番外編 フレデリックの平凡な一日 (後)
ジョーンズ商会の会長は人当たりが良く、爽やかな笑顔の美中年だ。
「おはようございます。フレデリック様!お会いできて光栄です。本日は後学のために息子を同席させたいのですが宜しいでしょうか?今年十四歳になります。来年から魔法学院に入学予定で・・・ほら、フィル」
と促された目つきの悪い少年は
「は、は、はじめまして!お話はいつも父から伺っています。フィル・ジョーンズと申します。今日は勉強させて頂きます!」
と深く頭を下げた。
(ほっ、見かけによらず礼儀正しい少年だ)
「息子は目つきが悪く・・・その、顔も怖いのですが、中身はまともなので、どうか宜しくお引き回しのほどを・・・」
「ああ、大丈夫だ。実はこちらも勉強のために娘を同席させる予定なんだ」
フレデリックの言葉を受けて、すかさずミアが極上の笑顔を浮かべる。
「はい。私は貿易に大変興味がございます。是非、御社の事業を勉強させて頂きたいと存じます。本日は宜しくお願い致します!」
優雅に会釈をするミアのその美しさ、愛らしさにその場にいた人間は全員魂を抜かれそうになった。
純真なフィル少年も例外ではない。
ボーっとミアに見惚れるフィル少年に、うぬぬぬぬぬぬぬぬ、うちの大事な娘を見るな!と内心動揺したが、いや、ここで情けない姿を見せるわけにはいかない、とフレデリックは気持ちを落ち着かせて打ち合わせを始めた。
話し合いは順調に進み、気がつくと昼に近くなっていた。
昼食のカレーライスのことを説明するとジョーンズ会長は熱心に身を乗り出した。
「はい!奥様の料理の素晴らしさは我が社でも評判になっております!カレーライスなる未知の料理を頂けるなんて、至福の時間でございます!それに我が社が用意しました米が役に立つなんて・・・非常に、非常に光栄でございます!」
正直、エステルの料理を他の男に食べさせるのはいい気分ではない。
しかし、フレデリックは自分の器がデカいことをエステルにアピールしなければならない。
たかが料理を食べさせることがフレデリックの器の大きさを裏付けるなんてそもそも頭にないエステルは、可愛らしいエプロンを着けて満面の笑顔で「お食事の準備が出来ました!」と呼びに来た。
トゥンク・・・
と心臓が高鳴り、フレデリックは膝から崩れ落ちた。
か、かわいい・・・なんだあのエプロン姿・・エステルの顔立ちは端整で大人っぽい感じなのに笑うと無垢な少女っぽくなってそれがまた可愛いんだがそこにさらにエプロン・・・だといやいやいやいやいやそれでなくても愛らしいのに裾がヒラヒラしたエプロンなんてつけた日にゃ男たちが放っておかない危険だ危険すぎる何とかしなくてはーーーーー!!!
床に四つん這いになったフレデリックが内面の葛藤と戦っている間に他の皆は食堂に案内されたらしい。
「ねぇ、フレデリック?大丈夫?カレー食べよ?」
しゃがみこんだエステルに顔を覗き込まれて、慌ててフレデリックは立ち上がった。
「あ、ああ、すまない・・・エステル。・・・・そのエプロン。似合ってるよ」
「ありがとう。ジョーンズ商会の皆さんにはたまに持病の癪が起こるんですって説明してあるから大丈夫よ」
さすがエステルはソツがない。
昼食のカレーライスは大好評だった。
全員が口々に「美味い!」「美味しい!」と目を輝かせて食べているが、特に男子の反応が顕著であった。
ジェームズ、トーマス、フィルは何も言わずに一心不乱に食べ続け、
「お代わり!!!」
「もっと!!!」
「あの・・・もう一杯いただけますか?」
と三者三様のお代わりリクエストだ。
ジョーンズ商会会長が感心したように
「スパイスを使ったカレーという料理は外国で食べたことがありますが、これは独特のトロミがあり、それがご飯に絡みつきコクと旨味が口一杯に広がる。素晴らしい一品です!」
と絶賛した。
エステルは嬉しそうに
「娘たちと一緒に作ったんです。美味しくできて良かったですわ」
と微笑んだ。・・・可愛い。
その時、二杯目を平らげたフィルが
「エステル様、この料理の商品化は考えていないのですか?」
と尋ねた。
「商品化?えっと・・・そうねえ」
エステルが戸惑っている。
会長が焦って
「フィル!余計なことを言うんじゃない!いきなり失礼だろう!」
と叱りつけるのをエステルはやんわりと止めた。
「会長。大丈夫ですわ。フィルがそれだけカレーを気に入ってくれたということだものね。それに商品化という提案は嬉しいわ。ただ・・・それだけの価値があるかどうか・・・」
「お母さま、私もそれはいい考えだと思いますわ!」
戸惑うエステルを見て、ミアも声をあげた。
「これだけ美味しい食事は人気になりますわ。それに肉や野菜がたっぷり入った栄養満点の料理なので孤児院の子供たちにも食べてもらいたいです。商品化されれば孤児院に寄付しやすくなりますし!」
ココとミアは特に孤児院に対する思い入れが強い。それに鍋ごと運ぶのと違い、商品化され流通しやすいような包装になれば遠方の孤児院まで寄付しやすくなるのは確かだ。
それを聞いてフィルも熱心に言い募る。
「それにスパイスが効いているので長持ちしそうな気がします。煮沸消毒したガラス容器に空気を入れないように密封すれば保存食になるのでは?それに米自体保存食として優れています。ですから、米と併せて保存食として船主などに売れるんじゃないでしょうか?」
船旅には保存食が欠かせない。多くの船主がいかに保存食を確保するのに苦労しているのかはよく聞く話だ。
フィルの提案にフレデリックは感心した。
「面白そうだな。ミア、フィルと協力してカレーの商品化をやってみたらどうだ?」
「えっ!?私が・・・?フィルと・・・?」
ミアが困惑しながらもフィルと目を合わせると、彼は凛々しい顔つきでコクリと頷いた。
くそぅ、フィルめ、ちょっとカッコいいじゃないか・・・内心穏やかではないフレデリック。
「やってみたいです!」
「俺も!協力させて下さい!」
「私も!私も手伝うわ!」
ココも手を挙げた。
ジェームズとトーマスまで立ち上がり手を挙げそうになったので、すかさずエステルが二人を両手に抱き込んだ。
「そうね。フレデリック。私も手伝うし、きっと良い経験になるわ。でも、必ず私に報告・連絡・相談は忘れないようにしてね!」
「「「はい!!!」」」
とやる気に満ちた双子とフィルの声が食堂に響き渡る。
三人は早速商品化のプランについて話し合いを始めた。
ジョーンズ商会の会長は誇らしげに息子の姿を見守っている。
若い子たちの発想は柔軟だ。これからの世界を担っていく子供たちが生き生きと議論する様子を見てフレデリックは若干の羨望を感じながらも、とても頼もしいと思った。
***
その日の夜、フレデリックとエステルは子供たちが成長して頼もしくなったという話をしていた。
「そうね。ココもミアもしっかりして、本当に頼りになるわ。ジェームズとトーマスも以前ほど手がかからなくなったし・・・」
トーマスも去年から自室で、一人で眠れるようになった。
「君はずっと育児で忙しかったから・・・こうしてまた君を独り占めできるのが嬉しいよ」
フレデリックはエステルを抱き寄せた。
爽やかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。ああ、愛おしくて堪らない。
「あなたと出会ってからもう八年以上経つのね・・・。私ももう三十二歳で、すっかりおばさ・・・」
と言いかけたエステルの唇をフレデリックは強引に奪う。
「エステル。自分を卑下するような言い方はダメだよ。それに、君は今でも若々しくて綺麗だ。僕はずっと君に夢中だよ。これから十年経っても、二十年経っても変わらない自信がある。君に対する愛情は増え続ける一方だ。年と共に君はますます魅力的になっていく。僕はこんなに愛おしい妻と結婚できて世界一幸運な男だと思う」
エステルは瞳を潤ませてフレデリックの頬に手を触れた。
フレデリックはその手を取りチュッと口づける。
「フレデリック。私も自分がこんなに幸せになれるなんて思いもしなかった。フレデリックのおかげ。モニカのおかげ。子供たちのおかげ。周囲の皆のおかげ。毎日心から感謝の気持ちが湧いてくるの。これからも頑張るわ。少しでも恩返しできるように」
「恩返し・・・エステルらしいな。でも、君はそこに居てくれるだけでいいんだよ」
エステルの顎に指をかけて上向かせるとフレデリックは彼女の柔らかい唇を堪能する。
いまだに新婚のような二人の生活はこれからも続いていくのであった。
*翌年、ココミアが魔法学院に入学すると、フィルは同級生になります。いずれその話も書きたいと思っています(#^^#)。
*新作『男嫌いの私がR18の乙女ゲームのヒロインに転生してしまい貞操を守るために戦う物語 ~ そして「お前なんて大嫌いだ!」と言われた幼馴染になぜか溺愛されています』を投稿しました。実は一度ボツにしたアイデアです(汗)。不定期更新になりますが、こちらも読んで頂けたら嬉しいです!




