2話
冴木は大学のキャンパスを訪れ、茉莉花の親友である相馬紗希と面会することになった。紗希は大学構内のカフェで待っており、冴木を見ると手を軽く振った。
「茉莉花の探偵さんって、あなた?」
「冴木だ。簡単に質問したいだけだ。」
紗希はどこか落ち着かない様子で、カフェのテーブルに置かれたカップを指で弄りながら言った。
「茉莉花が最近、ストーカーに悩んでるって話、聞いたわ。まぁ……正直、あの子なら驚かないけどね。」
「どういう意味だ?」
冴木が眉をひそめると、紗希は軽く肩をすくめた。
「あの子、目立つのよ。美人だし、ブランド物ばかり持ってるし、男を引き寄せるのも当然って感じ。……私とは違うっていうか。」
その言葉には、嫉妬とも羨望とも取れる感情が含まれていた。冴木は視線を鋭くしながら、さりげなく問いを重ねた。
「合鍵を持っているんだよな。それを使ったことは?」
「そんなのあるわけないでしょ。」紗希は軽く笑い飛ばした。
「茉莉花に頼まれて預かっただけ。そもそも私は、彼女の部屋なんて落ち着かないし。」
「それでも、持っていれば入ることはできる。」
「だから、やってないってば!」
紗希は少し語気を強めたが、その顔に嘘をついている様子はなかった。冴木は一息つき、質問の角度を変えることにした。
「茉莉花の周囲で、怪しい男が近づいてきたとか、何か変わったことはないか?」
「怪しい男ねぇ……特に思いつかないけど。」紗希は少し考え込んだ後、小さく付け加えた。
「でも、あの子、最近やたらと疲れてるようには見えるわね。いつもあんなに自信満々なのに、最近は少し怯えてるっていうか。」
冴木はその言葉をメモし、会話を切り上げた。
「分かった。ありがとう、参考になった。」
「茉莉花を助けてあげてね、探偵さん。」紗希はそう言って立ち上がると、そそくさとカフェを後にした。
次に冴木が向かったのは、茉莉花の父親が雇ったボディーガード、藤城奏のアジトとも言える簡素な事務所だった。黒いスーツを身に纏った奏は、冴木を見るなり軽く頭を下げた。
「茉莉花様を守るためなら、何でも話すつもりです。」
奏の声は低く落ち着いており、その端整な顔立ちはまるでモデルのようだった。一見すると隙のない男性のように見えるが、冴木は彼女が男装している女性だと既に気づいていた。
「合鍵を持っているそうだな。それを使ったことはあるか?」
「ありません。」奏はきっぱりと答えた。
「私の任務は、彼女を外部の脅威から守ること。部屋の中に侵入するなど、考えたこともありません。」
「だが、彼女を守りたい一心でやりすぎた……という可能性はないか?」
冴木が探るように尋ねると、奏は一瞬だけ沈黙した。そして、少し視線を逸らして答える。
「……確かに、彼女には特別な思いがあります。」
「ほう?」冴木が興味を示すと、奏は苦笑を浮かべながら続けた。
「彼女は美しく、気高く、守りたいと思わせる存在です。それに、彼女の父からは絶対的な信頼を受けています。私が裏切る理由などありません。」
「なるほど。」
冴木はそう言って頷いたが、表情を変えずに質問を続けた。
「最近、彼女の周囲で怪しい動きはなかったか?」
奏は考え込むように目を閉じた後、こう答えた。
「特に怪しい動きはありません。ただ、彼女が私を避けるような素振りを見せていたのは気になります。」
「避ける?」
「はい。少し距離を置こうとしているような……。彼女の安全を守るのが私の任務なのに、私自身を恐れているのではないかと感じることがありました。」
冴木はその言葉を慎重に心の中で整理した。奏の話には嘘はないように思えるが、茉莉花との微妙な関係性が犯行の動機に繋がる可能性も捨てきれない。
「分かった。ありがとう、参考になった。」
冴木は礼を述べ、事務所を後にした。
親友とボディーガード、それぞれの話を聞いた冴木は、二人とも鍵を使って部屋に侵入する動機は薄いと判断した。しかし、どちらも完全に白だとは言い切れず、モヤモヤした感情を抱えたまま、事務所に戻ることにした。
「……結局、次は不動産屋だな。」
そう呟きながら手帳を閉じる冴木。しかし、頭の中ではある一つの可能性が次第に大きく膨らんでいく。