その3 大きくなったら
「オオーウエーイイヤーウオオオワー」
意味不明の雄たけび。なんだこの状況は。
カーテンで閉め切られた部屋に、凄まじい稲妻が走った。ぴかー。
今は、愛ちゃんの魔法の儀式の真っ最中だ。スマホの周囲に蝋燭を立てて、ひれ伏したり変な呪文を唱えたり。まさに悪魔的である。
この儀式により、スマホから発信する情報に魔術がかかり、4年1組の保護者たちはみんな、スケベニンジンパンツの噂を信じ込むという。
履けば東大合格、魔法のパンツ。売り切れ御免の大人気商品。
(ほんとかいな)
ママ達は噂をしあうことになるだろう。
あっらー、お宅のお子さん、あれ、まだ履いてらっしゃらないのぅ。よっぽど自信がおありなのねぇー。
自信たっぷりな愛ちゃんによれば、4年1組の保護者の間で、そんな会話が交わされることになると言う。近い未来に。
まあ何でもいい。そんな理解を越えたことなんか。愛ちゃん自体、わたしの理解を越えた人なんだから。
(深く考えちゃだめだ)
問題は、だ。
(怪しい儀式を、どうしてわたしの部屋でするんだよ)
自分ちでやってくれないもんだろうかと、心底思う。
迷惑この上ない。本当に、どうしてこうなるかな。
裕也が白ブリーフを仕入れてきてから何日か経ち、ついに人参柄のプリントが終わって商品が完成した。後は販売するだけとなった。
魔法の儀式が終わると、愛ちゃんはスマホを取り上げ、にやりとした。わたしの部屋を侵害したことを、全然悪いとは思っていない。
ポチっとスマホを操作する。そして愛ちゃんは言った。この上なく楽しそうな声と表情で。
「イッツショータイム」。
どうやら、まさに今からパンツの通販が始まったらしい。
スケベニンジン計画、始動。
(ほんとにうまくいくのかよ)
と、裕也はきっと思っている。裕也には一応、愛ちゃんの秘密については伝えておいたが、半信半疑なのは無理もない。
夏休みが終わる頃には、クラス中の子が恥ずかしいパンツを履いている。そうしたら、エロマンガのめそ子だって、胸を張って登校できるじゃないか?
最高のリベンジじゃね?
愛ちゃんは、まがまがしい笑顔でスマホの画面を見つめていた。
**
学校は夏休みに入った。
ラジオ体操の時、ある日、たまたまその日の当番が、めそ子のパパだった。ラジオを持って公園に来て、あくびしていた。漫画のお仕事が忙しいんだろう。目の下には濃い隈ができていた。
「めそ子元気ですか」と、ラジオ体操のハンコを貰った後に聞いてみたら、めそ子パパは目を細めた。
「うん元気だよ。ごめんな、いつも留守にしてて」
と、めそ子パパは答えた。めそ子、ボランティアを始めてて、朝から夕方までずっとうちにいないんだよ。めそ子のパパは、そう言った。
めそ子がボランティア。
一体なんのボランティアだろう。
聞いて良いものか迷っていたら、めそ子パパの方から、ボランティア先を教えてくれた。それは、町の老人ホームだった。
「良かったら、覗いてやって」
と、めそ子パパは言った。
**
部屋の窓を開け放して宿題をしていたら、玄関の戸が開く音がした。下で、孝太郎が、ゆーや君来たー、と言った。
下に降りていったら、既に裕也が孝太郎と一緒にテレビを見ていた。
パパもママも仕事で不在だ。わたしは適当にお菓子を盛りつけると、はい、と、ちゃぶ台の上に乗せた。
「お茶は適当に冷蔵庫から出して」
と、言ったら、お茶よりもジュースがいいと孝太郎が駄々をこねた。
「ジュースばかり飲んでたら、立派な国際スパイになれないよ」
と、裕也は言った。
裕也は夏休みの最初の日のうちに、宿題を済ませている。だから余裕で遊んでいられるのだ。
夏休みの子供番組が流れている。大きくなったら何になる、と歌が始まった。
「大きくなったら国際スパイになる。どんな秘密も暴く」
と、孝太郎が言い出した。
「俺は漫画家になりたいなー」
いきなり裕也が言い出した。冗談かと思ったら、真面目な顔をしていた。