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26.精霊

 表通りの喧騒が遠くに聞こえる、交易都市トランドの路地裏。

 謎の声に導かれるままやって来たそこには、青い光球が浮遊していた。


「妖精か」

『そうよ、水妖精のセセラって言うの、よろしくね』


 道の真ん中にポウっと浮かぶ青の球から返事があった。

 妖精とは龍を頂点とする精霊種の一つだ。

 属性適性の低い私には光の球に見えているが、その実体は小人のような姿らしい。


 妖精は龍脈の魔力から発生するが、地属性を含まないため魔物には分類されない。

 ゴブリンなどの邪精種との差異はそこだ。

 個体差はあるものの妖精の多くは凶暴性が薄く、街中で人間と暮らす者も稀に見かける。


「私はジークスだ。それでセセラさん、どのような用向きだろうか」

『そんなに畏まる必要はないわ。強い子達がたくさん歩いていたから少し気になっただけよ』

「そういうことか。私達はコウリア騎士学院から来た学院生なのだ」

『コウリア騎士学院?』

「ここから馬車で一月(ひとつき)以上も行ったところにある騎士になるための学院だ。この街には遠征訓練の途中で立ち寄った」


 それから少し、騎士学院や遠征訓練について説明する。

 するとセセラは頷くような雰囲気──光の球に見えるので表情は分からない──を発した。


『ふ~ん、人間の子供達を集めて鍛えてるんだ。だから強いのね』

「私はそれほどでもないがな」

『嘘よ、そんなに魔力操作が滑らかなのに弱いはずないじゃない』

「嘘ではない。魔力強化は得意だが、適性が無いから戦闘で魔技は使えないのだ」


 彼女が私を“強い”と判じたのは魔力操作の練度を見てのことだったらしい。

 妖精は魔力に敏いため、人体の内を巡る魔力の流れも精確に感じ取れたのだろう。

 まあ、属性適性が軒並み低い私は戦闘用の魔技を使えないため、魔力操作が上手くとも大して戦闘力は伸びないのだが。


『あら、そうなの。でも、その強度なら体術だけでかなりやれるんじゃぁ……。まあいいわ、それより適性が低いってことは、もしかしてアタシの姿も良く見えてなかったりする?』

「ああ、実はぼんやりとか見えていない」

『まあっ、ショックだわ! 見えてると思って会話してたのに!』


 顔色は窺えないものの声色は分かる。

 きっと頬を膨らませて言っているのだろう、と察せる声音であった。

 誤解させてしまったみたいなので一応、謝っておこう。


「何だか誤解させたようですまない」

『ああ、ごめんなさい、貴方が悪いわけではないわ』


 それより、とセセラは話題を変える。


『アタシの(うち)に一緒に来てくれないかしら、もっとお話し聞きたいわ』

「いや、私はこれから鍛練を……」

『お願いねっ』


 妖精に手を引っ張られる。

 視覚的には光の球が指先に纏わりついているように見えるが、触覚的には小さな手が私の指を掴んでいるように感じられた。


 強引に振り解くことはできたが、さすがにそれは気が咎めたため、大人しく付いて行くことにする。

 妖精の中にも悪(妖精)はいるので警戒は絶やさないが、話してみた印象ではそんな感じはしない。

 それから歩くことしばし、私達は一軒の家の前にやって来た。


『さあ、入って入って』


 促されるまま扉を開ける。

 家の中は静かだったが、魔力強化をしている私には二人分の生活音を感じ取ることができた。


『ただいまー』

「お帰りなさい、セセラちゃん。……あら、そちらの方は?」

『騎士学院? の生徒さんよ。街に居たから来てもらったの。エリーナも寝てるだけだと退屈だろうしお話聞かせてもらおうと思って』

「お邪魔します」

「あら、変わった服だと思ったけど制服なのねぇ。娘のためにありがとうございます」


 台所で鍋を煮込んでいる女性に頭を下げ、奥の部屋へと案内された。


『こっちよ』


 妖精の先導に従い、もう一人の気配のする部屋へやって来た。


「けほっ、けほっ、お帰り、セセラ」


 部屋の中にはベッドが一つ。

 そこで横になっていた童女がちょうど身を起こした。


『ただいま、エリーナ。もう寝てなくて平気?』

「うん、全然へっちゃらだよ。それよりそっちのお兄さんはだぁれ?」

「私はジークスと言う。騎士学院の生徒だ」


 挨拶する裏で思考を巡らせる。

 先程の母親との会話で大体分かっていたが、私は病床に伏せるこの子の話し相手として呼ばれたようだ。

 常人では風邪がうつる恐れがあるので、魔力強化に長けた私に目星をつけたということか。


 そういう事情は先に言って欲しかったな、と思いつつも折角来たので少し付き合うことにした。


「私はエリーナって言います。初めましてよろしくおねがいいします」

「これはご丁寧にありがとう」

『ジークスは遠征訓練っていうので遠い街からやって来たのよ!』


 その後、私は私や学院のことを語って聞かせた。

 私ばかり話していても退屈しそうなので、一段落したところでこちらからも問いかけてみる。

 何度かの質疑応答を経て、話題は天職のことに移った。


「君は『アークエレメンタルウィザード』なのか、素晴らしい才能だな」


 感嘆するようにそう言った。


 アーク級自体はノーマル級とマスター級の中間であり、十人に一人くらいの確率で生まれる。

 だが、系統が特殊だ。精霊(エレメンタル)系天職は天属性や地属性と同じくらいに希少なのである。

 他系統のマスター級と同等の価値がある、と言っても過言ではない。


「そう、なのかな……」


 とまあ、希少で有用な天職なので賞賛してみたのだが、エリーナの反応は芳しくない。


「そうだとも。周囲の人間からは否定されたのか?」

『…………』

「ううん、皆、私のこと天才だって褒めてくれた」

「では、何が疑問なのだ?」

「だって、精霊術師は精霊に命令するだけで、それって結局精霊術師の力じゃないでしょ? なのに私が褒められるのは違うと思うから……」


 精霊術師は精霊を操る者の総称だ。

 実際に魔技を扱うのが精霊であるなら、それによる功績は精霊自身のものであると、彼女はそう思っているらしい。


『もう、いつも言ってるじゃない。アタシが銀級並に強いのはエリーナと契約してるおかげなのよ?』

「それだって『アークエレメンタルウィザード』のご加護だし、私自身は何も……」


 表情を暗くして呟くエリーナ。

 子供らしい純朴な悩みであり、「天職の力も配下の力も、他の人には無い君自身の力だ」などと諭しても納得は出来ないだろう

 ただ、誤解を解くことは出来る。


「エリーナ、君は精霊術師が、術師自身は何もしない職業だと思っているんじゃないか?」

「うん……違うの?」

「ああ、それは誤った認識だ。私の同級生にも精霊術師はいるが、彼らも他の生徒と同様に毎日修練を行っている」


 精霊術師は精霊を操る者の総称だが、その中には精霊種と契約する者だけでなく、魔技で疑似精霊を生み出して使役する者も含まれる。

 むしろ、都合よく契約を交わしてくれる精霊に出会えることは稀なので、精霊(エレメンタル)系天職持ちはもっぱら後者であることが多い。

 と、そういったことを私は説明した。


「疑似精霊には魂が宿らないから完全な自律戦闘はさせられない。術師がコントロールする必要がある。それは精霊術師自身の、君自身の力だとは思わないか?」

「……そっか、じゃあ私、がんばって精霊術を覚える!」

「それがいいだろう。精霊術系統の魔技は汎用性が高い。将来どのような道に進むにせよ、必ず役に立つはずだ」


 そんな風に相談に乗りながら交易都市トランドの昼下がりを過ごしたのだった。

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