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番外編 バレンタイン その3

炊き出しで作った豚汁ときりたんぽ串は大好評だった。避難民たちだけでなく城で働く使用人たちも瞳を輝かせて口一杯に頬張っている。


「美味しい!初めて食べる味だ」

「体が温まるし、独特の味わいが堪らない」

「この串もクセになる食感だ」


温かい雰囲気に、お盆に山ほどのきりたんぽ串を載せて配って回るエステルの心もなごむ。


「良かったら、お代わりも沢山あります。お好みで味噌や柚子味噌をつけて召し上がってくださいね」


エステルが声をかけると、すぐに大勢の人が嬉しそうに二本目の串に手を伸ばした。



避難民が暮らしているのは城の大広間だ。


国賓を招いて大舞踏会を開いたこともある歴史ある大広間は、今では簡易ベッドと人々の荷物が雑然とひしめき合っている。


警備上の理由から勝手に城を徘徊しないように注意されているので、この中でずっと過ごさなくてはいけない生活は退屈だろう。


エステルがフレデリックに頼んだのは、雪が降った時に城内の一部区域の雪を除去しないで欲しいということだった。


基本的にランスの城壁内は雪が降ったらすぐに溶かすように魔道具が設置されている。


しかし、子供たちにとって、いや、大人にとっても雪は楽しい遊び道具になる。


避難民の村は遠隔地にあったため、雪を溶かす魔道具は設置されていなかったらしい。だから、子供たちは外に出て雪で遊んでいたという。


ラファイエット城には広大な中庭がある。その中庭に設置されている魔道具を一時的に撤去して、雪が積もるようにできないかとエステルはフレデリックに相談した。


実際にエステルと雪で楽しく遊んだフレデリックは、すぐに彼女の意図を理解して快諾した。


数日間で広大な中庭はあっという間に真っ白な雪景色に変貌を遂げ、フレデリックは中庭を避難民たちに開放した。


子供たちのはしゃぐ声が城に響き渡る。子供だけでなく村の大人たちも声をあげながら楽しそうに雪で遊んでいるのを見て、避難民を気にかけていた城の住人たちもホッと安堵の息を吐いた。


エステルとフレデリックは並んで村人たちの様子を見守る。


「エステル、僕は考え無しだったな。山で生きる村人たちが小さな空間に押し込められて、幸せなはずがなかったんだ。こうやって発散できる機会があって本当に良かった」


「そうね。ところで明日もこの場所を使わせてもらえないかしら?私も一緒に遊びたいわ」


「君も?もちろんいいけど、明日はちょっと忙しくて、僕は夕方にならないと来られないけど・・・」


エステルはニッコリと微笑みかけた。


「はい。夕方になったらいらして下さい」


***


翌朝、一メートルほど積もった雪は白く淡い輝きを発していた。


普段は魔道具ですぐに除去してしまうものなので、城の人々も「こんなに雪を見るのは初めて」と日を反射して光る雪に見惚れている。写真を撮っている者もいるほどだ。


エステルと村人たちは腕まくりをして顔を見合わせると、ニッと不敵な笑みを浮かべた。


フレデリックを驚かせたせたくて、エステルは秘密裏にカマクラを作ることにしたのだ。


というのも今日は二月十四日。前世でいうバレンタインデーである。


カマクラを作って、その中でロマンチックなムード満点のバレンタインを演出したい。


すっかり仲良くなった村人たちに相談するとみんなが「面白そうだ、是非協力したい」と申し出てくれた。


もちろん、村人のみんなにもカマクラを楽しんでもらいたい。



カマクラの作り方はそれほど難しくない。


雪を押し固めて小さな山を作り、水をかけて更に固める。固い外形ができたら、今度はそこに穴を開けていく。カマクラの入口になる部分だ。徐々に内部を広げていく。


エステルは村人たちと協力して、三十ほどのカマクラを作った。


それぞれのカマクラに子供たちや家族が入っていく。仲間同士で酒を持ち込んで酒盛りを始めた者たちもいる。明るい笑い声が寒空に響き渡った。


エステルもフレデリックと二人で過ごせるカマクラを用意している。人目につかない場所を選んでキープしてもらったのだ。


喜んでもらえるかな?


日本のバレンタインデーについては前に話したことがある。


好きな男性にチョコレートをプレゼントする日。


フレデリックが来る前に厨房を借りて、エステルは手早く準備を始めた。


鍋に生クリームを入れて中火にかける。沸騰したら火を止め、数回に分けてダークチョコレートを加えて、なめらかになるまで泡立て器でよく混ぜた。


フレデリックはチョコレートが好きだけど、甘すぎない方が好みだ。


完全に混ざりあってシルクのような光沢がでたところにコーヒーリキュールをたっぷりと加えた。


細長いグラスを二つ取り出して、慎重にホットチョコレートを注ぎ入れる。


出来立てのホットチョコレートをカマクラに運んでいくと、フレデリックが所在なげに立っていた。何故か手に大きな包みを持っている。


「フレデリック!」


エステルが声をかけると彼の頬が紅潮した。嬉しそうに手を振るフレデリックの背後にぶんぶんと揺れる尻尾が見えた気がした。


「エステル、大丈夫かい?その飲み物は?」


フレデリックの問いに答えず、エステルは身をかがめてカマクラの中に入っていく。


小さなテーブルと椅子が二つ置いてある。可愛らしいテーブルクロスの中央にキャンドルの火が灯っている。エステルは慎重に二つのグラスをテーブルに並べた。


外からは大きな笑い声が聞こえる。村人たちもみんな楽しんでいるようだ。


フレデリックも恐る恐るカマクラの中に入ってきた。荷物は外に置いてきたらしい。背が高いので身をかがめても頭がぶつかりそうになる。


それでも椅子に座って落ち着くとカマクラの内部をキョロキョロと興味深そうに見回した。


「すごいな!こんなものが作れるんだ。かなり頑丈にできているって聞いたよ。手伝えなくてすまなかった」

「いいのよ!あなたは領主で人々の生活に責任があるんだもの。私はいつも頑張っているフレデリックに・・・その、感謝したいなと思ってカマクラを作ったの」


フレデリックが満面の笑みで幸せを表現した。愛おしそうにエステルの頬に指を滑らせる。


「ありがとう、エステル。君は最高の奥さんだよ」


青灰色の瞳に見つめられて、エステルの胸がどきんと高鳴った。


「あ、あなたも最高の旦那様よ。それでね、今日はバレンタインデーでしょ?あの、お口に合うか分からないけど、これ、貴方のために作ったの」


おずおずとダークブラウンの液体が入ったグラスを指すとフレデリックの顔が輝いた。


「好きな男性にチョコレートをあげるんだっけ?嬉しい!ありがとう・・・飲んでもいい?」


コクリと頷く。フレデリックは宝物でも扱うかのようにグラスを持ち上げて、クイと口に含むと驚いたように目を見開いた。


しばらく口の中で味わった後、ゴクリと飲み込む。


「美味しい!濃厚なチョコレートなのにコーヒーの風味がある。僕の好きな味だよ!」


エステルは嬉しくて顔をほころばせた。


「良かったわ。嬉しい。気に入ってくれたならまた作るわね」

「ああ、頼むよ。疲れている時に飲みたい味だ」


エステルも自分のグラスに手を伸ばす。


うん、美味しい!


一口飲んで、満足気に頷いた。しっかり濃厚なチョコレートにコーヒーの香りが良く合う。


「僕は君に貰ってばかりだ。僕が君にあげられるのは何だろうっていつも悩んでしまう」


あっという間に空っぽになったグラスをテーブルにおいて、フレデリックは両手の指を組んでテーブルに載せる。


エステルは彼の手に自分の手のひらを重ねた。


「そんなことない。私と・・・ココとミアが幸せなのは貴方のおかげよ。私だって、貴方に出会えなかったら、恋する気持ちなんて一生味わえなかったかもしれない」


「エステル、君を今すぐ抱きしめたいんだが、ここは狭いしテーブルが邪魔だな」


フレデリックの真剣な顔つきにエステルはクスクスと笑い声を立てた。


「後でゆっくり抱きしめて。今はカマクラを楽しみましょう」


外を見るとまた雪が降りだした。もうすぐ日が暮れる。城のあちこちで明かりが灯りだした。


「僕も・・エステルに贈り物があるんだ」

「私に!?」


エステルは目を丸くした。


「だって今日はバレンタインで・・・」


フレデリックは悪戯っぽく微笑む。


「お年玉をもらった時に、バレンタインデーに贈り物をさせてくれって言ったの覚えてる?」


そういえば、そんな会話があったっけ?


エステルが首を傾げると真っ赤な髪が肩からこぼれ落ちる。


フレデリックはエステルの手を取ってカマクラの外に導いた。


領地管理人のアンリが、先ほどフレデリックが持っていた大きな包みを抱えて立っている。


フレデリックは照れくさそうに包みをエステルに手渡した。


「気に入ってもらえるか分からないけど・・・」


かなり重量がある包みを落とさないように慎重に開けてみると・・・そこには、前世で見覚えのある丸い物体が入っていた。


(・・・お掃除ロボット、ル〇バだ)


エステルは呆然とした。思わず〇ンバを落としそうになり、慌てて包みを強く握りしめる。


「君から話を聞いて、魔道具でも作れないかと魔道具師と相談して開発したんだよ。君が前世で愛用していたと言ったろう」


「そりゃ、確かに愛用していましたけど・・・」


ロマンチックなバレンタインデーになんて実用的なプレゼントだろう。


でも、私のために一生懸命魔道具師と相談しながら開発したんだろうな。


そんな彼の姿が簡単に想像できて、不思議な愛おしさが湧いてくる。


この人は私が話したちょっとしたことでも全部覚えていようとしてくれる。


それだけ私を大切にしてくれているんだ。


嬉しくてちょっと目の奥が熱くなった。


その時、アンリが一歩前に進み出て、ルン〇の包みをエステルの手から取り上げる。


「私がお預かりしておきますね」


アンリは微笑みながら軽く会釈すると踵を返して去っていく。


気がつくとフレデリックと二人きりになっていた。


辺りはもう薄暗い。人々はカマクラの中で家族や仲間たちと団欒の時間を過ごしているらしい。


それぞれのカマクラの中に灯された一本一本のろうそくが、雪の上に驚くほど美しい光景を描きだしている。


あちこちで光るろうそくの明かりを背景に、フレデリックはエステルに微笑みかけた。


「僕は造形魔法も得意なんだ」


そう言うと綺麗な雪を一握り手に取った。


「フィエリ・ローサ」


詠唱した途端、空中で雪がみるみるうちに細かな粒子に分解する。その粒子がぐるぐる回りながら少しずつ何かの形状を創りだしていく。


「まあ・・・薔薇だわ」


真っ白に輝く一輪の薔薇の花が空中に浮かんでいる。


「君に捧げる僕の心だ。雪は溶けてしまうけど、水に戻り、蒸発し、空気になった後、再び水に戻る。形は変わってもずっと循環し続ける存在だ。僕たちも年をとって姿が変わるかもしれない。でも、僕の心は永遠に変わらない。エステル、愛してるよ。Happy Valentine’s Day」


薔薇の花弁の一枚一枚がろうそくの光を反射して煌めいている。


エステルの胸にどうしようもなく喜びがこみ上げてきて、薔薇の向こうで微笑むフレデリックの顔が涙でぼやけた。

*オーストラリアではバレンタインデーに男性が女性に薔薇の花を贈ったりします。そういった要素も最後にちょっと入れてみました。どうか皆さまも素敵なバレンタインデーになりますように(#^^#)

読んでくださって、ありがとうございました!

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