序話 チュートリアルは誰のために
---2072年1月1日早朝
--とあるゲーマーのチュートリアル
周りが真っ白な小さな部屋。
机と椅子が向かい合っており、2つのティーカップが置かれている。
カップに香ばしい紅茶が注がれる。
現代ではあまり見られないアンティークなティーカップに注がれる芳醇な香りが
自らの五感にこれは本物だと訴えてくる。
「ようこそ。プリデウスの世界へ。」
正面の椅子に腰かけている金髪の好青年は、自らのカップにも紅茶を注ぐ。
「どうしたのかな?」
今までのVRは五感の再現が不十分で、現実の世界との明確な差があった。
しかし、この紅茶の匂いの再現。たったそれだけで今までに存在する全てのVR作品を超えている。
「大丈夫?体調悪い?」
「……大丈夫です。」
言葉を失う。
自らが遊んだVRゲームはどこまでいっても、現実を再現できなかった。
しかしこれは、もはや現実を超えている――。
「……。」
「……君、さっきから大丈夫?」
なぜか涙がこぼれる。
きっとこの世界なら――。
「大丈夫です。チュートリアルですよね。お願いします。」
「……大丈夫ならいいけど。じゃあ早速始めようか。まずは種族から……。」
現実の3倍の時間遊べること。従来の不完全な五感再現を完璧にしたこと。
個人個人で様々な冒険が存在すること。
それらの謡い文句と共に
世界的大企業『SiraisiGikeN』が去年発表した新作VRゲーム。
――1年のみのVRMMORPG【Covenant with God】――
――新年の訪れと同時に開始したこのゲームは
――世界を驚愕させた。
--2072年1月3日
--柏木 玲
――Connecting World
――VRMMORPG【Covenant with God】
――Game Start
「やあ。プリデウスの世界へようこそ。」
真っ白な部屋に鎧を着た少年が佇んでいる。
おそらくこれからチュートリアル的な物が始まるのだろう。
先月のクリスマスプレゼントとして幼馴染に渡され、
半強制的にプレイさせられているこのゲーム。
何でも『SiraisiGikeN』が開発した次世代VRゲームらしい。
「僕の名前はアンタレス。この世界の管理AIさ。
早速キャラクター設定をしていこうと思うんだけど、大丈夫かな?」
「お願いします。」
あまり下調べはしていないが、唯一の友人にある程度の概要だけは聞いている。
ジャンルはファンタジー。剣と魔法の世界がテーマだそうだ。
「まずはこの世界での名前を教えてくれるかな?」
「レイで」
普段ゲームをプレイするときはレイという名前を使っている。
本名で登録することはあまり推奨できるようなことではないのだろうが、
レイなんて名前の人は沢山いるだろうし、大丈夫だろうと割り切っている。
あと、友人からあまりネーミングセンスがないと言われたので。
「レイ君ね。種族はどうする?
人族・エルフ族・獣人族・ドワーフ族の中から選べるけど、
初心者におすすめなのは人族だね。あとの3種族は結構中級者向け。」
「人族でお願いします。」
人族以外を選べることは初めて知ったけど、人族が一番初心者向けならそれにしようかな。
そもそもゲームにあまり慣れていないのに、難しい種族はやめておいた方が良いよね。
「次に外見の設定だね。リアルとの感覚の差が出ないようにあまりいじらない事をお勧めするよ。」
「わかりました。じゃあ髪だけ青色にしてくれますか?」
「いいよー。これでアバターは完成だね。」
目の前に青色の髪の毛になった自分が表示される。
髪の毛が青くなっただけのいわゆる普通の高校生だ。
「それから次はステータスと初期スキルの割り振りだね。それぞれ10ポイントの中から選んでね。
ステータスは好きなところに割り振れるけど、取得できるスキルは君の今までの経験を基に決まるから。
欲しいスキルが無くても文句言わないように。」
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ステータス
名前:レイ
種族:人族
職業:なし
LV:0
JLV(職業レベル):0
HP(体力):100
MP(魔力):10
STR(筋力):5
INT(知力):5
VIT(物理防御力):5
RES(魔法防御力):5
DEX(器用さ):5
AGI(速さ):5
LUK(幸運):5
所持スキル:なし
所持金(1ピコ=1円):0ピコ
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なるほどなるほど。強いのか弱いのかよくわからないな。
「これってどのくらいの強さなんですか?」
「うーんとね。だいたい10歳くらいかな。」
10歳か。って10歳!?
めちゃくちゃ弱いじゃん!?
「まあ最初から強かったらバランス崩壊しちゃうでしょ?」
「確かに……。」
にしても10歳は流石にきつくないかな……。
とりあえずスキルも決めていこうかな。
スキル一覧を……。って多すぎ!?
「これスキルの量多すぎませんか!?」
「まあ過去に経験したことすべてを参照しているからね。そりゃ多くもなるよ。
言い忘れてたけど、僕のおすすめで取得することも可能だよ。僕の仕事が少し多くなるけど……。」
さすがにこの量から選べっていうのは難しすぎるし……。
「お仕事増やして申し訳ないんですが、お願いしてもいいでしょうか?」
「まぁ仕方ないね。それに他の人もほとんどがおすすめにしてるしね。
けど、ステータスは自分で振りなよ~。」
「わかりました。」
結局ステータスはこんな感じになった。
-------------------------------------------------
ステータス
名前:レイ
種族:人族
職業:なし
LV:0
JLV(職業レベル):0
HP(体力):100
MP(魔力):10
STR(筋力):7
INT(知力):5
VIT(物理防御力):7
RES(魔法防御力):5
DEX(器用さ):5
AGI(速さ):8
LUK(幸運):8
所持スキル:【緊急回避】【格闘】【体術】【精神耐性】
所持金(1ピコ=1円):0ピコ
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ステータスは全体的に前衛のような振り方をしてみた。
スキルは何故か格闘系のスキルが存在していたらしい。
自分は過去に格闘技の経験はないのだが、割とおすすめと言われたのでこれに決めた。
経験してないのにスキルで出るのは不思議に思って聞いてみたが、
そういうケースも存在する、と言われたのでおそらく仕様だろう。
「よし、それじゃあ次に呪刻を刻もうと思うんだけど。呪刻についての説明は大丈夫かな?」
「大丈夫です。お願いします。」
呪刻。
友人から聞いている本作の重要な概念の1つ。
プレイヤーの体のどこかに刻まれる呪刻は
生物のような特徴を持っており、プレイヤーの思考を読み取って進化するらしい。
様々な進化形態があり、それらを探すのも本作の魅力だと友人は熱弁していた。
「……よし、これで呪刻は刻み終わったよ。
じゃあ次に最初のリスポーン地点なんだけど、光聖王国と月公国のどっちが良い?」
「光聖王国で。」
友人曰く、最初のリスポーン地点はこの世界の大国である2か国のどちらかを選択できるらしい。
だがその友人と光聖王国の広場で待ち合わせしているため、選択肢はない。
「よし。最後にこれが初期装備ね。」
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・木刀(不壊属性)
木で作られた刀。なぜか折れない。
・青色の服(VIT+3)
この世界に存在する一般的な服。色はランダム。
・光聖王国第1都市の地図
方向音痴の人もこれをみれば大丈夫!
・10万ピコ
この世界に降り立つものに最初に贈られるプレゼント。
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「10万ピコも貰えるんですか?」
「結構少ないけど我慢してね。」
10万円と考えたら結構だなと思ったけど、
これで武器とか全部整えるなら少ないのかな?
まあ、貰える物はありがたく貰っておこう。
「さて、チュートリアルもこれで終わり。旅立ちの時間だ。」
目の前の少年がおもむろに椅子から立ち上がり、真っ白な部屋に少しずつ裂け目が現れる。
「この世界は自由だ。何をするのも君の自由。」
腕を広げ詩のように語り掛けるその少年のどこか遠くをみるような瞳が、
ゆっくりと視線を僕に合わせる。
「誰かを守って善人になるのも、全てを壊して悪人になるのも自由。」
彼の瞳は深く悲しく、かつての僕と同じようだった。
「そして、全てを守ろうとして大切な者を傷つけることもね。」
けれどあの時、絶望から救ってくれた彼らのように僕は言ってみる。
「あの!また会いに来てもいいですか?」
「……ふふっ。想いが続く限り、いつでも会えるさ。」
彼が自らに言い聞かせるような、悲しそうなその言葉を最後に――。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。」
視界が、暗転した。
頑張りますが、不定期更新です。