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番外編 グルメ記者の物語 その1

俺の名はジャン・レナード。


ブルトン王国の首都にあるブルトン・プレスという新聞社でグルメ・美容担当の記者をしている。ブルトン・プレスは女性の購買層が高いことで知られている。中でも俺の担当するグルメ特集や美容・化粧品のコーナーは女性に人気が高い。俺の記事が女性層を惹きつけるのに一役買ったと自負しているし、編集長は「お前を拾って得した」と酔っぱらう度に繰り返す。


そう。俺はおよそ八年前に編集長に拾われた。


まともなところに住む金もなくホームレス状態だった俺は、建築現場で日雇い労働者として働いていた。身が軽く魔力が高かったのである程度は重宝されていたが、実際の腕力を使う仕事になるとほとんど役に立たない。現場監督や他の労働者からはバカにされることが多かった。それに俺の仕草が気取っていると理不尽に暴力を振るわれることもあった。


そんな時、工事現場を通りかかった編集長がスリに財布を盗まれ、俺がそいつを捕まえて財布を取り戻したことが縁になり、編集長に「ブルトン・プレスで働かないか?」と誘われたのだ。


「……なんで俺なんかを雇いたいんです?」


呆気に取られて俺は尋ねた。ブルトン・プレスと言ったら首都でも一流の新聞社だ。働きたいという人間は山ほどいるだろう。


「ああ、しばらく前から工事現場にそぐわない奴がいるな、と思っていたんだ。お前、貴族っぽいんだよ。動作っつーか、動きが。自覚してるか?」

「それは……以前の職場が貴族の屋敷でしたのでその頃の癖が残っているのかもしれません」

「貴族の屋敷で働いてた奴がなんで工事現場で働いてんだ?」

「あの……主人が代替わりして、新しい主人とどうしても合わずに逃げ出したというか……」


口ごもりながら説明すると、編集長は『よく分かるぞ!』と言うように頷いた。


「ああ、よく聞く話だ。苦労したんだな」


腕を組んでウンウンと頷いている編集長だが、俺は彼が見た目通りのお人好しではないと踏んでいた。新聞社に何らかの利があるからこそ俺を雇いたいと思ったのだろう。俺は用心深く編集長を値踏みした。


「いや、そんなに警戒しないでよ。俺も過去に色々あってさ。周囲の人に助けられて今がある。裏があるなんて疑う必要ないから。ただ、貴族にインタビューしても失礼のない人材を雇いたいと思っていたところだったからね。ウチの記者は優秀なんだが、礼儀作法とか苦手だ。数年後に隣国のヴァリエール王国で国王の代替わりがあるだろう? 女王として君臨してきた女傑がついに退位することを決めた、と我が社でも大きく取り上げるつもりなんだ。それで我が国の外交大臣のインタビューを取りつけたんだが、その外交大臣の貴族っていうのがやたらと礼儀にうるさいって聞いてね。君のことを思い出したんだ。君は容姿もいいしね。」


「そんな……記者経験もない人間に貴族っぽい動きが出来るからって理由だけで雇いたいなんて胡散臭さしかないですよ」


俺の言葉に編集長は苦笑した。


「確かにな。でも、それだけじゃないんだ。俺は気になることがあると、それを追いかける癖があってな。君は結構面倒見が良くていい奴だ。それに食にうるさいだろう? あと、何故か美容に詳しい」


食と美容に関しては、その通りだったので俺は純粋に驚いた。『いい奴』かどうかは疑問符がつくが。


「どうやってそれを?」


「いや、そんな怖い顔するなよ。俺が通りかかった時に君たちの会話が聞こえてきたことが何度もあった。君は美味い店の情報をしょっちゅう仲間に伝えていた。それに手荒れが酷いという話になった時に保湿について熱く語っていただろう?」


「ああ、それは昔仕えていた貴族の女主人が美容に命をかけていたので、自然と覚えたんです。美味い店についても元主人がうるさかったので、各地方の名産品を調査したり、取り寄せたり……色々させられたんで。でも、そうですね、趣味と言うか、俺も確かに食事にはこだわるかもしれません。美味い飯は誰だって好きでしょう?」


俺は苦笑いしながら言った。


「ああ、なるほどね。ブルトン・プレスは今後、女性購買層の訴求をしていきたいんだ。グルメと美容に強い記者が欲しいと思っていたんだよ。勿論、他の分野、例えば政治とかにも興味があるなら勉強してもらいたい」


「いや、政治はまっぴらごめんです。でも、グルメと美容に関する仕事なら害はないでしょう。喜んで働かせて頂きます」


俺は素直に頭を下げた。建築現場の仕事よりも趣味のグルメの仕事が出来るなら有難い。美容はそんなに興味はないが、昔の女主人から効果のある美容液を調べさせられたり、しわ取りの薬を取りに行かせられたりした経験がある。


俺はブルトン・プレスで記者として働くことになった。


驚くことに俺の最初の仕事は本当にブルトン王国の外務大臣のインタビューだった。先輩記者の付き添いのような形で同席したのだが、俺自身が隣国のヴァリエール王国の出身で色々な事情を知っていたこともあり、大臣は先輩記者よりも俺の方に熱心に語りかけた。俺の貴族的な仕草も役に立ったのかもしれない。ヴァリエール王国の王族に関する面白いこぼれ話や裏話まで聞くことが出来て、記事としては大成功だった。


先輩記者が少し気分を害したようだったので、俺は政治記者になるつもりはないし先輩のような経験豊富な記者が書いた記事だから成功したのだと伝えると、逆に俺のことを気に入ってくれたらしい。その後、記事の書き方についても熱心に指導してくれて、今でも仲の良い先輩後輩の間柄だ。


俺は必死にグルメ情報を追い、多くの飲食店の取材に行った。趣味と実益を兼ねた素晴らしい仕事だと、あの時拾ってくれた編集長には感謝の気持ちしかない。


***


充実した生活を送っていたある日、編集長から質問があった。


「そういえば、首都圏内にある飲食店はもうほとんど取材してしまっただろう?」


「はい。地方に取材に行くこともありましたが、メインは首都圏ですからね。ほとんど行き尽くしたかもしれません」


「そうか……ところで君はイエナという町を知っているかい?」


その名前を聞いてちょっと心臓が跳ねた。しかし何食わぬ顔で答える。


「ええ、ヴァリエール王国との国境近くの町ですよね? 前にも言った通り、俺はヴァリエール王国出身なので行ったことはありますよ」


「ふむ。タパス・ガルニエという店を知っているかい? 変わった料理を出すらしいが……」


「ああ、はい。知っています。地元では有名です。俺も食べたことがありますが、とても美味しかったですよ」


「なるほどね。昔、ヴァリエール王国から追放された公爵令嬢が始めた店だと喧伝されたようだが……本当なのか?」


「それは本当です。その公爵令嬢を見たこともあります」


「本当か!? 現在はその令嬢ではなくて別な人間が経営しているそうだな?」


「そうみたいですね。もう何年も行っていないので現在の店の様子は分かりませんが、良い店だったと記憶しています」


「最近その店にいった貴族令嬢がいて『素晴らしかった』と絶賛している。あの店を取材していないブルトン・プレスの目は節穴だとさ。首都では食べられない変わった食事が出るそうだから、ジャン、ちょっと取材に行ってもらえるか? 遠いから大変だろうが、急いで戻ってくる必要はない。折角行くのだったら、周辺の店や宿もついでに取材して来てくれ。平和な時代が続いているから田舎への旅行も行きやすい。読者は喜びそうだ」


確かにもう何十年も戦がなく、魔獣の害も減っている。ヴァリエール王国とブルトン王国が協力して魔獣の掃討を行っているからだが、おかげで両国では旅行がちょっとしたブームになっている。


「分かりました。編集長。イエナ周辺の観光スポットなども取材することにします。十日ほど滞在させてもらってもいいですか?」


「ああ、そうだな。滅多に行けないから時間を取ってじっくり取材してきてくれ」


そう言われて、俺は取材の旅に出たのだった。

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