1話 高飛車女子大生の依頼
「ねえ、ここって本当に探偵事務所なの? 誰かいないの?」
雑居ビルの1階にある黒崎探偵事務所。ガラス扉の向こうから、高飛車な声が響き渡った。受付カウンターの前には、派手な服装の女子大生が腕組みをしながら苛立ちを隠そうともせず、受付嬢に向かって言葉を投げつけている。
「もう、待たせすぎよ! 私、忙しいのに!」
受付嬢は苦笑を浮かべながら、ちらりと事務所の奥を見やる。そこに現れたのは、帰り道から戻ってきたばかりの探偵・冴木快斗だった。
「あっ、冴木さん!」
声を上げて手を振る受付嬢に気づき、冴木は軽くため息をついた。
「何だ、こんな時間に。」
「こちらのお客様、依頼をしたいそうなんです。」
冴木が受付に近づくと、女子大生は彼を上から下まで一瞥し、顔をしかめた。
「……は? アンタが探偵?」
「文句があるなら、警察にでも行くんだな。」
「そうじゃないわよ! ……いいわ、もう時間がないから話を聞いて。」
彼女は受付を離れ、冴木の背中を押すようにして事務所の奥へと向かった。
ソファに腰を下ろし、女子大生は自分の名前を名乗った。
「遠野茉莉花よ。」
「で、何の用だ。」
冴木が問いかけると、茉莉花は苛立ちを隠さず、早口で話し始めた。
「最近、誰かに見られてる気がするの。それだけじゃなくて、今日なんて部屋に空き巣まで入られたわ。」
「空き巣なら警察に相談すればいいだろう。」
「警察は嫌。親に知られたら、独り暮らしをやめさせられるもの。」
茉莉花の話によると、彼女は大企業を経営する父親の娘で、実家では厳しく保護されて育ったという。ようやく独り暮らしを始めた矢先にこんな事件が起きては、再び実家に戻されるのは目に見えている。
冴木は少し考え込み、溜息をついた。
「分かった。話を聞いた以上、無視するわけにもいかない。」
「さすがね。お金ならちゃんと払うから、しっかり調べてよ。」
茉莉花に案内されたのは、都内にある高級マンションだった。彼女の部屋は10階。カードキーでロックが施されている玄関を通り抜けると、モノトーンで統一された広い部屋が広がった。
冴木は窓や玄関を重点的に調べ始める。
「空き巣が入ったのに、ドアや窓を壊された形跡がないな。」
「鍵はちゃんとかけてたはずよ。」
冴木は黙って頷き、リビングの隅にあるポストを覗き込んだ。
「これが例の手紙か?」
茉莉花が取り出した紙片には、「会いたい」とだけ乱雑な筆跡で書かれていた。それはノートを切り取ったような雑な紙で、手がかりになるものはない。
「ドアや窓が無傷となると、鍵を使って侵入した可能性が高い。」
「……どういうこと?」
「つまり、合鍵を持つ人間が怪しいってことだ。合鍵を持っているのは誰だ?」
冴木が問うと、茉莉花は少し困ったような顔をした。
「大学の親友が一つ持ってる。それと、父が雇ったボディーガードが一つ。それから……不動産屋にもスペアキーがあるはずよ。」
「不動産屋?」
「部屋の契約時に、管理のために合鍵を持ってるって聞いたわ。でも、それが誰なのかは知らない。」
冴木は、茉莉花のハナシを聞きながら考え込む。
「つまり、不動産屋の誰かが合鍵を使える状態にあるというわけか。」
茉莉花が苛立ち混じりに口を開いた。
「結局、それじゃ誰が犯人か分からないじゃない!」
「焦るな。」
部屋の調査を終えた冴木は、最後に全体を見渡した。家具の配置や窓の状態から、物を漁った形跡はあるものの、特に貴重品がなくなっているわけではなかった。
「最初に合鍵を持つ親友とボディードの二人に直接話を聞く。その後、不動産屋でも調査を進める。」
「ちゃんと解決してよね。」
冴木は軽く肩をすくめながら答えた。
「約束するよ。」