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番外編 ココとミアの物語 その2

お母さまと私たちは料理が趣味だ。


魔法学院に入学する前年に私たち三人は協力して『カレーソース』という料理を開発した。スパイスが大量に入っているため保存性が高く、味も落ちない。煮沸消毒した瓶に雑菌や空気が入らないように密封すれば二~三週間は大丈夫という保存食でもある。


ジョーンズ商会というラファイエット公爵家の出入りの業者が専属販売を開始し、各方面で非常に売れ行きが良い。カレーソースはラファイエット領内の孤児院へも寄付され、珍しくて美味しい食事に子供たちも大喜びだという。


カレーソース事業は、ジョーンズ商会の跡取りであるフィルとラファイエット公爵家の双子が専任で任されている。入学前はココが厨房で生産を指揮し、私が商会との交渉など実務作業を一手に引き受けていた。


そして私たちが入学する直前に、なんと魔法学院からも食堂でカレーソースを使用したいと打診を受けたのだ。入学後、生産に関してはお母さまや使用人に任せているが、多くの実務は今でも私が担当している。フィルが同じクラスなのも都合が良い。例えば、学院への商品の納入について担当者と打ち合わせるのも私とフィルの仕事だ。


学院生活に慣れてきた頃、私は授業の後に担当者と打ち合わせをするために学院の食堂へ向かった。担当者と打ち合わせを始めると遅れてフィル・ジョーンズが入って来た。


「遅かったね」

「悪い。サンプルを取りに行っていて遅れた」


そう言いながらフィルはテーブルの上にサンプルの入った箱を置いた。私は黙ってラベルを確認しながら、カレーソースの各種類のサンプルをテーブルに並べる。辛さのレベルを変え、異なる具材を使っているので幾つもの種類があるのだ。


「彼はフィル・ジョーンズです。ジョーンズ商会の会長の嫡男です。カレーソースの代理店をお願いしています」


私が紹介すると、フィルは深く頭を下げて礼儀正しく挨拶をした。強面こわもてのフィルだが、ジョーンズ商会の跡取りらしく厳しく躾けられている。あのTCの奴らなんかより、ずっと折り目正しく腰が低い。


初めてカレーライスを食べて感動したフィルが商品化したらどうかと提案したのが切っ掛けで、私たちは商品化のために協力することになった。


しかし、提案するのは簡単だが、それを実行に移すとなると信じられないくらい多くのハードルがある。それらを一つ一つクリアすることが出来たのは、間違いなくフィルの手腕のおかげだ。彼は真面目で誠実な働き者である。フィルのことを柄が悪いとか目つきが怖いとか、陰口を叩く連中が多くて私は悔しくて堪らない。


『何も知らないくせに!』と詰りたくなってしまう。


フィルには視野狭窄という生まれつきの疾患がある。視野に障害部位(見えない範囲)があるので、何かを見ようとするとどうしても目をそばめるような動作をしなければならず、その結果目つきが悪いと言われてしまうことが多い。彼の内面は穏やかで心根の優しい少年なのに。


しかも素晴らしいビジネスセンスがある。売れ筋を読むのが抜群に上手い上に、商品化や販路についても親身になって適切なアドバイスをくれたフィルに私は心から感謝している。


味だけでなく品質や包装パッケージにまでこだわる私は面倒くさいビジネスパートナーだと思う。値段も高く設定したくない。利益を上げるよりも大切なことがある、と力説する私をフィルは嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。直売と予約販売をメインにすることで売れ残りを減らし、それなりの利益が出る事業にしてくれたのもフィルの力量である。本人は全くそんなことを言わず、全て私とココの手柄だと主張してくれるけど。


「ジョーンズ商会は跡取りの息子さんがしっかりしているから将来も安泰ね」


お母さまもフィルのことを褒めていた。


しかし、顔が怖くて不器用な彼が口を開くと、怯えた人々が彼にお金を差し出す。『カツアゲじゃないんだ!』と内心叫びながら、人を怯えさせないように彼なりに気を使っているらしいが、無口になるとそれはそれで怖い。それでもカツアゲに間違われるよりはましだと、フィルは人と交わらないように教室でひっそりと過ごしている。


自分のせいで迷惑を掛けたくないから知り合いだと言わない方がいいとフィルは言った。私は『そんなこと気にしない!迷惑になんて思うはずがない!』と反駁したが、フィルは頑として譲らず私たちは教室では知らない者同士のように過ごしている。


しかし、TCの連中が時々フィルの陰口を叩いているのを聞くと、私は怒りで爆発しそうになるのだ。


「ミア。俺のことは気にするなよ。あんな悪口は言われ慣れてる。たいしたことないから」


打ち合わせが無事に終了し寮に戻る帰り道、フィルは私にこう言った。


入学してから既に三ヶ月が経つが、その間にTCはフィルとデビッドに対する嫌がらせを激化させていた。


フィルはTCに敬意を払わない不遜な態度のせいで。


デビッドはココとミアに庇ってもらったせいで。


どちらに関しても私は非常に苦々しい思いでクラスメートを観察していた。


TC以外の生徒は彼らが怖いので、いじめや嫌がらせをしていても見て見ぬふりをする。私とココは見つけたらすぐに止める。さすがに公爵令嬢には敵わないTCは双子に隠れていじめを行うようになった……らしい。


「俺は嫌がらせにも陰口にも慣れているから構わない。それに体が大きいから物理的な嫌がらせは少ない。心配なのはデビッドの方だ」

「ココもデビッドを気にかけているけど限界があるわよね……でも、私はあなたのことも心配よ。フィル。初めて公爵家の権威を使ってでもあの人たちを何とかしたいと思うようになったわ」

「気持ちは分かる。デビッドのことは気にかけてやってくれ。でも、俺は大丈夫だよ。ミアがいてくれるし。それに奴らは強そうな人間には姑息な嫌がらせをするくらいで大きな危害は加えないからな」


フィルは背が高いだけでなく、がっしりした体格でしなやかな良い筋肉がついている。魔力や身体能力が高く近衛騎士団からも誘いがあったそうだ。視覚のせいで入団は出来なかったけど、TCの誰よりも強いことは明らかだ。それにフィルはとてもカッコいいと思うんだけどな、と私は内心呟いた。


そのとき寮への道沿いにある森の中から、不穏な声と音が聞こえてきた。


「……っ!おいっ!腹を狙えっ!顔は蹴るなよ。バレるからなっ」


私はフィルと顔を見合わせた。


「ミア、俺が見て来るから君は先に寮に戻れ」

「嫌よ。私も行くわ。大丈夫。私もお母さまに鍛えられているから」

「……仕方ないな。でも、隠れてろ。絶対に姿を見せるなよ!」


フィルに念を押されて私は渋々と頷いた。


声のする方に行くと予想通り、TCに属する何人かの生徒たちがデビッドに殴る蹴るの暴行を働いていた。頭にカッと血が上ったがフィルとの約束を思い出して、木の陰に隠れて息をひそめる。


「おいっ!!! お前らっ!!! 何をやってるんだっ!!!」


フィルの威嚇するような大声にTCたちが途端に慌てだした。


「やべっ」

「逃げろっ!」

「急げっ!」


アーサーはその場にいないが、アーサーを神のように崇め奉っている取り巻き生徒たちだ。一人相手に複数で暴行するなんて卑怯な連中への怒りがおさまらない。


地面に横たわるデビッドをフィルが抱き起すのを見て、私も慌てて近づいて治癒魔法を掛ける。


薄く目を開いたデビッドが微笑んだ。


「ああ……気持ちいい。ありがとう。ミアさん」


学院ではいまだに私とココの区別がついていない生徒が多い中、デビッドは最初から私たちを見分けることができる。


「大丈夫? 酷いことをするわね」

「ミアさん、フィルも助けてくれてありがとう。平気だよ。慣れているから……」

「慣れてる!? どういうこと!? 頻繁に殴られたりしているの!?」


カーっとなった私が詰め寄ると、フィルに落ち着いた声音で宥められた。


「ミア、落着け。デビッドが怯えている」


「あ、ごめんなさいっ、つい……でも、こんなことに慣れちゃいけないわ。学院や先生に報告して……」

「無駄だよ。僕は何度も担任の先生に訴えたんだ。でも、証拠がないって言われて……。あいつらは狡猾だから人目につかない場所で証拠を残さないようにしてる。魔道具がないから記録も出来ないし、証拠がないと先生方は聞いてくれない。……というか担任の教師はTCの言いなりだ。頼りにならないよ」

「ああ、担任の教師は俺も信用できないと思ってた」


デビッドとフィルの言葉にミアは衝撃を受けた。


「担任のファーガソン先生が?! とても親身になってくれる良い先生だと思っていたわ!?」

「そりゃ、公爵令嬢には親切にするだろう。それでなくてもミアは成績優秀、品行方正、容姿端麗。申し分のない優等生だからな。ま、俺たちみたいな下位貴族で平均的な生徒とは態度が違って当然だ。多くの人間は相手の立場に応じて態度を変えるんだよ」


フィルの言葉に私は衝撃を受けた。自分でもお嬢さま育ちで世間知らずの自覚はある。お母さまにもフレデリックにも大切にしてもらってきた。ずっと守られてきたおかげで、人間関係の嫌な面を避けてこられたことは分かっている。


お母さまが日頃から『常に感謝を忘れずに。傲慢になってはいけない』と言う理由は理解している。特別扱いを受けることを当然だと思ってはいけない。全ての人がフェアな扱いを受ける訳じゃない。そう思っていたのに、教師の本性を見抜けなかった自分の甘さが恥ずかしい。


「気にするな。きっとその気になればいい教師の仮面を被れる奴なんだ。ただ、このままデビッドのことを放っておくわけにはいかないな」

「そうね、ココにも相談して……」

「いや、ココさんには何も言わないで。彼女に迷惑を掛けたくない!」


いつになく強い態度でデビッドが遮ったので私は目を瞠った。


「うーん、でもね、ココは自分だけ知らなかったって後で知ったら傷つくと思うわよ。彼女を悲しませていいの?」

「いや……そんなことは……でも、万が一彼女がいじめに巻き込まれるようなことがあったら……」


デビッドは口ごもった。


「大丈夫。ココのことは私が守る。それにフィルも協力してくれるわ。ねっ?」

「ま、仕方ないな。乗りかかった船だ。デビッド」

「あ、ありがとう……二人とも」


デビッドは顔をくしゃくしゃにして涙ぐんだ。

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