俺と彼女と宇宙人
宇宙人:ようこそ、我が宇宙船へ!
俺 :…え?
目の前にいる小学生くらいの男の子が、両手を広げながら突然そんな事を言ってきた。
目を覚まして直ぐにそんな事を言われた経験のない俺は、突然の出来事にこんな言葉しか出せなかった。
けれど周りを見渡して直ぐに、ここがさっきまで居た自分の部屋ではない事を理解した。
俺 :は!?えっ、いやいや…ここどこだよ!?俺、自分の部屋にいたはずだよな!?なんで。ってか、君は誰!?
宇宙人:だから、ここは僕の宇宙船だって。そして僕は、君達が言う所の宇宙人。
男の子はもう一度両手を広げ、そう言った。
俺 :いや、だからそうゆう冗談はいらないから、本当の事を話してくれよ。ここは何処で、君は誰で、どうして俺はこんな所にいるんだよ。
宇宙人:うーん。冗談じゃなくて、全部本当の事なんだけどなぁ。
男の子はそう言うと、腕を組みながら「ええっと」「うーん」「どうしようかなぁ」などと唸り始めた。
俺 :あぁ、もういいや。とにかく家に帰りたいんだけど、出口は何処にある?
宇宙人:あ、それはまだダメ!
俺 :ダメ!?どうして!
宇宙人:だって君達には、やる事があるんだから。その為にこの宇宙船に招待したんだよ。
俺 :やる事って何だよ。………ってか、君達?えっ、俺以外にも誰かいるのか!?
周りを見渡してみたが、人の姿は見当たらない。
宇宙人:うん。この部屋じゃなくて隣の部屋にいるんだ。待ってて、いま連れてくる!
そう言うと男の子は駆け足で部屋を出ていってしまった。
そして、一分もしない内に戻って来た。
長い黒髪が印象的な女性と共に。
宇宙人:はい、では改めまして。ようこそ我が宇宙船へ。
三度目となる両手を広げるポーズ。
俺 :それはもういいから。あの、あなたも急にこの変な場所に連れてこられていたんですか?
彼女 :はい。気付いたら宇宙船の中でした。
俺 :…あの、ここが宇宙船だって、本当に思ってるんですか!?
彼女 :はい、だってこの宇宙人の男の子がそう言っていたので。
俺 :この子が宇宙人だとも信じてる!?
彼女 :はい。
俺 :なんで!?
彼女 :なんでって、本人が宇宙人だと言っていたので。
宇宙人:宇宙人です。
彼女 :ほら。
俺 :ほらって…。そんな簡単に、信じられないでしょ!
彼女 :私も最初聞かされた時は驚きましたけど、いきなりこんな場所に居た理由としては、宇宙人に連れてこられたと言われた方が納得がいくかなと。
俺 :適応力半端ないな…。俺なんて、未だに信じられないままなのに。
宇宙人:うーん、そうなんだよね。どうしたら、信じてくれるのかなぁ。
俺 :どうしたって、見た目が小学生の男の子を宇宙人だなんて思えないよ。しかも、この部屋だって普通の部屋だし。宇宙船と言えば見た事ない機械が壁一面に埋め込まれていたり、実験台が置いてあって手術室みたいなイメージなんだけど。
宇宙人:操縦室には機械があるけど、生活スペースにそんな機械があったら落ち着かないよ。
彼女 :確かに、そうですね。
俺 :んーー。やっぱり、宇宙船感も宇宙人感もない!
宇宙人:えぇー。あっ!この見た目が宇宙人っぽくないって事なら、こんな感じかなぁ。
そう言うと、男の子は光を放ちながら一瞬にして姿を変えた。
俺 :うぁーーーーー!!!
彼女 :えっ!
宇宙人:君達の思う宇宙人って、こんな感じだよね。
全身灰色で、顔が大きく、体は細く小さい。目が大きく、顎が小さく、耳と鼻は無い。宇宙人と言われて想像する見た目そのままの姿だった。
彼女 :すごい…。正しく、宇宙人の姿。
俺 :えっ!!?ちょ、えっ!!何これ、すごっ!!宇宙人じゃん。本物の宇宙人じゃん!!
宇宙人:だから、さっきからそうだって言ってたのに。
俺 :いや、そうだけど。実際に見せられると、衝撃がすごいって言うか…。宇宙人って本当にいるんだな。ってか、俺だけこんな驚いて恥ずかしいんだけど!何でそんなに冷静!?
彼女 :いえ、十分驚いてます。変身なんて、見るの初めてだし。
俺 :十分驚いてそれは、すごいな。俺なんてめっちゃ取り乱しちゃったよ!ってか、今もまだ心臓バックバク!
彼女 :私、よく反応が薄いって言われるんです。…ごめんなさい。
俺 :いや、俺の方こそごめん。君が謝る事なんてないよ。反応の仕方なんて人それぞれだし、寧ろこの状況で冷静で居てくれてるのは有難い!ってか、俺がもっと冷静になれって感じだよな。
彼女 :いえ、そんな事は。…ありがとうございます。
宇宙人:うんうん。二人とも仲良くなってきているみたいで何より何より!
そう言いながら、大きな頭を縦に振った。
俺 :あぁ、えっと…あのさ。いつまでその姿のままでいるんだ?
宇宙人:え?
俺 :いや、だからその、いかにも宇宙人ですって姿のままだから、いつ男の子の姿に戻るのかなぁと思って。
宇宙人:えぇー。宇宙人っぽくないって言ったのはそっちなのに。
俺 :そうなんだけど、なんか落ち着かないっていうか…。ごめん、宇宙人だって事は十分に分かったから、男の子の姿に戻ってくれないかな?
彼女 :私もその姿より、男の子の姿の方が良いです。
宇宙人:はぁー、まったく。人間は優柔不断なんだから。そんなに言うなら、戻りますよ。
そう言うと、光を放ち一瞬にして男の子の姿に戻った。
俺 :はぁーーー。一回見ただけじゃ慣れないもんだな。やっぱり、すごい…。
宇宙人:うんうん。もっと感心してくれていいんだよ。こうゆうリアクションは悪くない。
男の子は得意そうに腕を組んで頷いた。
俺 :なんだよそれ。あぁー……えーっと、ところで今更なんだけど。俺達、自己紹介がまだだったよな?
彼女 :そうですね。驚く事が多過ぎて、そこまで考えが回らなかったです。
俺 :同じく。えっと、じゃあ遅くなったけど、はじめまして。俺の名前は水守 奏多、二十六歳です。
彼女 :火澄 麻穗、二十一歳です。よろしくお願いします。
宇宙人:うんうん。いいねぇ。
そう言いながら、さっきと同じように頭を縦に振っている。
水守 :年下だと思っていたけど、四つも下だったのか。二十一歳って事は、大学生?
火澄 :はい。大学三年です。
水守 :そっか…。若いのに、しっかりしてるな。
火澄 :若いって、水守さんもまだ二十六歳ですよね。十分若いです。
水守 :いやいや、学生って肩書きがなくなると、若いは使えないよ。それにもう、二十代後半だしね。
火澄 :そうゆうものなんですか?
水守 :そうゆうものなんです。
宇宙人:うんうん。いいねぇ、いいねぇ。
水守 :いや、さっきから何だよ。ニヤニヤしながら、いいねぇって。
宇宙人:二人が仲良くなっていく様は、見ていてワクワクするんだよ。これならやり甲斐がありそうだ。
水守 :そういえば、俺達にやる事があるとか言ってたよな?その為に、宇宙船に呼んだって。
宇宙人:そうだよ。
水守 :そのやる事って、一体何なんだ?
宇宙人:それはね、君達にチップを埋め込むの。
水守 :はぁーーーー!?
火澄 :え!?
二人して叫び声を上げた。
水守 :いやいや、チップ!?えっ何で!?どうゆう事!?
火澄 :ますます宇宙船に連れ込まれたって感じの展開になって来ましたね…。
水守 :チップを埋め込むなんて、映画の中だけでしか知らないよ!
火澄 :あの、もしかして…人体解剖とかもされちゃうんですか…。
水守 :え!?!
宇宙人:あははは。さすがにそんな事はしないよ。ただちょっと、チップを埋め込むだけ。痛くもないし、一瞬で終わるから。良いでしょ?
水守 :良いわけないだろ!そんな説明じゃ、納得出来ないよ。いや、納得してもチップを埋め込むとか普通に嫌なんだけど。
宇宙人:じゃあ、どうすれば納得出来るの?
火澄 :そもそも、どうしてチップを埋め込むんですか?
宇宙人:君達二人は恋人同士になるんだけど、恋をする心の流れが知りたいんだ。
水守 :!?は!?!
火澄 :えっ!!?
またしても二人して叫び声を上げた。
水守 :待った待った!!いきなり何言い出すんだよ!?恋人同士になるって、なんで確定してるみたいな言い方!?
火澄 :もしかして吊り橋効果みたいに、こんな状況を二人で体験したから恋人同士になるだろうと思っているんですか?
水守 :そうだとしても、先に恋人同士になるなんて言われたら、変に意識しちゃうじゃないか。
火澄 :そうですよね。
宇宙人:違う違う。君達が出会うのは数日後だよ。
火澄 :数日後?
宇宙人:そう、数日後。
水守 :いま会ってるのに、なんで数日後?
宇宙人:君達が宇宙船に居た記憶は、チップを埋め込む時に全て消させてもらうからね。
火澄 :…記憶を消す?
宇宙人:そうだよ。それが我々宇宙人のルールだから。人間に干渉する際は、必要最低限。細心の注意を払うようにって。そうでもしないと、たくさんの人間が僕達の記憶を保持する事になってしまうからね。
水守 :それって、今までもたくさんの人間がこんな体験をしたって事なのか…?
宇宙人:まぁ、そうゆう事になるね。どっちにしろ、みんな記憶を消されているから覚えていないけど。
水守 :そう、なのか。
火澄 :…あの、それで、記憶を消されるのは分かったんですけど、どうして数日後に私達が会うって分かるんですか?
宇宙人:それはね、僕達が未来を見通す能力を持っているからだよ。
火澄 :未来を見通す!?未来予知みたいな事ですか?
宇宙人:まぁ、そんな感じだね。と言っても、人間全員の未来が分かるわけじゃなくて、波長が合った人間だけ分かるんだ。だから、君達二人は僕と波長が合った貴重な人間なんだ。しかも、その二人は出会って恋人同士になる!こんな奇跡はなかなかないよ!
宇宙人は興奮気味に、腕をぶんぶん降っている。
水守 :とんでもない情報が多過ぎて、この状況に慣れてきている自分が怖い…。それで、チップを埋め込むのと恋する心の流れってどう関係してくるんだ?
宇宙人:そうだね。それこそ僕が、二人をこの宇宙船に招待した理由なんだ。僕達宇宙人は技術進化や個体進化が進み過ぎて、恋をするという事がなくなったんだ。
火澄 :…え。
宇宙人:宇宙人同士の交流は、通信や個々の能力で賄えるから直接会う事はあまりない。会ったとしても、そこで感情が動く事はほぼないんだ。
水守 :でも、それじゃあ、あの…。子孫を残す、とかは…?
宇宙人:それも僕達の技術で賄える。宇宙人同士は子供を作らない。ここからかなり遠くの星…場所とかは言えないんだけど、そこで僕達は創られたんだ。
火澄 :そんな…。
宇宙人:だから僕は、人間がどんな風に恋をして心が動いていくのかが知りたい。チップを埋め込むと、心の動きや感情が情報として届けられるんだ。因みに、埋め込むチップはこれね。
そう言って取り出したチップは、かなり小さい物だった。
水守 :小さっ!米粒ほどの大きさってところか。
火澄 :本当に小さいですね…。こんなに小さくて情報が届くんですか?
宇宙人:問題ないよ。小さくても、性能は抜群だから。
水守 :技術の進歩半端ないな…。それで、これを体の何処に埋め込むんだ?
宇宙人:心の近く。人間だと、胸の上辺りかな。
火澄 :ずっとこのチップを埋め込んだまま、生活する事になるんですか?
宇宙人:いいや、このチップは役目を終えれば消えてなくなるよ。もちろん、体にも害はない。…納得、してくれたかな?
少しの沈黙のあと。
水守 :火澄さん、どう思う…。
火澄 :私は……埋め込まれても良いかな……。もちろん、全て納得って訳にはいかないですけど。それでも、ここまで話を聞いてしまったら…。
宇宙人:おぉ!
火澄 :水守さんは?
水守 :俺も…火澄さんと同じ意見かな。チップを埋め込むとかはまだ怖いし、恋人同士になるとか、記憶がなくなるとか未だに信じられない事だらけだけど。この宇宙人を、少しは信じてみても良いかなと思ってる。
宇宙人:おぉ!!二人とも、ありがとう!じゃあ、さっそく準備に取り掛かるね。
そう言うと宇宙人は何やら作業を始めた。
水守 :こんなにすごい体験してるのに、この記憶が全てなくなるなんて、やっぱり信じられないな。
火澄 :本当ですね。宇宙船に来た事も、宇宙人に出会った事も、水守さんと出会った事も、全部忘れちゃうんですよね…。
水守 :そうだな。まぁ、俺達は数日後に出会うみたいだけど。
火澄 :そう、ですね。…本当に、出会えるんでしょうか…。しかも、恋人同士になるだなんて。
水守 :あーっと、ごめんな。こんな、やつで。俺的にはこんな可愛い子と出会えるのは、すごく嬉しいんだけど。もし、火澄さんが嫌であれば全然断ってくれても良いから。…って言っても、この会話も覚えてないんだよな。
火澄 :あの、私は、水守さん素敵だと思います。反応が薄い私の事、あんな風に言ってくれたの水守さんが始めてでした。嬉しかったです。もし出会えるなら、私は水守さんと出会いたいです。
水守 :ありがとう。俺もまた、火澄さんと出会いたいよ。
宇宙人:えーっと、良い雰囲気のところ失礼します。準備が出来たので、二人ともこっちの椅子に座って貰えるかな。
そう言うと宇宙人は、二つに並べられた椅子を指した。
俺達は、そこに二人して腰を降ろした。
宇宙人:でわ、お二人共。準備は良いかな?
水守 :ちょっと、緊張してきたな。
火澄 :はい…。
宇宙人:あははは、大丈夫!痛くも苦しくもないよ。ただ眠りに落ちるような感覚になるだけだから。そして次に目覚めた時は、ここでの記憶はなくなって元の生活に戻っているよ。
水守 :それはそれで、少し寂しいかもな。
火澄 :そうですね。
宇宙人:たくさんの感情を持っている、人間ってやっぱり素敵だね。二人の心を、これからたくさん見させて貰うね。
水守 :おう、任せとけ!
火澄 :元気でね。
その直後、暖かい光に包まれた体はゆっくりと眠りに落ちていった。
宇宙人:二人とも、ありがとう。
宇宙人のその言葉が、遠くで微かに聞こえていた。
***
事務所のドアを開けると、既に店長がパソコンの前で作業をしていた。
水守 :おはようございます。店長、早いですね。
店長 :おはよー。そんな事ないよ。僕もさっき来たばっか。
水守 :そうなんですか。そう言えば、さっき売り場見て来たんですけど、この間言っていた新刊の棚、あれじゃ小さ過ぎません?この作家は売れるから、もっと棚割り広く展開してもいいと思ったんですけど。
店長 :あぁーそうそう。そうなんだよね。そうしたかったんだけど、昨日はバタバタしててそこまで手が回らなくてさ。
水守 :あぁ、そう言えば昨日はスタッフ少なかったですからね。それじゃあ、しょうがないです。分かりました、俺が後でやっておきます。
店長 :ごめんねー。水守くん時代小説とか俳句や短歌のコーナーとか、他にも細かい業務幾つか担当してくれているのに。
水守 :大丈夫ですよ。まぁ最近バイトの子、何人か辞めちゃいましたもんね。今は社員の俺達が頑張らないと。
店長 :あ、そうだ!その事なんだけど、今日新しくバイトの子が一人来る事になってるから。そろそろじゃないかなぁ。
水守 :そう言えば、面接したとか言ってましたね。どんな子ですか?
店長 :少し大人しそうな子だったな。でも受け答えとかはしっかりしていて、歳の割に落ち着いているって印象だったかな。水守くん、申し訳ないんだけど教育係お願い出来る?
水守 :分かりました。学生ですか?
店長 :うん。確か大学三年生って言ってたかな。
コン、コン、コン。
ノックの音が、事務所に響いた。
水守 :来たみたいですね。
店長 :そうだね。どうぞー、入っていいよ。
火澄 :失礼します。
入って来たのは、長い黒髪が印象的な女性だった。
火澄 :おはようございます。
店長 :おはよー。水守くん、こちら今日からバイトで働いてくれる火澄さん。
火澄 :はじめまして。火澄麻穗です。
水守 :はじめまして。水守奏多です。
店長 :火澄さん、この水守くんが教育係として付いてくれるから。仕事の事とか分からない事は、彼に聞いてね。
火澄 :分かりました。よろしくお願いします。
水守 :こちらこそ、よろしく。
目が合った二人は、何故か同じタイミングで胸の辺りに手を当てた。
水守 :(何だろう、胸の辺りが…)
火澄 :(じんわり、温かいような…)
店長 :どうしたんだ。二人して胸に手を当てて?
水守 :あ、いえ。何でもないです。それじゃあ火澄さん、更衣室に荷物を置いて、制服に着替えて来て下さい。まずは店内を案内するね。
火澄 :はい!
ピピッ…ピピッ…ピピッ──
宇宙人:うんうんうん。やっぱり素敵だね、人間の心は。これからたっぷり、見させて貰うね。