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番外編 グルメ記者の物語 その3

ダフニーと斜めに向かい合って馬車に揺られていると、彼女が俺の顔をじーっと見つめていることに気がついた。


「俺の顔に何か……?」


元々粗野な育ちだ。今さら素を隠しても意味がない、と多少ぶっきらぼうに言うとダフニーの顔が真っ赤に染まった。


「も、もうしわけありません。公爵家でずっと捜していた方がこんな風に現れるなんて、信じられなくて。何かに化かされているんじゃないかと、ついお顔を見つめてしまいました。レナードさんは八年前とちっとも変わりませんね」


申し訳なさそうに俯くダフニーにさすがに罪悪感が芽生えて、俺は彼女に微笑みかけた。彼女は何も悪いことをしていない。正直で素直な性質の彼女を騙して利用したのは俺の方だった。


ダフニーこそ八年前と全然変わらない。あの時、彼女を突き動かしていたのはひとえに主人への忠誠心で、彼女の真剣な眼差しに俺はドキッとすることもあった。


「謝ることはない。こちらこそ悪かった。ただ、ずっと捜索されていたとは……。手配書が回っていなかったからすっかり油断していた。俺の顔が判別できる人間がいるとは思わなかった。髪型も服装も全然違うしな」


ダフニーに会っていた頃は長髪を一つに結んで貴族の使用人風の恰好をしていたが、今は髪をツーブロックに刈り上げ、眼鏡もかけている。服装も全く違うので見つかるはずがないと思っていた。はぁっと大きく溜息をついた俺にダフニーがクスッと笑いかけた。


「ごめんなさい。実は私、隠れて貴方の顔を魔道具で撮影していたのですわ。その……以前お会いした時のことですが」


ダフニーの言葉に俺は驚愕した。


ああ、俺はバカだ。あの時は色々と画策していたので、頭が回らなかったのかもしれない。正直さ丸出しのダフニーに対して油断し過ぎていたのだろう。顔を撮られていたなんて全く気がつかなかった。


「えっと、レナードさん。騙したような形になって申し訳ありません。マットとサリーにも貴方の顔は伝わっていました。サリーは気がつかなかったようですが、マットがすぐに気づいてフレデリック様に報告したのです」


なるほどな。俺はタパス・ガルニエに顔を出した瞬間からもう詰んでいたんだ。


「やっぱりイエナに来たのは間違いだったな。まさか公爵閣下が俺なんかを八年も探し続けているとは思わなかった」


俺は肩を竦めて大きく溜息をついた。


「いえ……あの、勿論フレデリック様もレナードさんにお会いしたいと仰っていましたが、貴方を一番探しているのはレナードさんのご家族の皆さまですわ」


ダフニーの言葉に俺は頭をガーンと殴られたような気がした。


「俺の……家族が……?」


***


俺は八年前まで、リオンヌ公爵家の密偵として働いていた。


リオンヌ前公爵は酷い男だった。長男で後継ぎだったパスカルもロクデナシだった。その二人が共謀してエステルやラファイエット公爵家相手に陰謀を企み、ルイーズ・ド・コリニー伯爵令嬢を誘拐した。俺は当時、リオンヌ公爵のために働いていると見せかけて最後に裏切り、金だけを持って姿を消したのだ。


俺には妹と弟が合せて九人いる。父親を亡くし、母一人でそれだけの人数を養うのは至難の業だ。ましてや、一番下の妹には先天性の疾患があり、医療費が異常にかかる。俺はリオンヌ前公爵からダフニーへの報酬として預かった金を全て家族に送った後に姿を消した。正確に言うとブルトン王国に国外逃亡したのだった。


しかし、悪事はいずれ露呈するものだ。


仕方がない。自分が犯した罪は償わなくてはならない。


だから、ラファイエット公爵家に連行されていく自分に対しては諦めがつくが、家族が罪に巻き込まれるとなると看過できない。


「俺の家族はっ! 俺がやっていることを何も知らなかった! 家族はどうか放っておいてくれ! 俺はどんな刑でも受け入れるからっ!」


つい声が大きくなってしまう。俺を心配そうに見ていたダフニーの瞳が戸惑った様子で瞬いている。


「レナードさん、どうか落ち着いて下さい。刑って……。誰もあなたに刑罰を与えようなんて考えていませんよ。ご家族の皆様もご健在で幸せに過ごしていらっしゃいます」


穏やかなダフニーの声音に俺は拍子抜けした。


「刑罰が……ない?」


呆然と呟くとダフニーは安心させるように微笑んだ。


「詳しい話はフレデリック様から聞いて下さい。でも、レナードさんもご家族の皆さんも無事ですから、どうか安心して下さいな」


彼女の言葉を信用するしかないが、俺は困惑していた。


「フレデリック様はマットから連絡をもらって、すぐにジャン・レナードという記者のことを調査したそうですわ」


まぁ、彼ほどの財力と権力があればたやすいことだろう。


「レナードさんは何年もの間、真面目にお仕事をされていたそうですね。悪い評判もなく職場でも信頼される記者さんだって聞きました。本当に良かった。私、ずっと心配していたんですよ」


驚いて彼女の顔を見上げると、ダフニーの瞳は涙で濡れていた。


「え!? どうして……? 君が泣くようなことは何も……」


狼狽える俺をダフニーはちょっと睨みつけた。


「だって! 後でフレデリック様や貴方のご家族から話を聞きました。貴方はお兄さんとして家族を守ってきたのでしょう? エステル様なんて『あの父親の配下で隠密をするなんて気の毒に。きっと苦労したと思うわ』とまで仰っていたわ!」


俺はグッと言葉に詰まった。今までこんな風に労ってもらったことはない。嫌でも目の奥が熱くなる。


「だからお金を全部残して姿を消した後、貧乏ですさんだ生活をしているんじゃないか?って、ご家族の皆さんもずっと心配していたんですから」


「ありがとう……」


俺は他に言葉が見つからなかった。

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