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28.蠢蟲の森

 蠢蟲(しゅんちゅう)の森は領都の西方から南方にかけて、楕円状に広がっている。

 私達はその森の中心付近にやって来ていた。

 木々が途切れ、小さな広場みたいになった場所で立ち止まる。


「大体ここからが深部になりますよ、生徒さん方」


 先頭を歩いていたドワーフの男性が振り返り、そう言った。

 彼は事前に教員が雇っていた地元の冒険者だ。

 蠢蟲(しゅんちゅう)の森の深部まで案内してくださっていた。


「ありがとうございました」


 生徒代表のトビーがお礼を言う。

 それからこちらへ振り向いた。


「では諸君、これより探索を開始する。分かっているとは思うが本日のは簡易的な探索だ。この偏魔地帯に慣れるためといった側面が強い。くれぐれも無理はしないように」


 彼は広場の中心に立つ、一本の細長い大樹を指さす。


「我々第一(トビー)班及び先生方はこの広場で待機している。何かあればすぐ報告に来るように。目印はあの高い樹だ、あれなら遠くからでも見えるだろう」


 大樹は当然他の木々よりも高い。

 森からでも〈空歩〉などで一時的になら視界は確保できるので、ちょうどいい目印と言えるだろう。


「予定している活動時間は約二時間。各自、そのくらいで切り上げてこの広場に戻って来るように」


 言われて太陽を見上げる。

 偏魔地帯では時報の鐘は聞こえないため、太陽の位置と体感で時間を計るしかない。

 とはいえ、そのための訓練も積んではいるのである程度正確に計れるが。


「それでは調査開始だ」




 私達は班単位で森に散って行った。

 合計十個の班の内、半分が深部を、もう半分が深部周辺の浅部を探索するのだ。

 異変の原因がどちらにあるかは分からないのでまずは両方調べてみよう、という訳である。


 なお私達の班は深部を担当する。

 経験者であるゼルバーがいるための配置だ。

 ゼルバーはこの深部にて〈逢魔の闇〉を使い、多くの銀級魔物と戦っていたそうなので非常に頼もしい。


「うえ……吐き気がすんぜ……」

「……やはり深部ともなると臭いが酷いな」


 その彼がボヤいた通り、深部は頭がクラクラする程の甘ったるい悪臭に包まれていた。

 臭い自体は浅部からあったが、深部ではそれが一層強力になる。


 原因は森に溢れる花や果樹だ。

 龍脈の影響で年中(ねんじゅう)花が咲き乱れ果実が()り腐っていくため、このような事態になるそう。

 毒性がなくとも臭さだけでそこそこ不快である。


「ゼルバーは昔っからここに来てたんだろ? 慣れてねえのか?」

「普段は魔技で防いでいたのだ。だからジークス」

「何だろうか」

「魔技、〈清空圏〉の使用を許可してくれ」


 それからゼルバーはその魔技について説明してくれた。

 木属性の初級魔技で、周囲の空気の悪臭や毒素を浄化するらしい。

 強力な毒には効かない分、消費魔力は微少で戦闘への支障も無いのだとか。


「念のため聞くが、ミーシャの隠密の阻害になったりしないか?」

「ぅん」

「なら大丈夫だ、使用を許可する。是非に使ってくれ」


 正直なところ、私も臭気には参っていたので彼の申し出はありがたい。

 早速使ってもらった。


「おおっ、ありがとな!」

「すまない、助かる」

「フン、礼など不要だ。オレもここの悪臭には辟易していたからな」


 〈清空圏〉のおかげで森特有の空気の湿り気も消え、私達の探索は随分と快適になった。

 軽やかな心で森の中を歩いて行く。

 試練の森に比べると木は疎らで花も少なめなため、足元への注意もそこまで必要ではない。


「……おっ、たしかこの花、高かったよな」

「ああ。高級料理に使われると聞いた」

「ハァ、採って帰りたいぜ……」


 ベックは花弁が四重になった美しい花を口惜しそうに見つめる。

 蠢蟲(しゅんちゅう)の森には冒険者も多い。

 彼らの仕事を奪わぬよう、今回の遠征では調査と無関係な植物採取は禁止されている。


「魔物発見、五体ぐらいの群れだ。地面にいるから多分アントだな」


 魔物の位置を共有し、私達はそちらへとゆっくり忍び寄って行く。

 私を先頭とし、気配を消したミーシャが遊撃、両手に楔を握ったベックが中衛、そして最後尾ではゼルバーが中級魔技を準備している。

 不意打ちを警戒しつつ森を進み、魔物達の姿が見えて来た。


「フロストアントだ」


 木の陰から視認した姿を、後ろの仲間達へと小声で告げる。

 見えたのは黒み掛かった白色の蟻、フロストアントだった。

 銅級魔物であり、体表を薄氷で覆っている。


 数は全部で六体、内一体は進化体だ。

 他のフロストアントの体高が私の腰辺りまでなのに対し、そいつだけは胸の辺りまであった。

 恐らくこの群れのリーダーでもあるだろう。


「ゼルバー、あの大きい個体を中心に頼む」

「了解した、〈ダークネスエクスプロージョン〉、〈影縛り〉」


 ゼルバーはまず闇の正八面体を飛ばした。

 その魔力を察知し飛び退こうとするアント達を、突如伸び上がった影が縛り付ける。

 回避は失敗し正八面体はリーダーに直撃、爆発した。


「〈土纏・砂刄〉」


 魔技の着弾より一足早く、私は駆け出していた。

 目指すはリーダー個体。ゼルバーの魔技は強烈だが、銀級と思しきリーダーは耐えるだろうからだ。

 予想は当たり、地属性魔技の残滓である黒煙が晴れた後には、ヨロヨロと立ち上がろうとする大蟻の姿があった。


 瞬時に距離を詰め踏み込むと同時、流砂纏いし斬撃を一閃。

 魔象の流砂は通常の〈(まとい)〉でも高速回転しており、それは〈刄〉の凝縮でより一層苛烈になっている。

 流砂で氷の外殻を抉りつつ、首の魔石を断ち斬った。


「ギシィ……」


 苦鳴を遺してリーダーの体から力が抜ける。

 素早く辺りに視線をやれば、〈ダークネスエクスプロージョン〉の余波で弱っていたフロストアント達がミーシャとベックに次々狩られて行くところだった。


 この森の進化体は自身より弱い同種を従わせることができ、その能力を活かして群れで連携を取ったりもするらしい。

 が、指示の暇なく倒してしまえば残りはただの烏合の衆だ。

 舞い踊る大鎌と楔によってあっという間に全滅し、念のため生き残りが居ないか確認してから剥ぎ取りを始める。


「…………」


 ちなみに剥ぎ取りを行うのはベックと私であり、残りの二人は周辺を警戒してもらっている。

 ザクリと解体用ナイフを突き立て、フロストアントの魔石を抉った。

 この個体は腹部を大鎌に裂かれて死んだため、魔石が無事だったのだ。


 普通の蟻ならば腹を両断されてもこうも容易くは死ななかっただろう。

 しかし、魔物の場合は別だ。

 龍脈魔力によって魔物に変異する際、蟻の肉体は何十倍、何百倍という大きさになる。

 それにより器官の構造も複雑化し、致命傷になり得る部分が増えたのだ。


 この特徴は虫系統なら多くの魔物に共通するため、特殊な回復能力を持っていない限り大きな損傷を与えれば殺せる。

 強力な再生能力を持っているなら脳や魔石を破壊する必要があるが。

 魔石は魔力を制御・循環させる役割を持つ器官なので、これを砕かれると魔物は己の魔力で自滅してしまう。


「よし、素材は全て剥ぎ取れたな。探索を再開する」


 そのようにして私達の蠢蟲(しゅんちゅう)の森の調査は続いて行く。

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