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その3

(3)



 百日紅の下に二人が腰掛けている。

 居るのは老人と若者。それは何処にでもある様な風景に見えるかもしれないが、しかしながらどこか不釣り合いに見えないだろうか。

 大きなもじゃもじゃ縮れ毛の頭髪の若者と小さな老人。まるでマッチ棒と裁縫針の様な二人。

 やはり不釣り合いと言える。だが不釣り合いの方が良いのかもしれない。そう彼等の話内容を誰かが聞けば、それが全くもって意味を図るのに二人だけの秘密を吐露しているように見え、また非常に暗号じみていると誰もが聞こえる筈だからだ。

 その話を聞いているのは誰か。

 それは百日紅の木かもしれない。

 それもいいかもしれない。何故なら木は黙して人に語る事は無いからだ。

「それで、万次とあんたの関係は?」

 老人は若の者に言った。若者は髪を掻くとそれから僅かに居住まいを直すように背を伸ばすと、ゆっくりと話し出した。

「ええ、僕と万次さんなんですが…実は山口の彦島で僕が旅の途中に知り合ったんですよ」

「彦島?」

「ええ、壇ノ浦の側の」

「何の為にあいつそこに?」

 老人が訊く。

「それは分かりませんがねぇ。その時、万次さんは長崎の何処かの教会の牧師をされていてその布教活動で来てていたみたいなんです…」

「…?万次が牧師に?」

「ええ、そうです」

 老人は舌打ちをした。

「あいつは元々仏師だぞ。まあいい、今までどこをほつり歩いていたのか知らんが、それが牧師とはなぁ、笑わすじゃないか」

 老人はそこで歯を噛んだ。カチカチと言う歯を噛む音が聞こえると、若者は話を続ける。

「…まぁ僕も友達の所にバイクで大阪から旅をしていましてね。それで下関の居酒屋に入るとそこで万次さんが居て、偶々一緒にお酒を飲み…」

 そこで老人が鋭く口を挟む。

「何だ、あいつ。神の世界に入っても酒は止めれんかったのか、酒がらみの金銭で痛い目に遭ったろうに。馬鹿な奴だ」

 言うと老人は乾いた笑いをする。笑い声が終わるのを待って若者が話を続ける。

「まぁそれで意気投合して何度か日を重ねて酒を飲みながら色んな話をしている内に僕がこうして歴史に興味があることを話したら、是非、故郷に良い場所があると言われて。じゃぁそこは何処かと言うと、それは佐賀のNと言う集落側から唐津へと抜ける古道。沢山の歴史的建造物もあり、特に古道にある百日紅の巨木は今の時期はすごく良い筈だ…」

 そこで若者は息を吐いて一気に話し出す。

「――それに、そこには自分の堀った地蔵があるとも言われましてね。そう言われると非情に興味が出て来て、古道もそうですが元仏師の人が今は基督教の牧師。そんな人が掘った木地蔵とやらを見たくなりましてね」

「それで、その話を聞いてふらりと来た訳か」

 老人が言う。

「ええ、まぁ旅の途中ですし、僕は閑人ですからねぇ。それに頼まれ事も受けちゃいましてね。その時の酒代のおごりで」

 そう言って若者は頭を激しく掻いた。掻くと若者が老人に訊いた。

「それで、ご老人と万次さんの関係は?」

 訊かれると老人は膝を叩いた。

「仏師の頃の兄弟弟子の間柄よ」

「弟子?」

「ああ、互いに或る仏師の弟子でな。共に「修行していたのさ」

「そうでしたか」

「ああ、互いに良く気が合ってな。よく酒を飲んだ。飲んだだけじゃなく、沢山の借金もこさえたがな」

「借金?」

「ああ、そうだ。互いに持ち金も少ないというのに街に出ては飲み散らかし、挙句の果てには借金まみれよ。まぁ俺は程々で手を引いたが万次は生来のだらしなさがあったんだろうな、沢山の借金をこさえてある時、突然出て行き消息不明。大方、何処かで身を投げ死んだと思ったがね」

「へぇ、あの万次さんにねぇ。そんなことがあったとは」

 若者はぴしゃりと首を叩く。叩くと掌を見るが、そこには潰された蚊は居ない。居ないが、何か奇妙な人間の運命と言うものが潰れているように見えた。

 そこで老人が呟く様に言った。

「だがな、あいつ。つい三か月前にふらりと俺の前に現れたのさ」



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