで、その僅か数秒に満たない刹那の時間。


――ズッ、ヒュオッ


椎名は、その場にいたオラボの約半数の命を瞬く間に奪っていた。


「グギャアア!?」「ゲギャ!」「グゲエエッ!」


高速で接敵、ダガーを使い首を跳ね心臓を突き、頭を蹴り飛ばし胴を切り裂く。


オラボ達はその異常なスピードになすすべも無く、肉塊へと変えられていく。


「ギャァァァ!!」「グゴッ!?」「……ゴボッ、ギ」


檜室はただただ、その光景を呆然と眺めていた。


(……な、なんだ……これは)


揺らめき軌道を描く残像。


黒い影、そのあとに残る死の山――


圧倒的な戦闘力。


目で追うことすらも困難な程の異様な動き、攻撃速度。


(……こいつ、本当に……め、冥、なのか……!?)


――ドサッ、と峰藤が倒れた時、オラボロードが姿を現した。


「……!、フロアボスか」


オラボロード。オラボ族の王。しかもこの個体は、このダンジョンの1〜34層という途轍もなく広い範囲を領地にした他に類をみない強さをもつ個体だった。


(通常のオラボロードの約4倍の筋肉量と魔力……王自ら出向いたのは、シーカーの魔力に味をしめたからかな)


魔物であろうと人であろうと、死ねば魔力は抜け出て消える。だからこそ王は自らそれを喰らわんと戦地へ赴く。他の王とは違う、戦場へ自ら出向き戦う王。


多くの戦場を経験してきたからだろう、戦術を学習し身につけた。


(……この感じだとここのダンジョンでの行方不明者、もといオラボによる被害者はかなりいたんじゃないか?なのにシーカー協会は閉鎖もせず放置していた……何かあるのかな)


「ま、今はどうでもいいか」


オラボロードが全身に魔力を滾らせる。それにより筋肉が膨れ上がり、腕の盾もまた巨大化した。


そのまま盾を椎名へと向け突進してくる。


攻防一体の攻撃、敵を押し潰さんと地面を抉りながら猛スピードで突っ込む。


――ゴゴゴゴゴ!!と、地震のような音と揺れ。


(……まだ他の戦える兵士がいる。なのに王自ら向かってくるとは……)


椎名がオラボリーダーを殺した後、オラボロードが姿を見せ彼は吠えた。その瞬間、兵士達は逃げようとした。つまり、オラボロードが退くように指示をした可能性が高いと椎名は思った。


(兵士では勝てないと悟り、被害を抑えようとしたのか……それとも)


なんにせよこのゴブリンロードの方が檜室よりも優秀でありトップに立つ器だと椎名は思った。


椎名はゴブリンロードの盾を蹴り、宙を舞う。


「――気高き王に、敬意を表して」


口にダガーの柄をくわえ――


【暴食】


――椎名の瞳が紅く光り、闇のように揺らぐ。


スキルスロット『1』


【魔獣爪】


「……発動」


椎名の両腕に巨大な爪、燃えるような赤黒いオーラが出現。


――ズシャアアアアア!!!


振り下ろした爪はゴブリンロードの大きく頑強な盾を容易く切り裂き、その刃は王の肉体にまでも達した。


瞬間、閃光が走る。


――ドゴオオオオオンンン!!!


途轍もない爆音。


身につけていた爆破魔石が発動したのだろう。


岩のバリケードに使用されていたものであり、殺傷力は低い。しかし、至近距離で爆発させることで王は椎名を殺そうと目論んだ。


が、しかし――


「……む、無傷……だと……」


檜室は愕然とした。確かに椎名は爆発の直撃を受けた。しかも使用されたのがさっきの魔石ではあるものの、数が多かったのか威力は数倍あった。


現に王のいたであろう場所、爆心地の周囲は大きく吹き飛び地面の岩肌は抉れ大穴があいている。


だが、椎名は何事も無かったかのようにそこに居た。自分であれば例えフルパワーで魔力防御をはったとしても、到底無傷ではいられない。


(……なのに、なんで……)


檜室が驚き固まっているのとは対照的に、椎名はこの状況を冷静に分析していた。


(……おそらく、王は自軍の戦力全てをもってしても僕には勝てないと思ったんだろう。だからこそ、一番強く僕の足止めができそうな自分が残った……兵士の逃げる時間を稼ぐために。それは、民を守ろうとする王のあるべき姿だ)


「……最後は死を覚悟しての特攻。後世への脅威を排除する為の自爆か」


くるっと檜室の方へ体を向ける椎名。


檜室の元へと歩いていく。


「……ぁ……」


冷たい目で射抜かれる檜室。本能がそうさせるのか、体が勝手に震えだした。


「……保身ばかり考えているゴミとは、大違いだ……ね、檜室くん?」


檜室の横を通り過ぎ、背後に倒れていた姫霧の元へと椎名がたどり着く。


彼女の肩に触れ、


「……ヒール」


と椎名が呟く。すると白い光が姫霧の体を多い始めた。


「は、え……!?」


檜室は驚くべき光景を目にした。


ズズ、ズズ……と、生えてくる姫霧の失われた両腕。岩のバリケードを破壊した時に仕込まれていた爆破魔石により吹き飛ばされた両腕が修復され、復活した。


それどころか、弱々しかった魔力も回復し始める。


姫霧の意識は戻らないが、顔に生気が戻り重篤な状態を脱した事が見て取れた。


「……な、んで……お前が、ひ、ヒールを……!?」


目玉が落ちるのでは無いかと思われる程、見開いた眼。


そんな驚く檜室を差しおき、次は峰藤の元へ。出血多量で血に伏している彼女を抱き起こす。そして、頬に触れまた「ヒール」を唱えた。


みるみると腹の傷が修復され、あっという間に綺麗に閉じた。


「……っ、……ぅ」


意識を取り戻す峰藤。


「……や、ぱり……」


「おはよう、杏樹」


にこりと微笑む椎名。それにたいして杏樹も笑い返した。


「……私の、スキルは……あなたが、奪ったのね……」


「うん。まさかこんなに早くうばえるとは思わなかったけどね」


そっと峰藤の体を地面に下ろし立ち上がる椎名。


「……もう、君の中にはSSRのスキルは無い。いや、それどころかスキル自体が無い……かつての僕と同じ、【無能探索者ゼロシーカー】だね」


その言葉を聞いた檜室は絶句し、頭の中が真っ白になった。


……お、おい、おい……まてまて、は?


杏樹にSSRスキルが無い?


じゃ、じゃあどーすんの?俺たちのギルドは峰藤がSSRスキル持ちだから、ギルドランクも最高になれてるんだぞ?


ギルドにSSRがいないと……ギルドランクは、え、SからAランクに戻されて……そうなったら、アンチ共に馬鹿にされて、うわああ!?


嫌だ!そんなの嫌だ!!


もうどうにもならないのか!?


だいたい杏樹がSSRスキルを椎名に奪われたって本当なのか!?


や、まてまて、確かに今椎名は峰藤がいつもやっているように「ヒール」を使用していた……ちゃんと重症化した姫霧も杏樹も治してみせていた!


(嘘だ、嘘だ、嘘だ、ありえない、どーして奪われた)


はっ、そ、そうだ!!どうやって、杏樹からスキルを奪った!?


もしかして、俺も奪われて……!?


焦る檜室、しかし自分の中にあるスキルの気配を感じすぐに安堵する。


(う、奪われてない……)


良かった、ある……奪われてない、良かった……。


……だが、どうやってあいつは杏樹からスキルを奪ったんだ?


檜室がそれを疑問に思ったその時、ちょうど峰藤がその答えを口にした。


「……もしかして、あの時……【アビス】で、私の肩に触れた時なの?」


「うん、そう。僕のスキルは相手に触れて魔力をマーキングしないと発動できないんだ。マーキングして初めて『奪う』スキルが発動できる……」


椎名が檜室へと顔を向けた。視線があった瞬間、檜室はゾッとする。


本能が理解する。


喰らう者と喰われる者。


奪う者と奪われる者。


強者と弱者。


(……や……ヤバい……)


巨大な狼に睨まれた手負いの兎、そんなイメージが脳裏をよぎる。


「……姫霧さんにはもうマーキングした、さっきヒールで触れた時にね」


一歩、檜室へと近づく椎名。


(……潰れた目は治して欲しい、が……触れられたら、マーキングされて……!!)



――もしも、スキルが無い人生になったら?



まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る想像。


もし、もしもスキル無し、無能力の探索者、になったら……俺も、冥のように雑用として働くことに……。


い、いや、思い返せば冥は雑用どころか奴隷のようなことをやらされていた……メンバーの好みの食事作り、ストレスのはけ口、スケジュールの管理と……今は他のやつにやらせているが、金がかからないから動画編集だって押し付けていた。


俺はずっと側でみていた……だから知っている。


冥が、どれだけ精神と心をすり減らしながらこきつかわれていたかを……。


(……嫌だ)


雷豪と姫霧の冷たい目、街を歩いているときの周囲からの可哀想なやつという目……スキル無しがどんな目で世間から多くから見られるか、俺は知っている。


(……ぜったい、嫌だ……)


……いや、おそらく俺の場合はそれだけじゃ済まない……!


――ザワッ、と背筋が凍る。


ギルドをSランクに上げるためにかなり周りに恨みを買っている。俺がスキルなしに転落したとなればそいつらからの仕返しがヤバい。


――包み込む悪寒。まるで極寒の地に居るかのように、震えだす檜室の体。


それに俺を嫌っている奴らも大勢いる。ネット、リアル、その両方に大勢……やつらは直接手は出してこないだろうが、誹謗中傷が爆増するはず。


(……いやだ、いやだ、いやだ……)


「……ッ」


――目の前に立つ椎名。影が檜室を覆った。


見下ろす椎名と見上げる檜室。


あまりの恐怖に檜室は涙が溢れ出す。そして、


「ひぃ、ひゃ、ああ……嫌だああッ」


か細い声が洞窟内に響いた。


椎名の手がゆっくりと檜室へと伸びる。


「う、うあ、あああ……!!!」


その時――



【重要】

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