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番外編 ココとミアの物語 その6

*フィル視点です(*^-^*)

俺の名はフィル・ジョーンズ。父親はジョーンズ商会を率いる商会長で一代限りの爵位を認められた男爵だ。当然領地なんてない。


ジョーンズ商会は海外との貿易で利益を上げているが、国内で災害が起こると率先して被災者のために物資の調達を行っている。


その功績が認められて父さんは男爵になったが、俺は貴族なんてくだらないと思っていたから、俺の代で平民になっても全然構わなかった。


それが若干変わったのは、お得意様のラファイエット公爵家で双子のココとミアに出会ってからだ。


ココとミアは二人とも典型的な貴族のお嬢さまのように見えたが、話してみるとガラリと印象が変わる。気さくな二人は身分の低い俺たちにも優しかった、というより、身分を気にする、という意識がないようだった。


特にミアは貿易に興味があるらしく、俺に商会について多くの質問をした。俺は彼女のキラキラした瞳に見惚れながら、彼女の質問に答えられる自分を誇らしく感じたものだ。


公爵家でカレーライスなる食事を御馳走になった時には、衝撃で体が震えた。この世にこんなに深い味わいの美味なる料理が存在するのかと感動した。米という穀物は外国でしか穫れないので、公爵夫人のエステル様はいつもジョーンズ商会に米を注文して下さる。


それにしても炊いた米とこんなにマッチする料理が他にあるだろうか?いや、ない。カレーソースとコメの組み合わせは完璧だ。さらにエステル様はナンやロティというパンに似て非なる不思議な生地も焼いてくれた。それらもカレーに合う。その気になれば普通のパンでも美味しく頂ける。カレーソースの潜在能力に俺は興奮した。


思わず商品化したらどうかと提案してしまい、親父を慌てさせたが、エステル様とフレデリック様は前向きに受けとめてくれて、ココとミアと一緒に商品化を進めることを認めてくれた。その後、次から次へと難題が降りかかり頭を抱えることもあったが、学べることは多かった。貴重な経験をさせてもらえたと思う。


ココとミアは営利ではなくて、人々の役に立つ商品を届けたいという気持ちが強い。二人はエステル様がいなかったら孤児院に引き取られていただろうという。だから、孤児院への思い入れが強く、カレーソースも孤児院に寄付しやすくするために商品化したい、という願いが根本にあったようだ。


そして、子供達が万が一にも傷んだカレーソースを食べないように、という工夫にミアは情熱を傾けていた。彼女は品質管理だけでなく、開封された瓶詰を未開封と勘違いしないようにする工夫に熱中していた。その結果、蓋と瓶の両方に紙を接着して開封したら紙が破れるような包装になったのだ。


ミアはこだわることには妥協しないけど、それなりに柔軟な対応もできる。そして、誰よりもお客さんのことを大切にしていて、俺の父さんはしょっちゅうミアを絶賛していた。


「公爵令嬢なのに人々の生活のことまで考えてくれる。それに商売の勘がすごい。お前の嫁さん……は無理だろうから、これからも協力してもらえるように頑張れよっ!!!」


父さんは俺の背中をバンと叩いた。


ミアは驚くほど庶民的だ。公爵令嬢なのに「もったいないお化けが出るよ」が口癖で、なんかセコイところも可愛い。


彼女が俺を頼ってくれることが誇らしくて、俺は彼女にお願いされると柄にもなく浮かれてしまう。申し訳なさそうに「ねぇ、フィル、〇〇ってできる?」と聞かれるとどんな無茶ぶりにだって応えたくなる。ああ、俺って単純だな。


ミアは自分のことを性格が悪い、と言う。『どこが!?』と俺は思うのだが、ココのような純真さがないかららしい。それはあくまで個性であって、性格の善し悪しじゃない、と俺が断言するとミアが驚いたように「……そうなの?」と目を見開いた。


ミアは優しい。


俺は視野狭窄のせいで目つきが悪いだけじゃなく、時々物が見えにくくて困る時がある。そんな時ミアはすぐに気がついて助けてくれる。誰も気づかないようなことを彼女は気づいてくれる。さりげない優しさをくれる。そんなミアに俺は恋をした。


身分違いだし、俺が相手にされることないのは分かっている。でも、ちゃんとミアを大切にしてくれる素晴らしい男が現れるまでは俺が彼女を守ると決めていた。そんな日が来るのは怖い。相手の男に尋常ではない嫉妬をしてしまうだろうと思う。でも、俺にとってはミアの幸せが一番だから、心から「おめでとう」と言えるように精神的にも強くなっておかないといけない。


それでも学院で一緒にカレーソースの話をしている時。


冗談を言い合っている時。


一緒に寮までの道を歩きながら他愛もない話をしている時。


二人で見る夕焼けが綺麗な時。


俺はどうしても夢見てしまう。こんな幸せな時間がこれからもずっと続いていったらいいのに、と。


俺はバカで単純だから、今日隣にいるミアが明日も明後日も来年も十年後も、ずっと隣に居てくれるんじゃないかって、希望的観測を持ってしまうんだよな。そんなことありっこないのに。


心の中で思わず自嘲すると、隣を歩いていたミアが怪訝そうに俺を見上げた。


「フィル? どうしたの?」

「や、なんでもない」


そう言ってもミアは疑い深く俺の顔をまじまじと覗き込んだ。


「いや、なんでもないことない。フィル、何かちょっと悲しそうな顔してたよ」

「え? そうか? 気のせいだろ」


内心、ミアの観察力に舌を巻きつつ、俺は何気ない表情を浮かべる。


「……ふーん」


面白くなさそうに俯いたミアが俺の制服のジャケットの裾を摘まんで引っ張った。


「ん?」


と振り返るとミアが不安そうな面持ちで俺を見上げている。


「ミア? どうした?」

「フィル……私といるとつまらない?」

「は!? なんで? そんなことないよ!」

「ホント? 私の話がつまらないからそんな顔してたんじゃないの?」

「違う! それは絶対にない! 誤解だよ」

「じゃあ、何か悩みがあるの? フィルは私たちを守ってくれたのに、何も恩返しできてなくて申し訳ないなって思ってるの。いつも不甲斐ない私を守ってくれてありがとう。私は我儘を言って迷惑を掛けてばかりだから、もし、私といるのが嫌になったんだったら……」


ミアの瞳が潤んでいるのを見て俺は慌てた。


「な、なに言ってんだ!? ミアと一緒に居るのが嫌なんて思ったことない! 逆だ! いつかミアが俺から離れて行くんだろうなって、それで……ちょっと寂しくて……」

「どうして私がフィルから離れていくの?」


「いや、だって……」と俺が口ごもっているとミアの顔が真剣になった。


「フィル。全部ひとりで背負い込まないで欲しい。何か悩みがあるんなら、ちゃんと話して。頼りにならないかもしれないけど、私はずっとフィルのパートナーでいたいと思っているから、だから、私を頼って」

「……パートナー?」


思わず聞き返すとミアの顔が真っ赤に染まった。


「あ、あの、もちろん、仕事のね。仕事上のパートナーって意味」


でも、彼女の上気した頬を見て、恥ずかしそうに泳ぐ瞳を見て、俺はどうしようもなく莫迦げた期待を抱いてしまった。


もしかしたら、俺は仕事上のパートナーという立場すら失ってしまうかもしれない。


でも、やっぱり俺には無理だと自覚してしまった。聞き分けの良い男を演じて、嫉妬を隠しながら他の男の隣で微笑む彼女に「おめでとう、幸せになれよ」なんて俺は絶対に言えねー!!!


「ミア、俺さ、ミアのことが好きなんだ。ずっと好きだった。だから、その……仕事上だけじゃなくて、ずっと人生のパートナーになって欲しいっていうか……」


それを聞いたミアの表情が三段階に大きく変化した。まず呆気に取られたような表情になり、その後徐々に血の気が上り、顔だけじゃなくて耳や首まで真っ赤になった。そして、最後に自分の頬を両手で挟みながら、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。


彼女がしゃくり上げながら泣きだしたので、俺は大慌てだ。


なんでだ!? そんなに泣くほど嫌だったのか!?


「……ふぃ、ふぃる……わ、わたしも、ふぃるがすき」

「えっ!?」


彼女の言葉を正しく理解できているか真剣に自分の耳を疑った。ミアは両手で頬を伝う涙を拭いながら泣き続けている。俺は必死にハンカチを探して彼女に差し出した。


ミアは遠慮なくハンカチで涙を拭った後、チーンと鼻をかむと恥ずかしそうに「あの……洗濯して返すね」と微笑んだ。


鼻の頭が赤くなっていて死ぬほど可愛い。ちょっと腫れぼったくなった瞼も可愛い。とにかく可愛い。俺は彼女から目を離すことが出来なかった。


「あの、今フィルが言ったのはホント? その……私のこと……」


照れたようにモジモジするミアを俺は思いっきり抱きしめた。


「好き。好きだ。ミア、大好きだ。身分だって違うし、俺みたいな男でいいのか、自信がなくて……。ミアにはもっと相応しいイイ男がいるんじゃないかって……そう思って落ち込んでたんだ」


それを聞いたミアは自分の頭を俺の胸にグリグリと擦り付けて、両手を俺の背中に回した。ギュッと背中を掴む彼女の指の感触が堪らなく心地よい。


「そんなの! 身分なんて関係ない! 私はずっとフィルが好きだったよ」


夢じゃない?


俺は願望が見せた白昼夢じゃありませんように、と祈るだけだった。


***


その後、「お前、狐に騙されてるんじゃないか?」と疑心暗鬼の父さんと一緒にラファイエット公爵家を訪れ、カチコチになって「ミアさんとお付き合いさせて下さい!」と頭を下げた俺に、エステル様は優しい笑顔を向けてくれた。


フレデリック様は眉間に皺を寄せて「まさかこんなに早く……」と苦悩しているようだったが、エステル様につつかれて「あ、ああ。まだ学生だしな。清く健全な付き合いならば吝かではないが……」とモゴモゴ告げた。俺が「もちろんです! 決して公爵閣下にご心配をお掛けするようなことは致しません! 愛するミアさんを絶対に大切にします!」と力強く宣言するとミアの顔が真っ赤に染まった。可愛い。


そんな俺たちを嬉しそうに見ていたココが「実は私も好きな人がいて……」と言い出し、大騒ぎになったことも、今は良い思い出だ。


***


俺たちは来週卒業することになる。


在学中、ミアとの健全なお付き合いはずっと続いた。こんなに幸せでいいのか、と自問する日々だった。


俺は卒業後に彼女がどうしたいのか聞くのが怖かった。学院の女生徒の多くは在学中に婚約が決まり卒業後に結婚するが、ミアは特に何も言わない。


ミアは身分で男を選ぶような女性ではない。だから希望はある。俺は生涯をかけて彼女を幸せにすると、少なくともそのための努力を怠らないようにすると彼女に伝えようと思った。


俺は外国から特別に取り寄せた指輪を見ながら、これから自分が言うべき台詞を心の中で反芻した。



ミア、俺を君の夫にしてくれるかい?

*こちらでココ・ミア編は完結になります。読んで下さった皆様、感想を下さった皆様、ブクマ・評価・いいねを下さった皆様。本当にありがとうございました!もう書けないかも、と思った時に大きな励みになります(#^^#)。


*ちょっと思いついた物語があり、また番外編を書くかもしれません(*^-^*)。気長にお待ち頂ければと思います。

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