表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/110

番外編 ココとミアの物語 その1

*この物語の主人公はミアです。ミア視点が続きます(*^-^*)


今日は魔法学院の入学式だ。


私はミア。ラファイエット公爵家の令嬢である。双子の妹の方だ。姉のココは私の隣で緊張した面持ちで、新入生に歓迎の挨拶をする学院長を見つめている。


今日から私とココの学院生活が始まるのだ。『いよいよかワクワク』と『これからやっていけるかしらドキドキ』という気持ちが入り混じったちょっと複雑な気持ちだ。これが武者震いというのだろうか?体がムズムズして落ち着かない。


ヴァリエール王国の王都にある魔法学院は貴族の子女のための高等教育機関である。生徒の年齢は十五歳~十八歳。生徒は全員寮生活を送ることになる。


自立と主体性を校訓とするこの学院では、侍従や侍女などを帯同することは許されない。また学期中、学院が認めた緊急時以外は家族との連絡を取ってはならないという厳格な校則がある。


魔道具の持ち込みは禁止され、入寮する時にも厳しい持ち物検査が行われた。学期中も抜き打ち検査が行われるらしい。魔道具を持っているとカンニングだって簡単に出来ちゃうしね。学校が厳しく規制する理由は理解できる。


魔法でもカンニングは出来るけど、魔法を使ったら魔力特性で簡単に犯人が特定されてしまう。この世界では魔力を使うとその痕跡が残って、誰が魔法を使ったのかがバレてしまうのだ。だから、魔法を使った犯罪や事件は珍しい。魔道具さえなければズルは出来ない。貴族子女でも甘やかすことがない結構厳しい学校なのだ。


私とココは寮で同室だ。キッチン付きの広い部屋なので自炊も出来る。私とココはお母さまから家事も叩き込まれているから生活力に問題はない。『自活』という点では普通の貴族令嬢よりも多少は鍛えられている自負がある。


ただ、普通の貴族令嬢のようにお茶会に出て社交を嗜んでこなかった私たちは、貴族子女が集う学校でやっていけるのか不安がないわけではない。そもそも幼い頃は平民の生活をしていた訳だし。


お母さまは王太子の婚約者として幼い頃から努力を続けていたと聞く。社交も当然その中に含まれているので、私たちは作法や教養は完璧に習得している、と思う。しかし、私もココも案外シャイで人見知りなのだ。ましてや眉の動きや口角のあげ方なんかの微妙な変化で感情を伝えるような令嬢方のコミュニケーションは全く経験がない。


(ま、でも何とかするしかない、か)


私は保護者席で私たちを見守るエステル・ラファイエット公爵夫人、つまりお母さまに視線を向けた。


(お母さまは感激屋だからな~)


お母さまは『あの幼かった双子がこんなに立派に成長したなんて・・・』と胸を熱くしているのだろう。顔を紅潮させ潤んだ瞳で時折私たちの方を見ながら、学院長のスピーチに聞き入っている。


フレデリックも来る予定だったのだが、領地で大きな災害が起こり、泣く泣く入学式への出席を諦めた。お母さまも領地に向かおうとしたが、フレデリックから「せめて君は二人の晴れ姿を見に行ってくれ」と頼まれて、今日この席にいる。


赤毛でゴージャスなお色気美女は座っているだけで非常に目立つ。お母さまは子持ちとは思えないほど若々しく肌の艶やかさも半端ない。多くの生徒や保護者が羨望の眼差しを向けていることに私たちは気がついていた。


(お母さまは相変わらず美しい。みんなが見惚れるのも当然ね。不埒な視線を向ける男子生徒もいるみたいだけど。お母さま、昔からお色気がありすぎるのよねぇ。フレデリックが心配する訳だわ)


領地に赴く前に私たちに向かって「エステルをいやらしい目で見るような男が近づかないように二人で守って欲しい」と真剣に訴えたフレデリックを思い出す。


本人が無自覚に色気を振りまくのだから、もうどうしようもない。お色気超人と結婚したんだから諦めろと言いたい台詞をいつも飲み込んでいる。エステル至上主義のフレデリックは妻への溺愛を隠そうとはしない。普段は冷徹で端整な顔立ちが妻を視界に入れた瞬間に甘く蕩けるのを散々見てきて、こういう溺愛夫婦もいいな、と思いつつ『いや、でもやっぱり鬱陶しいかもしれない』などと冷めた私は考えていた。


そんな私とココも他の生徒たちから矢のように視線が刺さるのを感じていた。私ははぁっと溜息をつく。双子というだけでも目立つが、生徒たちは私とココがラファイエット公爵家の令嬢だと知っているのだろう。


ラファイエット公爵夫妻は国王夫妻からの信頼が厚く、フレデリックは次期宰相と目されるほどの人物だ。周囲の生徒たちがチラチラと話しかけたそうにラファイエット公爵家の双子に熱い視線を投げかけているのは『この子たちと仲良くなっておけばいいことあるんじゃないの?』という計算が感じられて私は不安になった。


(自意識過剰かな?神経質過ぎる?……だったらいいんだけどな)


フレデリック曰く、


「王族や他の公爵家でお前たちと同年齢の子供はいない。ロランやダニエルの子供たちもジェームズと同年代だからな。つまり、ココとミアが学院で最高位の貴族令嬢になる。いいか、お前たちを利用しようとする生徒たちがいるだろう。本当の友達を見極めるのに苦労するかもしれない。でも、信頼できる人間は絶対にいる。ココとミアならきっと良い友達が出来ると信じている」


ということだ。


フレデリック自身も若い頃に苦労した経験があるんだろうな、と私は思った。世の中には計算高い人間がいる。ココは明るくて快活な子だが内面はとても繊細で純粋だ。人の悪意を疑わない善良さがある。それに比べて、私は常に冷静に周囲を観察して警戒しているところがあった。


人に会うとココは『絶対にいい人に違いない』と100点満点から始まるのに対し、私は『絶対に信用できない』と0点から加点していく方式だ。人の良いココは滅多に減点しないし、性格が悪い私は滅多に加点しない。私たちは双子だけど、性格は全く違っていた。



***



スピーチばかりで冗長に感じられる入学式では、現在アーサー・ルイス侯爵令息が新入生代表として挨拶している。金髪碧眼の美少年で、きっと優秀なのだろう。しかし、それをひけらかすような自信満々な態度がスピーチにも表れていて正直好感が持てなかった。


実は入学試験でトップの成績だったのは私で、二位はココだった。新入生代表挨拶を打診されたが、ココを置いて一人で挨拶なんてしたくない。ココも人前で話すなんて出来ないと尻込みし挨拶を辞退したので、結局三位のアーサーがスピーチをすることになったのだろう。


(ま、どうでもいいけど。そんなこと……)


「…………僕のように優秀な生徒がいる学年は例年になく盛り上がるでしょう。僕がみんなを率いて充実した学院生活を送れるように約束します!」


と情熱的に拳を振り上げた。非常に意気込んでいる。


(へぇ、スゴイやる気)


とアーサーの挨拶に感心していたら式次第が終了していた。



***



入学式の後は教室でオリエンテーションがあるので、私たちは笑顔でお母さまに手を振ると会場を後にした。


「うわ~、どんなクラスだろうね? 昨日から寮に入っているけど他の生徒には会わなかったもんね。ミアが一緒で良かった! もし一人だったら教室に入るのも躊躇してたよ~」


ココは幼い頃から活発で積極的だと思われているが、実は人一倍繊細で気が弱いところがある。


「そうね。この学院は侍女も同行できないからね。ダフニーがいてくれたら心強かったんだけど。私たちは二人だからいいけど、いきなり一人で友達もいなかったら辛いかも」

「でも、普通の貴族令嬢って小さい頃からお茶会に出て友達を作るんでしょ? 私たちはそういうのが苦手だからお茶会って出席したことなかったじゃない? きっともう友達グループが出来てるわ。あ~、不安だ。ミア、絶対に私から離れないでね!」

「分かってる。大丈夫よ。ずっと一緒だから」

「ありがとう! ミア、大好き!」


ココは私の手をギュッと握りしめた。


*****


ココが言った通り、教室には既にグループが出来ているようだった。中でも一際騒がしいのは、先ほど新入生代表挨拶をしていたアーサー・ルイスだ。我が物顔で教室を陣取っている。彼と彼らの取巻きの大きな笑い声が教室に響き渡った。


彼は私たちが教室に入るとすぐに手を振ってきた。一瞬『誰に向かって手を振ってるんだろう?』と後ろを振り返ってしまった。だって、知らない人だもの。


「あ! 来た来た! ココ、ミア! ここに座んなよ! 席は自由なんだってよ。俺たちの仲間はみんなこの辺に座るからさ!」


アーサー・ルイスは馴れ馴れしく窓側の後方の席を指さした。


(なるほど、良い席を仲間内で確保しようとしているのね。私たちを仲間にしようとしている? ラファイエット公爵家狙いなんだろうけど……)


冷静に観察する私の袖をココが引っ張る。


「ミア、どうする?」


耳打ちされて、私は首を横に振った。


「私は好きじゃない。ココはどうしたい?」

「私も……あまり気が進まないかも。あの人、いきなり私たちを呼び捨てにしたけど……知っている人じゃないよね?」


ココの言葉に私は頷いた。ココの眉間には少し皺が寄っている。不安なことがある時に出来る皺だ。


「アーサー・ルイス様。ありがとうございます。でも、私たちは目が悪いので先生の目の前の席に座らせて頂きますわ!」


視力2.0の私は笑顔で宣った。ココもそれに合わせてコクコクと頷く。


「えええ~! なんだ~! つまんないな~。折角俺たちのグループに入れてあげようと思ったのに! 選ばれた者しか入れないグループだよ」


なんとアーサー・ルイスは既にクラスの有力貴族の子女を集めてTCというグループを作っているという。TCというのはToo Coolの略で『カッコよすぎる俺たち』という寒いネーミングだ。


でも、入学初日から敵を作りたくない。必死で曖昧な笑顔を浮かべると最前列の席に座り、そのまま前方を見続けた。振り返ると彼らがじーっと見つめる目線と合ってしまう。私たちは黙って正面を向きながら先生が来るのをひたすら待っていた。


「なんだぁ、つまんねーの」

「……ねぇ、いいじゃん。あんな子たち」

「いや、唯一の公爵令嬢なんだぜ」

「機嫌を取って損はない……」

「新入生の中ではピカイチ可愛い」

「えーっ、なにそれ!?」

「そこまで言うほどでもないんじゃない?」


聞こえないと思っているのかヒソヒソ話す会話を全て聞き取れてしまった私は早くも大きな溜息をつきたくなった。


その時ガラガラとドアが開いて背の高い男子生徒が入ってきた。


彼の顔を見た途端、教室にいた生徒たちがビシッと固まる。何故ならその生徒の目つきが異常に悪かったからである。


ゴツイ体つきに吊り上がった眉や目尻。眉間には不機嫌そうな皺が寄っている。顔立ち自体は整っていることも見る者の恐怖をより掻き立てる効果があった。話しかけようもんなら「あ!?」とぶん殴られそうな雰囲気だ。


その生徒は威嚇するようにジロリと教室を見回すと人が少ない廊下側の後方の席にガタンと腰を下ろした。


TCグループがヒソヒソと何か話している。


「フィル・ジョーンズだよ。父親は大きな商会をやってて一代限りの男爵に叙爵されたんだ。だから、あいつはいずれ貴族じゃなくなるぜ。なんだってこの学校に来たんだ?」

「目つきワルッ! コワッ! 反社じぇね?」

「父親が叙爵される前は平民だったんだろ? だったら今だって平民だよ」

「そんな奴がこの学校にくんなよっ」


フィル・ジョーンズに対するTCの陰口を聞いて、私は燃え上がるような怒りを覚えた。フィルは私にとって大切な友人であるだけでなくビジネスパートナーだ。私はこだわりが強く、一緒に仕事をするフィルは大変だと思う。それなのにいつも辛抱強く私の希望を叶えるために頑張ってくれる。フィルがいなかったら、私なんて何も出来ないただの小娘だ。私は彼の判断力や忍耐強さ、そして常にお客様のことを考える誠実さを心から尊敬している。


フィルはTCの奴らの陰口が聞こえているだろうに平然と座っている。


(ああ、腹立たしい! でもダメよ。怒りをおさえて。あのグループが厄介なのは分かってきたわ……)


私が胸をさすって怒りを冷ましている間に、別の男子生徒が教室に入ってきた。何故か紙の束を持っている。彼は一番前の席の私とココを見ると顔を赤くして、何か言いたそうな仕草を見せたが、周囲の生徒たちの視線が集まっているのに気がつくと、俯くように後方の席に向かった。


その生徒は中肉中背。茶色の瞳におっとりと優しそうな色が宿る。容姿が悪い訳ではないが、目を惹くような美男子ではない。素朴で地味な印象の男子生徒に向かってTCが揶揄するように声を掛けた。


「おい! お前! なに持ってんだよっ!?」


TCの一人が、男子生徒が抱えている紙の束を取り上げた。


「待って、ちょっと返してくれよ!」


焦りながら手を伸ばすが、背の高いTCの男子には敵わない。


紙をチラッと見たTC男子はぶーっと吹き出した。


「マジか!?なんだこれ!? おい、みんな、これ見ろよ!」


他の仲間にも見せようとする。その男子生徒は泣きそうになりながら、


「やめてくれっ! 僕のものだ! 返してくれっ!」


必死で縋りつくが、いじめっ子は止めようとしない。


アーサーが莫迦にするような笑みを浮かべて近づいてきた。


「どれどれ」


そう言いながら受け取った紙を見ると顔色が変わった。


「おい! これ!? ココとミアじゃないか!?」


教室中に響き渡るような大声を出した。


突然自分たちの名前があがって、私たちは驚きでぴょんと飛び上がった。


恐る恐る後ろを振り返るとアーサーが紙の束を振り回しながら捲し立てている。


「おい!? こいつ、ココとミアの絵を描いてるぞ! 公爵令嬢の肖像画を無断で描くとか犯罪だろう! ストーカーか?! 気持ちわりーな!逮捕してもらおう! まずは学院長に報告しないと! 退学? 最低でも停学だ!」


紙を取り上げられた男子生徒は泣きそうな顔で立ちすくんでいる。腰の脇に下がった両手の拳がギュッと握り込まれた。


それを見ていたココがスクっと立ち上がった。いつも穏やかなココの眼差しに激しい怒りが映る。ココは弱い者いじめが大嫌いなのだ。


ココはツカツカとアーサーに近づいて手を伸ばした。


「ちょっとそれ見せて!」


彼女の勢いに気圧されたアーサーが黙って紙の束をココに渡すと、傍に立っていた男子生徒がもうダメだ!とばかりに俯いて目を固く閉じた。


意地悪な生徒たちはニヤニヤと事の成り行きを見守っている。


ココは処刑宣告を受けるかのような顔で俯いている男子生徒をチラリと見て、紙に目を落とした。


「私のこともミアのことも、とても良く描けているわ」


ココは微笑みを浮かべると優しく言った。


それを聞いた男子生徒は驚いてパッと顔を上げ、アーサーはポカンと口を開けた。


「……おい! こいつは無断で公爵令嬢の肖像画を描いていたんだぞ! 罪に問われるべきだ!」

「あら? それはあなた方には関係ないんじゃなくて?」


私も彼らに近づくとココの手元を覗き込んだ。


「まぁ」


思わず感心するような声が出てしまった。写実的なのに優美で繊細な絵だ。私とココが隣同士に座っていて、それぞれの特徴が上手に表現されている。お金を払ってもいいレベルかもしれない。そりゃ、勝手に描かれたら嬉しくはないけど、少なくとも悪意を持って描いたのではないだろう。


私は絵を確認しながら、アーサーに冷たい視線を送る。


「変な風に描かれた訳じゃないわ。入学式で私たちをスケッチしたの?」


男子生徒に尋ねると彼は申し訳なさそうに深く頭を下げた。


「僕はデビッド・ブラウンと言います。本当にごめんなさいっ!!! 入学式で天使みたいに綺麗な女の子が並んで座っていて……。僕は絵が好きなので、つい描いてしまいました。本当に後で許可を頂こうと思っていたんです。誠に申し訳ありませんでしたっ!」

「へぇ~。ブラウンって子爵だよな? 子爵風情が、無許可で高位貴族を描いていいと思ってんのかよ!?」


またアーサーが口を挟んできたので、私は心から面倒くさくなった。


「私は構わないわ。次からはちゃんと許可を取って欲しいと思うけど。今回のことは不問にします。ココもそれでいい?」

「うん! もちろん! 私はこんな風に綺麗に描いてもらえて嬉しい」


ココが笑いかけるとデビッドの顔が真っ赤に染まる。


「あ……あの、良かったらこの絵、差し上げます」


おずおずとスケッチを差し出すとココが嬉しそうに受け取った。


「本当に?! ありがとう! 嬉しいわ。私もね、絵を描くのが好きなのよ。あなたは水彩や油絵も描くの?」

「うん、僕は何でも。子供の頃から絵が好きで、頼まれて肖像画を描いたこともあるんだ」


熱く語り始めた二人に、チッと悔しそうに舌打ちしながらアーサーが仲間のところに戻っていく。


(あのアーサーという生徒は要注意ね。しっかり気をつけないと)


ほのぼのとした雰囲気を醸し出しているデビットとココに視線を送りつつ、私は気持ちを引き締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ