ラファイエット公爵邸
エステルと双子が乗る馬車は素晴らしく豪華なものだった。内部にまで優美な装飾が施され、ふかふかのクッションが敷かれているのでお尻が痛くなることもない。
さすが公爵であるフレデリックが手配してくれた馬車は違う、とエステルは感心した。
こんな乗り物は初めてだ、と双子たちは目をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。
(家を出た時のドレスを捨てなくて良かった・・・)
久しぶりに公爵令嬢だった頃に着ていたドレスを引っ張り出したエステルは、茶色のカツラを被り、いつものように左目の下の泣きぼくろも化粧で消している。
(それでもラファイエット公爵家ではみすぼらしくてバカにされてしまうだろう。私はいいけどココとミアに恥をかかせたくないわ)
そう思って気合を入れるように背筋に力を入れた。
それを真似するようにココとミアも背筋を真っ直ぐに伸ばす。
王都にあるラファイエット公爵邸は瀟洒という言葉では表現しきれない迫力があった。
『城か!?』と思うほどの大きな建物がそびえたち、高い塀に囲まれた広大な敷地の奥には森まであるようだった。屈強な騎士が警護する入口の門扉から屋敷へ向かう馬車道の両脇には青々とした芝生が広がっている。
建物の玄関にあたる扉は大きく開かれて、その左右に侍従や侍女たちがズラリと並ぶ。
上品な年配の家令が、馬車から降りるエステルたちを優しい笑顔で迎えてくれた。
エステルは一般庶民のはずなのに、前公爵の遺児である双子だけでなくエステルまでも温かく迎えてくれる屋敷の使用人たちに感心した。
(実家のリオンヌ公爵家だったら平民を歓迎するなんてあり得ないわ。さすがラファイエット公爵家。素晴らしい使用人たちね)
馬車から降りた双子は、出迎えてくれた人々に向かって驚くほど綺麗な礼を見せた。
エステルは母親として最低限のマナーを身につけさせたいと、彼女たちが幼い頃から礼儀作法を教えている。
「「このたびはわたくしどもをあたたかくおむかえ下さり、まことにありがとうございます」」
ユニゾンの可愛らしい声で優雅にお辞儀をすると、並んで待っていた使用人たちの顔がぽわぁーーっと輝いた。
「まぁ、旦那様にそっくり」
「礼儀正しくて、なんて愛らしいのでしょう・・・」
と感心するような囁きを聞いて、エステルは内心ほっとした。
(良かった。二人ともさすがよ!自慢の娘たちだわ!)
彼女たちに続いてエステルも挨拶しながら礼をしたが、その姿や仕草があまりに美しく完璧で使用人の間からほぅっという溜息が出たことにエステルは気がつかなかった。
「・・・どちらのご令嬢かと思いました」
「こんな優雅な身のこなしができるなんて・・・・」
というヒソヒソ声も双子の一挙一動に集中しているエステルの耳には入らない。
スムーズに屋敷の中に案内されたエステルたちの目の前にフレデリックが現れた。
金糸に縁取られた真っ白な衣装に身を包み、光を反射して煌めくプラチナブロンドの隙間から覗く灰青色の瞳が優しく弧を描く。相変わらずの完璧な美貌に上品な笑みを浮かべるフレデリックはさすが公爵の貫禄だ。
「エマ、ココ、ミア。よく来てくれた。どうかゆっくりくつろいで欲しい」
そう言って顔をほころばせるフレデリックの顔がとても幸せそうで
(妹たちが到着したのが嬉しいのね。優しいお兄さんで良かったわ)
とエステルは内心安堵した。
エステルと子供たちは、隣り合った部屋が内側のドアでつながっているコネクティングルームに案内された。
一部屋は双子用で、もう一部屋がエステル用になっている。清潔で居心地の良い部屋にふかふかのベッド。
「皆様のために旦那様が衣装なども用意しましたので、中にあるものはどうかご自由にお使い下さい」
案内してくれた家令はニコリと微笑んで優雅に去って行く。
冷たい侮蔑的な扱いを受けることを覚悟していたエステルは、ラファイエット公爵家の歓迎ぶりに拍子抜けした。
ベッドにジャンプして遊びたいという双子を窘めつつ、エステルは荷ほどきを始める。
「ベッドで跳ねるなんてベッドが可哀想よ。乱暴にして壊れちゃったらどうするの?」
というと素直な双子はすぐに理解して言うことを聞いてくれる。本当に良い子たちだ。
クローゼットには双子だけでなくエステルの美しい衣装も溢れるほど用意されていた。
(自由に使って欲しいと言われても・・・。サイズがピッタリなのがちょっと怖い)
と思いながら、軽くドレスを体に当ててみる。
自分たちの荷物も整理するように言うと、双子はちょこんと座って楽しそうにお喋りしながら片づけを始めた。
ココとミアはとにかく可愛い。
こんな可愛い子供たちの母親になる機会をもらえるなんて、なんて有難いんだろうと毎日感謝してこの五年間過ごしてきた。
もちろん、モニカのことを考えると胸が痛い。
こんな可愛い子供たちと過ごす時間を奪われたモニカのことを考えると泣きたくなる。
だからこそ、エステルは子供たちと過ごせる一瞬一瞬を有難いものだと日々感謝を欠かさないのだ。
荷物の整理ができた頃に侍女がドアをノックしてお茶と軽食を運んで来てくれた。
フレデリックの心遣いに感謝しつつ、エステルと双子は香り高いお茶を楽しむ。
「クローゼットの中のドレスはすべて旦那様からの贈り物です。どうかお召し替え下さいね」
ニッコリと侍女に微笑まれて、双子はこれまで見たこともないような美しい衣装に大興奮だった。
ココとミアはそれぞれ薄青色と薄紫のドレスを選んだ。
煌めくプラチナブロンドをハーフアップにして、ドレスの色に合ったリボンで結んでもらう。
自分たちの姿を鏡で見て、喜びでピンク色に染まる頬が愛らしくてたまらない。
侍女はエステルの着替えも手伝ってくれるというので、ワードローブの中から瞳の色に合う緑色のドレスを選んだ。
侍女がコルセットの紐を背中できゅっと締めると気持ちも引き締まる。
久しぶりに貴族の生活に戻ってきたのだと実感すると、緊張がこみ上げて小さく息を吐いた。
ドレスに合うアクセサリーを一緒に選びながら侍女は朗らかに喋り続けた。
「エマ様たちが到着されるのを旦那様は首を長くして待っていらっしゃいました。朝から落ち着かなくて大変だったんですよ」
と笑う。
「そうだったんですか?私まで歓迎して下さって、公爵閣下には何と御礼を申し上げたら良いか分かりませんわ」
一瞬侍女の顔が真顔になった。
「エマ様は言葉遣いがとても綺麗でいらっしゃいますのね?」
「え?あ・・その、以前貴族の屋敷で働いていたことがあるので・・・」
「まあ、そうだったんですね」
躾の行き届いた侍女なのだろう。それ以上は詮索されなかったが、エステルは内心ヒヤヒヤしていた。
「旦那様は屋敷中をウロウロと行ったり来たりしてエマ様を待ち焦がれておいででしたわ」
続く侍女の台詞にエステルは首を傾げた。
「私を・・・?なぜでしょう?」
「まぁ、旦那様はまったく相手にされてないんですね」
そう言って侍女はクスクスと笑ったがエステルはその言葉の意味が分からなかった。
安定の鈍感である。
*今年最後の投稿になります。読んで下さった皆様、ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告下さった皆様、本当にありがとうございました。すべてが創作の励みになります(*^-^*)。どうか来年も宜しくお願い申し上げます。良いお年をお迎えください!