番外編 バレンタイン その1
*年末年始エピソードからの続きになります(*’ω’*)
くしゅんっ
思わず出てしまったくしゃみにエステルは頬を染めた。
「大丈夫かい?寒い?もっと上着を持って来させようか?」
心配そうに顔を覗き込んでいるのはエステルの夫フレデリックである。
「ううん、平気。これ以上は着られないわ」
既にもこもこになっている自分の服装を見下ろしながらエステルは苦笑した。
ラファイエット公爵領は北方の寒冷地にある。
現在、一段と寒さ厳しい二月上旬。
昨年末に起こった自然災害の支援のため、フレデリックとエステルは揃って領地に向かっていた。
通常は馬車で一週間ほどかかるが、雪が積もっているせいで余計に時間がかかる。それに被災者への支援物資も輸送しているため護衛の数も普段より多い。
初めての大規模な集団移動に神経を使う場面もあるが、修学旅行しているような気分にもなってエステルは内心楽しんでいる。
この世界でこんな積雪を見るのは初めてだ。フレデリックによると住宅地の雪は魔法や魔道具ですぐに除去するが、それ以外の場所の雪は基本放置されているという。
明日には目的地に到着する。
最後の宿で早めの夕食をとった後、フレデリックと二人で散歩に出かけたところ、思いがけない寒さに思わずくしゃみが出てしまった。宿場町内に雪はないが、町から一歩外にでると何十センチも雪が降り積もっている。
フレデリックはまだ心配そうにエステルを見つめている。
心配性の彼は外出する前にありったけの上着をエステルに着せようとした。
「本当に平気。心配かけてごめんなさい。前世で雪遊びが好きだったから、雪が積もっているところに行きたいなんて、わがまま言ってごめんね。付き合ってくれてありがとう」
雪だるまくらいは作りたかったのに、街中に雪は見当たらない。雪があるところに行きたいと言ったのはエステルだ。
小さな街なので、歩けばすぐに雪が積もっている平原に出ることができた。
鮮やかな一面の雪景色だ。夕暮れが雪に反射して淡いオレンジ色に発光しているのも美しい。エステルが立ち止まって景色に見惚れていると、フレデリックも隣で感動したように息を吐いた。
「僕は何度も領地に来ているのに、こんなに美しい光景があるなんて知らなかったな」
「ふふっ、随分損をしてしまいましたね。これから一緒に綺麗な景色を探していきましょう」
フレデリックは瞳を潤ませてエステルの手を握った。
「君は僕の人生を豊かにしてくれる。ありがとう、エステル」
そう言った後、フレデリックは不思議そうに首を傾げた。
「ところで、君が前世で好きだったという雪遊びってなんだい?」
「え?雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり・・・。私の故郷ではカマクラを作ったりもしましたよ。スキーとかスノーボードとか、スポーツも盛んでした」
ごく普通のことだと思っていたが、この世界では雪で遊んだりしないのだろうか?
「へえ」
フレデリックは心から感心しているようだ。
「遊ぶ・・・?そういう発想はないな。雪だるま?雪合戦?カマクラ?雪を使ったスポーツもあるのか?面白そうだが、初めて聞く」
「そうなんですね。例えば、スキーは二本の板を両足につけて山から滑り降りる競技です」
「なるほど」と真剣な顔で指を顎に当てたフレデリックが、エステルと目が合って表情を緩めた。
「我々も軍や騎士団で雪中行軍の訓練をすることはある。スノーシューという幅広の板がついている特殊な靴を履くんだ。ちょっと似ているのかもしれないな」
「そうなんですね」
すると、エステルの顔を覗き込んでフレデリックがニッと笑った。
「雪だるまってどうやって作るの?」
こちらの世界の人は雪ではほとんど遊ばないらしい。ふかふかサラサラの雪が何十センチも積もっているのに、ここにいるのはエステルとフレデリックの二人きりだ。
(もったいない。でも、生活するのはきっと大変ね。前世でも雪下ろしとか重労働だったわ)
そんなことを考えながら忙しく手を動かすと、小さな雪玉が何度も転がされてどんどん膨らんでいく。魔法を使うのは無粋だろう。やっぱり体を動かさないと。
フレデリックも楽しそうに雪の玉を転がして、大きな二つの球体ができた。
魔法を使って小さめの球体を上に載せると雪だるまの原形になる。二人は木の枝や石を探して顔を作った。
「できたわ!」
「これが雪だるまか!」
「なかなかの出来だわ」
フレデリックと並んで完成した雪だるまを眺めていると体がポカポカ温まっていることに気がついた。ハッキリ言って熱い。
上着を何枚か脱いで近くの木にかける。
「エステル?寒くないかい?」
「大丈夫。体を動かしたら熱くなってきたわ。じゃあ、今度は雪合戦ね!」
雪合戦でも盛り上がってしまった二人は、辺りが暗くなって護衛に制止されるまで子供のように雪玉投げに興じたのであった。




