木漏れ日
信「なぁ、俺の話聞いてる?」
そう言って向かい側に座る彼が睨んでくる
ここは表通りより静かな所に位置し、店内には優しい花々が飾られている美味しいカフェ屋さんである。木の温もりが感じられる木彫りの人形や、木製の皿、家具が置かれており、落ち着いた雰囲気が漂っている。花の香りに加え、チョコレートや焼きあがったスポンジケーキの匂いが鼻腔をくすぐる。そんなお店の中でも人気の品は目の前にある蜂蜜をたっぷりかけ、仕上げはホイップの上にイチゴやブルーベリーなどがのったフルーツ盛りだくさんのパンケーキだ。
私はそれを口に運び、果物の甘さを口いっぱいに味わいながら彼の話に耳を傾ける。その時、ムッとした顔をしている彼の口元がふわりと緩む
「ふっ、俺の話よりパンケーキかよ」
(もぐもぐ・・・)
「昔からだ…海音は。アイスとかクリームとか口元に付くよな」
笑顔を見せながら、クリームが付いた場所を指差す
私はナプキンで指された場所にあるクリームを拭う
「昔も今も、ちゃんと気をつけているんだよ。でも、付いちゃうんだから不思議なのよね」
――
彼は襟が高めのパーカーを羽織り、その上着の中からはうっすらと引き締まった腹筋がシャツの下から見てとれる。袖からは力強い腕が覗いており、硬く骨ばった大きな手をしていた。いつの間にか、骨格が男性のそれとなり、性別特有の力の差が出てくるようになったが、昔から彼の手は温かった
彼女は膝上くらいの可愛らしいスカートを着ていて、上はシンプルな落ち着いた女性の魅力を出した装いだった。彼女の細く薄い腰は凄く魅力的で、至る所にある優美な曲線は俺の喉を上下に揺らした。
――
お互いに笑顔を見せ合いながら、軽いお話をする。
ここは魅陰エリアの中でも商業施設が多い場所であり、次期に天エリアへ移行するのか、街並みも綺麗で人口もほかより多くなった。そんな中でマスクを外し、人の目を気にせず二人は“ 会話をしている”
バレていないのは、黒色のカツラを被っているからだ。ここの皆は、ある色を覗いて髪色、瞳の色も数多存在する。ある色とはあのケモノと同じ色である月光を浴びた銀色の髪色、銀白色。そして、もう一つは緋色の瞳。瞳の色は違うため、髪色をうまく隠せばバレない
「今日はせっかくの“木漏れ日”なんだから。次はどこに行きたいかって話をしてるんだ」
木漏れ日…
それは私たちにとって大切な日
マスクは外して良し、手枷は着用
銀白色の髪色は禁止
月に2回、決まったエリアでしか行動できない
という条件のもと設けられた日
たくさんの制限がある
けれど、私たちにとっては“自由でいられる日”なのだ
こうしてたわいもない話をしていれば、傍からみても他の人達となんら変わりはない
そう………変わらないのだ
「うーん、お腹はいっぱいになったし、そこら辺でも見て回る?」
「なら、あの新しくできたっていうショッピングモールに行ってみるか」
――
並んでいるのは一般的な洋服だったり、日用品だったり。しかし、中には守人にも必要な道具を売っているお店もある。
俺は彼女と歩いているこの距離が離れないように、近すぎないように意識しながら、歩みを進める
ふと、彼女との距離が遠くなる。彼女は後ろで立ち止まった。見慣れない髪色をしている彼女の顔を覗き見て、視線の先へ目を向ける。そこには可愛らしい、くまのぬいぐるみがあった。
俺は彼女は表情が分かりやすいと思う。何を考えているか分からないって周りから聞くが、
ほら……目の奥を光らせている時点で分かりやすい
「近くまで行って、触れてみるか?」
「!?う、うん」
二人は店内に入り、台の上に置いてある気になっているくまのぬいぐるみに近づく。まるまると太っていて柔らかく、もちっとしている。ちょうど、彼女の腕で包み込める大きさである。そのぬいぐるみを抱いて柔らかさに浸っている彼女を見て、面白いと感じると同時に愛おしさが込み上げてくる
「こ、これは凄い!」
「その様子だと、新入り決定か?」
うんと頷き、その子を元の台に乗せ
自分の好みのぬいぐるみをずらっと並んである
棚から何度も見比べながら選んでいく。そして、
ぬいぐるみを決めてレジへ突っ込む勢いで持って行く彼女を見て笑いが溢れる