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20.変化

 放課後の教室にて。

 サレンは自身の席に座り、険しい表情を浮かべていた。


「これで最後……っ」


 一枚の用紙を指で摘まみ、彼女は苦々しく呟いた。

 高等部で初めての実地演習から約二か月、今日は中間考査・座学試験の答案返却日だ。


 これまでの科目は何とか赤点を回避してきたサレンだが、最後に残った算術は最も苦手な教科である。

 彼女は暗記科目が得意な反面、この手の教科には弱い。

 試験前に何度も例題を解いたので大丈夫なはずだが、緊張も一入(ひとしお)であろう。


「たあっ」


 それから意を決したように顔を上げたサレンは、勢いよく答案を(おもて)に返した。


「……セーーっフ」

「良かったな。では私は鍛練にいくぞ」

「えー、もっと一緒に祝勝会しようよ」

「それは戦闘試験の後まで取っておけ」


 騎士学院のテストは座学試験と戦闘試験の二つがある。

 そして一般的に難しいとされているのは後者だ。

 力だけで騎士は務まらないが、魔物の蔓延る世の中では戦闘力こそ最重要。


「戦闘試験はテキトーに戦うだけだしラクショーだよ」


 サレンのように前者を特に苦手とする者もいるが。

 とはいえ、成績全体での配点は戦闘試験の方が遥かに大きい。

 少なくとも普通科では、赤点さえ取らなければ成績には大差ない。


「じゃ、また明日ぁ」

「ああ、また明日」


 全身を脱力させ、机にベタッとへばりついたサレンに手を振り返し、教室の出口へと歩いて行く。

 その途中、一人の学友の姿が目に留まった。


「馬鹿な……! このオレが……七点だと……?」


 その学友、ゼルバーは答案を眺めて唖然としていた。

 ”驚く人”という題材でスケッチをするなら最高の被写体になるであろう姿だ。


「いよっしゃあっ、ゼルバーは仲間だって信じてたぜぇ!」

「ヒャハハハハハっ、環境学なんかアタシより低いじゃんかっ!」

「ええい、寄るなっ。オレは貴様ら馬鹿共とは違うっ、半分以上は及第点だぞ!」


 集まって来た座学が苦手な生徒達に、ゼルバーはそう吠えた。

 どうやらいくつか壊滅的な点数であったらしい。

 と、他人の結果を盗み見るのはよろしくないのですぐに目を逸らし、教室の扉をくぐった。


 ──あの実地演習以来、ゼルバーの態度は少しだけ変化した。

 私の言葉に賛同してくれたのか、ミーシャの言葉に胸を打たれたのか、詳しい理由は分からないが以前よりもやんわりとクラスメイトに接するようになった。


 ……初めての筆記テストでゼロ点を叩き出したことで、それまで同級生達が感じていた強者への畏怖のようなものが薄らいだから、という理由も考えられるが。

 まあ何にせよ、ある程度は打ち解けられたみたいで何よりである。


 そんなことを考えている内に第二鍛練場に着いた。

 いつものように中に入り、素振りをし、それから【魔法剣】と組み合わせる修行も開始する。


「〈火纏・炎刄〉」


 剣を振り下ろすと同時、刃に炎が迸った。

 そのまま間髪入れずに切り上げ、一歩踏み込む。


「解除、〈水纏・酸刄〉」


 そして横薙ぎ。

 視界を閃いた刀身には、炎ではなく酸液が刃となって張り付いていた。

 それからもう一度剣を振るい、さらにもう一振りする寸前で、、


「解除、〈木纏・雷刄〉」


 雷の刃を纏わせた。

 そうして二刀ごとに纏わせる魔象を変えつつ、何度も何度も剣を振るって行く。


「解除、〈金纏・黒刄〉。……ふぅ、解除」


 最後に黒曜石を刃状にして一閃し、一息つく。

 闘気功で体力を回復させながら壁際の椅子に腰を下ろした。


(このカーディナルにも随分と慣れて来たな)


 何とは無しにこれまでの成果を思い返してみる。


 【魔法剣】に目覚めて三ヵ月。

 毎日毎日使い倒したため【魔法剣】そのものの性能も微増しているが、それは本当に微々たるものだ。

 持続時間が一分を越えたくらいで劇的な変化はない。


 最も大きな成長は〈刄〉の熟達だろう。

 戦闘開始後すぐさま刃を纏えるようになったのがまず一点。

 圧縮の濃度が大きく向上し、さらには形の固定された魔象でも〈刄〉が可能となった。


 以前は圧縮できるのは流水や炎と言った不定形の魔象だけだった。

 けれど魔象化前の、いわば【魔法剣】の発生因子のようなモノを操作することで、圧縮された固形魔象も生み出せるようになったのだ。

 先程の黒曜石もそれであり、魔象の特性が強化されたことでさらに鋭く、そして固くなっていた。


(次は闘技の訓練だな)


 休憩を終え、無尽土偶の方に移動する。

 無尽土偶は黄龍様が作った試し斬り用の土人形だ。土壁を背にして等間隔で設置されており、好きに攻撃していいことになっている。

 測定室にある土偶とは異なり解析能力はないが、修復速度はこちらが上だ。


「〈火纏・炎刄〉、ふぅ……」


 炎を纏わせ、精神統一。

 おおよそ十メートル先に立つ土偶を見据えて息を吐く。

 そして力みのない自然な動作で、掬い上げるようにして剣を振るった。


「〈斬波・炎刄(うつし)〉」


 斬撃が炎を纏って飛翔し、土人形を斬りつけ焼いた。

 〈斬波〉に魔象を乗せる〈(うつし)〉もこの二か月でできるようになった技だ。

 春休み中にも魔象を纏った状態で〈斬波〉を使ってみてはいたが、その時は魔象は付随しなかった。


 だが、三週間前の第四回実地演習で気がついたのだ。

 今ならば〈斬波〉に魔象を纏わせられるかもしれない、と。


 その頃の私は未発動状態での〈刄〉をかなりの精度で扱えるようになっており、【魔法剣】を操る感覚もすこぶる鋭敏になっていた。

 そのため、魔象を纏った状態で〈斬波〉を放った時の、剣が二つに分裂するような感覚に気付けた。

 〈斬波〉の斬撃も私の剣として扱われていたのだ。


 学院に帰って実験を繰り返し、〈斬波〉発動時、魔象が剣ではなく斬撃に付いて行くよう試行錯誤した。

 そして魔象の核と言うか、重心と言うか、嵐の目みたいなモノを〈斬波〉に移せば良いことを発見する。


 けれど、これは口で言うほど簡単なことではない。

 移せるタイミングがシビアなのに加え、〈(うつし)〉を素早く使う必要もあった。

 幸い、〈刄〉で【魔法剣】の操作が上達していたため習得には然程時間はかからなかったが、それがなければ今もまだ習得訓練に励んでいたことだろう。


「解除」


 【魔法剣】を解き、土人形を焼き続けていた炎を消し去る。

 〈斬波〉の斬撃は脆く、受け止められれば容易に消滅してしまう。

 しかしながら、斬撃が消えても魔象は残留するようだった。


 空に向かって〈斬波・炎刄(うつし)〉を放ったことがある。

 〈斬波〉の射程は数十メートルなのだが、射程限界で斬撃が消えても速度はそのままに炎の刃は直進していた。

 その後も効果時間が切れるまで持続したため、その射程は優に数百メートルを超す。


(【魔法剣】の核が魔象に移ったのか、あるいは魔象が核を保護しているのかのどちらかだろうな)


 魔象オンリーの状態で〈伏〉を使うと出力を戻せなくなり、そのまま消滅したことがこの考察の根拠だ。

 実験では魔象出力の大小に関わらず効果時間いっぱいは残留していたので、〈(出力ゼロ)〉に何か特別な要因があるのだと考えられる。

 不定形の魔象には魔力を込められないので、個人的には後者の可能性が高いと思うが。


(明日の戦闘試験に向けて他の技も復習しておくか)


 そのようにして今日も私は剣を振るうのであった。

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