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番外編 バレンタイン その2

ラファイエット公爵領の領都ランスは比較的大きな都市であり、高い城壁に囲まれている。


この周辺には魔獣が棲む森が多い。冬になって食料が少なくなると人里に出てくる魔獣が増えるため、特に冬場は護りが重要だ。


ランスの中心にそびえたつのが壮麗なラファイエット城であり、その周辺は活気溢れる城下町になっている。


城をぐるりと囲む形で深い濠がある。城の警備は非常に厳しく、毎日決まった時間にしか出入りできないようになっているそうだ。


ランスの街に入ると沿道に民衆が集まっていた。領主の帰還を出迎える人々だろう。


馬車に向かって群衆が手を振り、足を踏み鳴らす。


「フレデリックさま~!すてきっ」


歓声の合間に若い女性の黄色い声が混じる。


(当然だけど、フレデリックは大変な人気ね)


馬車の小窓から笑顔で手を振りつつ、エステルはチラリとフレデリックに目を遣る。彼も笑顔で民衆に手を振っている。愛想笑いではなく本当に嬉しそうだ。


城の正面に到着すると、城門の重い扉が音を立てて開いた。


兵たちによって濠にかかる橋がゆっくりと降ろされる。


ズシンッという重い音にエステルの身が引き締まる。


自分にとっては初めての領地訪問だ。緊張しないといったら嘘になる。


エステルは馬車の中で背筋を真っ直ぐ伸ばして気合を入れた。


そんなエステルを愛おしくて堪らないと言わんばかりに目尻を下げるフレデリック。


蹄の音を響かせて橋を渡ると、城の前には多くの使用人たちが整列していた。


フレデリックはゆっくりと馬車を降りながら鷹揚に手を振った後、エステルに恭しく手を差し出した。


彼に支えられて馬車を降りたところに背の高い金髪の男性が立っていた。


「エステル、彼が領地管理人のアンリだ。代々彼の一族が管理人をしてくれているんだ」


青空を切り取ったようなアンリの瞳がエステルを見つめる。


「初めまして。旦那様よりお噂はかねがね伺っております。才色兼備の完璧な奥方さまだと」


エステルの頬が赤く染まる。慌てて首を振って否定した。


「完璧なんてとんでもないです!分からないことだらけだと思いますので、どうかご指導の程宜しくお願い申し上げます」


深く頭を下げるエステルに向けるアンリの視線は優しい。


一方、隣に立つフレデリックは得意気に胸を張った。


***


昨年発生した自然災害とは大雨と洪水であった。


短期間に降水量が異常なまでに増大し、あちこちで洪水が発生した。


土砂崩れも起こり、一つの村が完全に土砂の下に埋もれてしまった。幸い避難が早く死者は出なかったものの着の身着のままで村人たちは放り出された。


被害に遭った他の町や村は支援物資を提供して何とか復興できそうだが、土砂崩れで埋まってしまった村の人々は行く当てがない。


一時期は安全な場所にテントを張っていたのだが、雪が降りだしたので百名ほどの村人たちは現在城の中で避難生活を送っているという。


エステルたちは早速避難民が暮らす城の一画に顔を出した。


「領主さま!領主さまがいらした!」


疲れの色が隠せない人々の顔にも自然と笑みが浮かぶ。

フレデリックは慕われているのだとエステルは誇らしく思った。


「みんな、辛い生活に耐えてくれて心から感謝する。私が領地にいる間に今後のことについて話し合いたい。今回は妻のエステルも同行している。妻も協力を申し出てくれた」


堂々と語るフレデリックを頼もしそうに見つめる村人たちの頬が紅潮し、涙ぐんでいる女性もいる。


エステルは避難民に笑顔を向けると深くお辞儀をした。


「は、はじめまして!エステルといいます。皆さんのお役に立てるように頑張ります。困ったことがあったら遠慮なく声をかけてくださいね!」


高齢の方もいる。全員に声が届くようにゆっくりと大きな声を出した。

好意的な表情だが、どことなく不安そうにエステルを見つめる避難民の皆さん。


(フレデリックのことは信頼できるけど、私は初対面だものね。なんとか信用してもらえるように頑張らないと!)


エステルは心の中でグッと気合を込めた。


***


「炊き出しをさせて頂けますか?」


フレデリックが去った後、残ったエステルがお願いすると、村人たちは意外そうな顔をしながらも快諾してくれた。


炊き出しと言えば豚汁だ。


避難所の片隅で荷物に入れてもらった巨大鍋を降ろし、エステルは手際よく準備を進めていく。


避難民へは十分に食事も提供しているが、どうしても決まったメニューになってしまい飽きられているようだ、と料理長からSOSがあった。エステルはフレデリックを通じて何か目新しい料理があったら作って欲しいと依頼されたのだ。


料理長や料理人たちも手伝いにきてくれた。若い料理人たちが感心したようにエステルの手際に見惚れるなか、料理長は材料や料理の手順について熱心にメモを取りながら質問を続けている。


エステルは大量の米粉も持参した。これを使ってきりたんぽ風の串も作る予定なのだ。


大量の串は森に自生していた竹で非番の騎士たちが手作りしてくれている。


料理人たちの作業を見て、村人たちも自主的に炊き出しの野菜を刻み始めた。


子供たちは竹を割って串を作る作業をキラキラした目で見つめている。騎士たちは笑いながら子供たちと一緒に竹串を作り始めた。


エステルが避難民の女性たちと一緒に米粉を水でふやかしこね始めると、賑やかなガールズトークが始まった。


「領主さまの奥方様がこんなにお美しくて、お料理も上手だったなんて!」

「久しぶりに料理ができて、私たちも嬉しいです」

「ホント、やることがなくてね。お世話になってばかりで申し訳なかったんです」


エステルに笑顔を向ける女性陣のこね方にはかなりの年季と経験が感じられる。


話を聞くと、彼女たちの住んでいた村は北方の山の中で、冬は何日も雪に閉じ込められることがある。それで小麦粉をこねて何度も焼いたものを保存食にしていたそうだ。


和気藹々と話していると女性たちが突然真っ赤になった。


「り、りょうしゅさま・・・」


フレデリックが前触れなしに避難所に現れたのだ。憧れの眼差しを一身に浴びながら、彼はエステルの肩に手を置いて引き寄せた。


きゃーという声にならない歓声が聞こえる。


「楽しそうだね。エステル」

「え、ええ」


結婚してから結構経つのにいまだに照れくさい。恥ずかしくて思わず俯いてしまった。


「みんな、協力してくれてありがとう。避難生活で疲れているだろうに申し訳ない」


それを聞いて、その場にいた女性が全員首を振った。


「いいえ、私たちは働くのに慣れています。何もしない生活の方が辛いので、これからはもっと手伝わせてください」


フレデリックは驚いたように目を見開いた。


「そうだったのか。慣れない避難生活なのに仕事をさせるわけにはいかないと思っていた」


「大人だけでなく子供たちもやることがなくて退屈しています。遊ぶものもないですし。本を頂きましたが、うちの村の子たちは体を動かす方が好きなので・・・」


女性の言葉にフレデリックは考え込んだ。


「君たちの村の復旧作業はあと一ヶ月ほどで終わる予定だ。新しく住宅を建設する目途もついている。そうだな・・・二ヶ月もあれば完成すると思うが、それまで城で楽しく過ごして欲しい。何か子供たちを喜ばせられるような遊びがあればいいんだが」


それを聞いてエステルは閃いた。


「フレデリック、私に考えがあるんだけど・・・」


エステルは彼の耳に囁いた。

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