かつての空を貴方と共に
薄寂れた暗明かり。
数年前から連日この通りだ。朝も昼も夜も、時間は関係なく―――天気が例え大嵐だったとしても、この空の明るさを色は何故か変わらなかった。
朱色に染まった空は、深い蒼色の神秘を持つ宇宙を隠す。
ほんの十年も前には、空いっぱいに広がる星達がきらきらと綺麗に輝いていた...が、それも過去の話だ。
今では朱色の煙のような雲が空全体を覆い、そこから太陽光が届いて夕方の明るさをずっと保っていた状態だ。
そして私は、その朱く染まった空を見ることすらせず、パイプ管の中で惰眠を貪っている。
...いや、正確には微睡みと覚醒の間をうとうとと彷徨っているような状態だ。
「おい、そんなんで良いのか?この状況をなんとかしないと、死ぬ時間が早まるんじゃねえのか」
「...良いよ。酸素も水も届かないんだから、大して変わらないでしょうに」
彼のそんな声で意識が完全に覚醒へ向かった。
少し気をつかって小さめの声で言ったようだが、この太いパイプ管の中では声が反響して響く。なので、殆ど無意味な気遣いとなった。
度重なる環境破壊と核実験の末には、各地大陸の一部を覆う広大なオゾン層の破壊を招いた。
オゾンの自然修復は数ヶ月で済んだが、それは太陽から降り注ぐ紫外線などの放射線と熱戦が周辺区域の生物を死滅させるには十分な威力と時間だった。
これだけで幾つかの国が滅んだ。
超大国アメリカや技術進国家の日本などの先進国でさえも、天が招く自然の災禍を防ぐことは叶わなかった。
これを好機と見て敵対する各諸国が核弾頭を発射。負けじと応戦するが、それは周辺国にも影響を及ぼし第三次世界大戦が勃発。
様々な超破壊兵器によるさらなる環境破壊を前に、先進国のインフラ・統治機能はなし崩し的に崩壊。
放射線や生物兵器による病原体が蔓延る空気は使い物にならなくなり、人間達は約一年でいくつかのコロニーに酸素を生成して行きていくようになった。
...だが数年も経てば貯蓄にも限界が訪れる。
彼らはそんな限界コロニーを抜け出し、数人から十人程の少数で生き残るはぐれ者。
コロニーの者達は、彼らの事を"浮浪者"と呼んでいた。
「何をしてるの?」
「ん?ああ、星を数えてるのさ」
「...?」
どうして?と私は疑問に思う。
星なんて今では見ることすら出来ない、幻の存在だ。あの忌々しい雲さえ無ければ、見れたのかもしれないが。
「ははは。つっても、ただの画像だ。」
そう言って彼は画像端末を見せてくる。
そこにあるのは、沢山の星が写っている画像。
シリウス、ペガ、アルファ・ケンタウリ...自分でも知っているような有名なものが多数。
「...綺麗」
「だろ?」
「でももう見れない。多分、私達が生きている間には。」
「違いねえ」
あの雲はどうにも出来ない。
それは数年前、今は無き各国政府が身をもって体感した事だ。
突然、彼は突拍子も無い事を言い出した。
「俺は一回、コロニーに戻る。」
「...本気で言ってるの?食料や飲料物資と、奴等の貴重な貴重な酸素を持って抜け出した盗人である私達"浮浪者"を、奴等が気前良く歓迎するとは思えない。」
「まさか。ちょちょっと酸素と水を拝借してくるだけさ。...つっても、もう残ってるかも分からんがな。だが行かねえと死ぬのは俺達二人だろうが」
「それも、そうだけど」
私は彼が好きなのだ。そしてそれは彼も変わらない...筈だ。だから止める。いや、止めたいだけだ。それは無理だろうし、私には彼を止める権利も義務もない。あるのは自分勝手で、自己中心的な下らない理由だけだ。
「いや、いやな。ちょいと風の噂で聞いただけだが、他の浮浪者共に聞いた話だ。俺自身もほとんど信じてねえ」
「...言ってみて」
「電磁拡散機、なるものを奴等は造ったらしい。これであの朱色の雲を飛ばすんだと」
私は呆れた様子で溜息をつく。
最早この話を持ちかける彼のことすら馬鹿らしく思えてくる、滑稽な話だ。
「それこそ本気で言っているの?まだ国が滅ぶ前、他の国と色々やってこの忌々しい空をどうにかしようとして、最新の技術を全て詰め込んでも実現できなかった事を、たかが限界コロニー1つ2つの力でどうやるって言うの?」
「だから俺だって信用してない空話だって判断しているんだ。逆にこれを信用する阿呆なんているのか?」
「じゃあ、なんで」
すると彼は少し意地が悪そうにクク、と苦笑する。
「それでも信じちまう理想主義者はごまんと存在するだろうが。お前もその一人だろ?」
「それは、過去の話。そんな妄想、一年も前には全部捨てた。」
「...そうかよ」
さもありなん。こんな生活と世界を何年も見ていれば、仕方のないことだ。寧ろ、ここまで来てまだ理想を捨てないロマンチストは何を考えているのか分からないまである。
「それで、いつ行くの?1ヶ月後くらい?」
「明日だ」
「...え?」
思わず驚きの声が出る。
まあ彼のことだし早く行くだろうな、とは思っていたが、まさかまともな準備もできないような状況で、ほとんど対策もせずに行くとは思わなかったからだ。
急に鼓動が大きく、早くなってなっていく。
「ちょ、ちょっと待って...ど、どうして?」
「いや単純に時間の問題だ。もう俺達の持ってる生命維持装置はあと一週間もせずに切れる。それに奴等の持っている維持装置も速いペースで削れてるだろ?ただでさえコロニーには人が多いってのに、物資不足で無理するもんだから消費も多い。さっさと行かねえともしかしたら無くなってるかもしれねえからな」
「...もし」
私は震える声で彼に問いかける。
「もし、もうあのコロニーがとっくの昔に限界を迎えて...あそこは物資も人もいないただの廃墟だったらどうするの...?」
怖い。
死ぬかもしれないし、彼がいなくなる事もだが....単に孤独が恐ろしいのだ。
彼が道中か何かで死んでしまって、自分一人で生きていかなければいけないだなんて、考えたくもない。
...だが、そんな私の願いを余所に、彼は話を進める。
「そん時にゃ、大人しくくたばるしかね」
「ダメ」
言葉を遮って、彼に詰め寄る。
そのまま、彼を引き止めるように強く服を掴んで、こちらに引き寄せるように顔をうずめた。
「それだけは、絶対に、だめ...」
「...はは」
私の頭をゆっくりと、優しく撫でながら彼は困ったように笑った。
「んな事言われちゃ行きにくいじゃねえか...」
「じ、じゃあ」
「でも無理だ」
彼は断固とした表情で私にそう告げた。
「ここで二人共野垂れ死ぬか、俺が死ぬかもしれないが上手く行ったら二人共生き残る...んだったら、俺は後者を選ぶ。それはお前が俺の立場でも同じじゃないのか?」
「わたし、は...私は、違う。もう二度と一人は嫌なの」
「だけどよ...」
言葉が出せない。
どうしてこういう時、私は頭が回らなくなるのだろうか?
「はぁ...珍しく随分と我儘だな。」
「自己中で、自分勝手で、我儘を言っているのは私も分かってる。でも私は」
「彩。」
まるで赤子をあやすような優しく暖かく、だが同時に悲壮感を漂わせた声で彼は私の名前を呼んだ。
「分かっていた事だろ?いつかこうなるって事は、お前の頭でも分かっていただろうに」
「だったら、私も行かせて。」
「俺も我儘を言うが、それも無理だ。お前が行くにゃ、体力も身体も持たねえだろ」
「それは貴方だって...!」
「俺は良いんだ」
また彼は私の頭を撫で始めた。
「お前だからこう言ってるんだ。お前にゃ生きてて欲しいから、少しでも幸せになってほしいからこう言っているんだ」
「私一人で、幸せだなんてそんな...そんな事は、絶対に無い!」
「あるさ。お前は俺みたいに腐っちゃいねえ。」
ふぅ、と一息ついてから彼は言う。
「最後くらい、一緒に寝てやるから...そんで我慢してくれ」
「最後じゃ無い」
「...だと、良いがな」
いつの間にか私は泣いていた。
涙が少し溢れて、彼の服を汚している。
何故明日から直ぐにコロニーへ行くと聞いた時に、急に途轍もない不安感が襲ってきたのかは分からない。
時間の余裕というものが無いし、心の準備というものが出来て居なかったからだろうか?
...今は考えるのを止めよう。
「じゃあ、もう寝よう」
「...ああ」
最近は見張りや食料などの調達、生命維持装置などのメンテナンスで一緒に寝ることは無かった。
久しぶりに彼と一緒に寝ることになる。
「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみな」
―――こんな時間が続いたら。
そんなありきたりな、そして切実な願いが頭の中を駆け巡り...それが優しく包みこまれるように、彼の暖かさを感じた。
そうして私は、彼の腕の中で、私は眠りについた。
****
外に出る。
外の空気がこんなにも苦しくて、生命に適さないかは今この瞬間に身をもって体感した。
「どうして」
呼吸もまともにできず、今にも消え入りそうな声。
生命維持装置の着いていない喉から発せられる私の声。だが、私の声は虚しく掻き消えるだけだった。
「こうなるなら、どうして貴方は私を連れてってくれなかったの?」
率直に言うと、彼は帰ってこれなかった。
食料を調達しに行った時、あのパイプ管から少し離れた場所で、生命維持装置が割れて壊れた状態で倒れていたのだ。
後ろのバックには、私の分であろう維持装置が一つと、いくつかの飲料水と食料。
あの維持装置を使えば生きれただろうに、彼は私の為にここまで運び込んできたのだ。
「馬鹿...だから私も行くって、言ったのに」
あの時と同じ様に涙が溢れ出てくる。
その涙もすぐに風に溶けて消えてしまった。
瞬間、ピカッと光の柱が遠くに立った。
「...!?」
その方向を向くと、四本の光の柱が別の場所から立ち、それが一点に集中してあの朱色の雲を貫いていた。
ブワッ、という風圧。
それと同時に、あの朱色の雲が全て吹き飛んでいた。
「...ぁあ」
漏れ出てくる、嗚咽。
そこには10年前に見た、忘れもしないあの星空が広がっていた。
「う...ああああああ...」
涙と口から出てくる声と共に地面に倒れ伏す。
身体に力が入らなくなり、意識が朦朧としてきた。
...そろそろ、時間らしい。
「あの空を」
願う筈もない、願い事。
「貴方と...見られたらなぁ....」
空に浮かぶ、満天の星空。
星河が広がり、七星がきらきらと輝く。
あの朱色の雲がまた空を覆い尽くす直前、一つの流星が空を流れた。
その光は僅かながらも彼女の身体を照らし、彼のように包みこんだ。
はい。Am_Yです。
ここまで書いて、期限は遅れて...そうして書いたこの超短編ですが、はっきり言って駄目ですね()
といっても、迷走して考えて、書いては消し書いては消しを繰り返していたら既に1月末...と言った状態だったので、急ごしらえで考えた展開と伏線で書き上げた短編になってしまいました。
上記の通り、非常に深みが少なく、また"超短編"と言うだけあって非常に短い話となっています。
それでもここまで見ているということは、この稚作を読んでくださったという事なのでしょう。ここに読者の方々への感謝を表します。本当にありがとうございます!
さて、今連載が止まっている"いずれ最強になる異端勇者"ですが、先日1500PVを突破しました。
この短編も書き終わりましたが期末テストなどの関係から、次回の投稿は2/5を予定しています。
もしかしたら少し早まるかもしれませんが、そこは随時調整していくので、今後とも宜しくお願いします。
それでは。




