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16.クレイモレー

「ギシャアッ!」

「〈金纏・鋼鉄〉」


 砂の中から現れたウツボの噛みつきを、鉄塊に覆われた剣で防御する。

 突進を受け止めた衝撃で砂地に足が沈みかけたのを、〈空歩〉の要領で踏ん張った。

 ギャリギャリと鉄を嚙み削っていくウツボの両脇にミーシャとベックが接近する。


「……ッ!」

「〈劈開〉!」

「ギュぃアアァァっ」

「解除、〈木纏・竜巻〉、〈刄〉」


 ウツボが痛みに呻き、牙を剣から外した瞬間を狙った。

 一瞬で風の魔象を纏い直し、収束させつつ一閃。

 完全な刃状にはなっていなかったものの、通常より密度を増した風と斬撃によってウツボに致命傷を与えた。


「はあ、鉄級よかマシだが、銅級じゃやっぱつまんねーな」

「もうしばしの辛抱だ。この辺りは深部に近い、銀級ともじきに遭遇するだろう」


 そんなことを話しながら素材を剥ぎ取り、空間拡張袋に詰めた。

 それから歩みを再開し、少し進んだところで砂漠の様子に変化が現れる。


「あそこから先が深部だ」


 私達が立ち止まり見つめる先。

 そこの砂は、蒼かった。

 セルリアンブルーから紺碧へと(ところ)によって濃淡のあるそれは、昔に絵で見た”海”というものを彷彿とさせる。


「本当に海みてぇだな、懐かしいぜ」

「ベックは海を見たことがあるのか?」

「ああ。てか俺の故郷は港湾都市だしな」


 意外な事実を耳にしつつも、私達はその場で進路を九十度折り曲げる。

 蒼い砂の場所からが深部。そしてわざわざ立ち入らずとも銀級の魔物は浅部に迷い出て来ることも多い。

 だからこの辺りをうろつき、銀級魔物に当たるのを待つのだ。


 しかし、その悠長な姿勢に異を唱える者が一人。

 誰あろう、ゼルバーである。


「面倒だな。オレの魔技で周辺の魔物を呼び寄せてやる。戦闘はオレ一人でするがお前達も自衛が出来るよう備えておけ」

「!?」

「備えておけ、じゃないが??」


 ミーシャが信じられない者を見るような目を向け、ベックは思わず突っ込んだ。

 私も咄嗟に言葉が出てこなかった。

 しかしゼルバーは心底不思議そうにしつつも魔技の構築を止めないため、慌てて声を掛ける。


「待ってくれっ、落ち着いてくれ、一旦。魔物を集める前に話し合おう」

「なに、集めると言っても射程は数百メートルだ。道中お前達の戦いぶりを見ていたが、苦戦するほどの数は来ないだろう」

「いや、そういう問題ではないのだ」


 止める気はなさそうだが、一応指示に従って魔力操作を中止してくれたので落ち着いて話ができる。

 ゼルバーを刺激しないよう慎重に言葉を選んだ。


「取りあえず、その魔技がどういったものか教えてくれないか?」

「いいだろう。これは〈逢魔の闇〉、父さんが開発した地属性魔技だ。込めた魔力量に比例する範囲の魔物を呼び寄せる。銀級でも魔力抵抗の高い種族には効かないが、ここで使えば一体かそこらは釣れるだろう」


 どこか自慢気に語ってくれるゼルバー。

 地属性には精神に作用する魔技も多いので、そういった原理で魔物を呼び寄せているのだろうか。

 オリジナル魔技とは素晴らしいが、何にせよ却下だ。


「君の気遣いは嬉しい。その魔技もなかなか凄いものだと思う」

「ほう、分かるか?」

「分かるとも。だが、今回それを使うのは駄目だ」


 というより、大抵の場合で駄目だ。


「何故だ? よもや怖気づいた訳ではないだろうな」

「敗北のリスクもたしかにあるが、それ以前に、他の班の獲物を奪ってしまうかもしれないだろう? 他班の妨害をしたら失格になるし、そもそも横取りは良くない」

「……なるほど、オレが浅慮だったな」


 そう言って構築中だった魔力を霧散させた。

 ……少し、意外である。

 説得にはもう少し時間がかかると思っていたが。


 ゼルバーの素直な反応に毒気を抜かれたのか、ベックが気安い調子で話しかける。


「てか魔物寄せはフツーに駄目だろ。学院に来る前だって使ってなかったろ?」

「? いや、使ったことは何度もあるぞ?」

「どういう、ことだ?」

「武者修行にはうってつけだからな。故郷ではよく偏魔地帯で〈逢魔の闇〉を使い、魔物を集めて戦っていた」


 当時を懐かしむように答えるゼルバー。

 だが、それはおかしい。

 偏魔地帯では大抵冒険者がおり、その獲物を横取りなどしてはトラブル待ったなしだ。


「冒険者達に怒られたりしなかったのか……? その効果範囲ならいつかは確実にかち合うと思うが……」

「ああ、そういうことも考えられるのか。だが、そんなことは一度も無かったぞ」

「んな馬鹿な」


 銀級冒険者であり、冒険者のことにはかなり詳しいベックも困惑している。

 少し考え、私は口を開く。


「ゼルバーは他の者が立ち入らない奥地で戦っていたのではないか? それ故に他の冒険者と活動範囲が被らなかった、と考えればあ辻褄は合う」

「ああ! それはあるかもな。武者修行ってくらいだしそれなりに奥まで進んでたんだろ?」

「そうだな。オレは銀級の魔物が主体となる深部にて修行を行っていた。冒険者も浅部に比べれば少なかっただろう」


 鷹揚に頷くゼルバー。

 だが、すぐに顎に手を当て首を傾げる。


「しかし、それでも他の者とすれ違うことはたまにあった。戦闘中の魔物を奪ったことは何度かあったはずだが……」

「なんつーか、全く反省してねぇ言い草だな……」

「何を省みる必要がある? 私は魔物と戦っていただけであるし、元をただせばその魔物が私のところに着く前に倒せない冒険者の弱さが原因だろう」

「ギルド規約違反なんだよ!」


 ベックが元気よく叫んだ。


「冒険者側に命の危険があるときとか例外はあっけど、基本的に横取りはアウトなんだ。てかフツーに考えたら他人(ひと)の獲物奪うのは駄目だろ……。場合によっちゃ窃盗と変わんねーぞ」

「そういうものか……?」


 納得しかねるという顔をしているゼルバー。

 だが唐突に、合点がいったとばかりに手を打ち合わす。


「しかし分かったぞ、これまで絡まれなかった理由が。恐らく素材だな。オレは倒した魔物をその場に放置していた。だから獲物を取られた者もオレの殺した魔物から素材を剥ぎ取っていたのだろう。だから文句が出なかったという訳だ」


 うむうむ、と満足そうに頷いたゼルバー。

 他の要因もいくつか考えられたが、それは胸の内に仕舞っておく。

 この雑談を続けてもあまり意味は無い。


「恐らくゼルバーの予想で合っているだろう。とはいえ、それはたまたま上手く行っていただけだ。これからは魔物引き寄せは控えてくれると助かる」

「もちろんのことだ。これが窃盗の罪に問われるかもしれないことは理解した。必要に迫られない限り二度と同じ過ちは繰り返さないと、我が家名に誓おう」

「あ、ああ」


 悪びれる様子はないが、真剣そのものな表情で粛々と言葉を紡ぐゼルバー。マイペースというか何というか、掴みどころのない奴だ。

 とはいえ、取りあえずは大丈夫だと判断し、歩みを再開させるよう指示を出す。

 いや、指示を出そうとした時、ベック声を発した。


「来るぞ! このデカさ、多分銀級だっ」


 ベックが魔物の接近を感じ取ったのだった。

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