番外編 ルイーズの物語 その3
王宮でのルイーズの仕事は慈善事業に関わる部門である。
各地の孤児院を視察し、不適切な管理がされていないか、児童虐待などの問題がないかどうかを監視するとても重要な部門だと思っている。
ルイーズはそれぞれの孤児院を回ったり、支援物資を届けたり、監査を行う仕事にとてもやりがいを感じていた。
何よりも子供たちの笑顔を見るのが嬉しくて堪らない。
しかし、仕事は好きだがこの部門には問題がある。
それは人間関係である。
王宮の慈善事業に関わる仕事をしていたというと貴族令嬢として箔がつく、らしい。
縁談にも有利に働くらしく、未婚の若い令嬢達が多く在籍しているのだが、とにかく仕事をしない。できない。怠けてばかりいる。そのくせ口を開けば文句ばかりだ。
部門で中心となって働いているルイーズはあまりお小言をいいたくない。
しかし、あまりに仕事をしない令嬢達の態度は目に余るものがある。
この日も孤児院に差し入れするはずだった焼き菓子を勝手に食べ散らかしていた令嬢たちに腹が立ってルイーズは、彼女たちを叱りつけた。
「この箱に入っていたお菓子は今日の午後に訪問する孤児院への差し入れだったんです!何度も言ってるじゃないですか!孤児院への寄付や支援物資はあなたたちの物ではないんです!」
「きゃぁ、怖い。いいじゃないですか~。ちょっとくらいバレないし、子供たちだって気づかないですよ。罪のないちょっとしたご褒美ですぅ」
「そうですよ~。だって、私たちすっごい頑張って働いているんだし、ご褒美がないとやっていられません!」
ルイーズの眉間の皺が深くなり、頬がピクピクと引きつる。
「あなたたちにはちゃんと王宮から給与が支払われるでしょう!?それに、そもそも全然働いていないじゃないですか!?」
「えーっ、ひっど。何その言い方!?やっぱ私たちの若さに嫉妬してるんですかぁ!?」
「そりゃねぇ、もう二十五歳・・・超えちゃったら、嫁きおくれ?っていうの?まだ十代の私たちに嫉妬しても仕方ないけどぉ」
(この若い娘たちは年齢だけを優越感の材料にしているのか?嗚呼、情けなや!)
と思いつつ、ルイーズは思いっきり溜息をついた。
「とにかく!私はこれっぽっちも嫉妬なんてしていません!私は仕事するためにここにいるんです!それより、孤児院に持って行く代わりのお菓子を厨房から貰ってきてください!」
と言い捨てると、ルイーズは自分の机で溜まっている書類仕事を始めた。
「ふふふっ、無理しちゃって~」
「なんか可哀想」
「見てて痛々しいのよね。無理してるのが丸わかりだし」
と嘲る声が聞こえるが、無視をした。
(全く・・・・なんで女は年齢のことをこんなに言われないといけないのかしら?くっだらない!)
ルイーズが相手しないので、飽きたのだろう。令嬢たちはノロノロと立ち上がると厨房にお菓子を取りに出て行った。
それと入れ替わるように部門のトップである部長が戻って来る。
(ああ、最悪・・・二人っきり?)
そう、こいつは職場の人間関係ストレス原因ナンバーワンである。
既婚者の癖にしきりにルイーズを口説いてくるのだ。
「ルイーズ。今日も頑張ってるね。でも、若い子たちが君の文句を言ってたよ。もう少し、若い子に合わせて気を使ってくれないかなぁ」
猫なで声が気持ち悪い。
「彼女たちは孤児院に寄付されたお菓子を勝手に食べてしまいました。今日の午後に持って行くはずだったんです。代わりのお菓子を厨房でもらってきて欲しいと頼んだだけです。何か問題がありますか?」
「いやぁ、君の言い方がちょっとキツイんだよなぁ。僕に対してももう少し心を開いてくれればいいのに・・。僕は心から君のことを心配しているんだよ」
「結構です。必要ありません。私は仕事をしにここに来ているんです!」
「だから、そういう言い方がさぁ。もっと口調を柔らかくすればいいんじゃないか?もういい年なんだからさぁ。他の男には相手してもらえないだろう?欲求不満じゃないのかい?僕は癒すのも得意だから。ほら、肩を揉んであげるよ」
そう言いながら、ルイーズの肩に手を触れようとした。
(キモッ!!!)
ルイーズは乱暴にその手を振り払った。その時に爪で引っ掻いてしまったらしい。
「いたっ!」
部長の目に真剣な怒りが混じる。
「おい。優しくしてやりゃつけあがりやがって・・・」
強引に腕を掴もうとする男にルイーズは吐き気と嫌悪しか感じない。
「いやっ、助けてっ!!!」
「ここには誰もいないよ」
「誰かっ!?誰か助けてっ!!!」
そう叫びながら揉み合っている最中に、扉がバンっと開いた。
「何をやってるんだ!?」
物凄いスピードで入ってきたのはロランだ。ロランはあっという間に部長を床に組み敷いた。
「え!?あ!?う!?・・・王太子殿下・・・?なぜこんなところに!?」
「おい!!!それよりお前、ルイーズに何をした?!」
「殿下っ!?私は何もしておりません。その女に誘惑されたんです!」
「何を言ってるんですか!?私は何もしていません。仕事をしていたら、突然気持ち悪いことを言われて、肩を揉んでやるとか言って体に触ってきたから抵抗しただけじゃないですか?!」
「そんなっ!ひどい嘘です!この女は嘘つきです!」
「ほぅ・・・・」
ロランの目が獰猛に光る。
部長の腕を容赦なく捻り上げると
「おい!ルイーズは俺の大切な友人だ!彼女がこんなことで嘘をつかないことは俺が一番分かっている!いいか!?今度彼女に手を出したら、お前を辺境軍のトイレ掃除係に左遷するからなっ!!!」
と叫んだ。
「ひぃいっ。も、申し訳ありません!」
ロランが手を離すと部長は泣きながら外に逃げて行った。
ふぅっと息を吐いて、ロランは手をパンパンと叩くとルイーズを見て微笑んだ。
(ううぅっ。なんて爽やかで高貴なロイヤルスマイル。なんでこの男は顔だけはこんなにいいんだっ!!!)
と内心叫ぶルイーズ。
「ルイーズ?大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ・・・ありがとう。助かった」
安心したら何故か涙目になった。本当はとても怖かったから・・・誘拐された時のことを思い出して、心臓がバクバクしている。
そんなルイーズのことをロランはぎゅっと抱きしめた。
「怖かったよな?もっと早く来られなくてごめん」
耳元で聞こえる声もセクシーだ、なんて不謹慎なことを考えていたのに、何故か涙は止まらなくなった。
「いいよ。泣いて」
優しい声に堪らなくなって、ルイーズは号泣した。ロランの胸に彼女の涙が沁み込んでいく。
ロランはずっと優しくルイーズの頭を撫でてくれる。
しばらくするとようやく落ち着いてきた。
「・・・・ごめん」
「いいよ」
というロランの声はどこまでも優しい。
「もう大丈夫。ありがとう」
と顔を上げると青空を切り取ったような瞳がルイーズを甘く見つめている。
その時廊下からきゃっきゃっする若い娘たちの声が聞こえてきて、ルイーズは慌ててロランから離れた。
先ほど厨房にお菓子を取りに行った令嬢達が戻ってきたのだ。
扉を開けてゾロゾロと入って来ると、そこに立っているロランを見て、全員の目がハートになった。
「まぁっ、ロラン殿下!!!どうしてこのようなところに!?」
「どうか、良かったらお座りくださいましっ!」
「わたくし、ずっとロラン殿下とゆっくりお話をさせて頂きたく・・・」
「是非お茶をご一緒しましょう!ちょうど厨房からお菓子を頂いてきました!」
胸の前で手を組んで、ロランに突進する令嬢達に彼はタジタジとルイーズに助けを求めた。
「あなたたち、ロラン殿下は偶然立ち寄っただけです!それに、お菓子は孤児院に持って行くものでしょう!?」
「孤児院に寄付するためのものか?いつ行くんだ?」
ロランは孤児院への訪問に興味を持ったようだ。
「えっと、今日の午後に私が届ける予定ですけど・・・」
「そうか。俺も一緒に行こう。王族として知っておくべき義務だからな」
ロランがそう言った瞬間に悲鳴のような歓声が部屋に溢れる。
「殿下!!!今日孤児院に行く予定なのは私ですっ!」
「なに言ってるの!?私よっ!」
「いいえ!私よ!」
という言い争いが始まったので、ルイーズは呆れた口調で
「孤児院に行くのなんてかったるくてやってらんないって、いつも私に押しつけているのは誰よ?」
と言うと、令嬢方が全員
「「「「「「「ひどーーーーーーい!」」」」」」
と涙目になった。
「ルイーズ様。なんでそんな嘘をつくんですか!?酷いですわ!」
「ロラン様、ルイーズ様が言っていることは全部ウソです!お菓子だって、私たちが厨房からわざわざ頂いてきたんですよ!」
「あなたたちが勝手に寄付されたのを食べちゃったからね!」
「「「「「「ひどーーーーーーーーーーい!!!!!」」」」」」
「ロラン様!ルイーズ様はいつもこの調子で私たちを虐めるんです!」
「やっぱりお局様は怖いですわっ!」
「いつも私たちに仕事を押しつけて!自分は怠けてばかりなんです!」
「私たちはいつも怖くって・・・」
ロランは興味深そうに片手で自分の顎を撫でている。
「なるほどな・・・こうやって加害者が被害者ぶって、被害者を加害者っぽく見せるわけだ。・・・エステルの時もそうだったんだな?」
ルイーズは思わず大きく頷いた。
「その通りです!!!あのセシルとかいう女はそういう技に長けていました!」
「俺はホントバカだったんだな・・・ルイーズに罵られて当然だ」
「まったくです!ロラン殿下はほんっとーーーーーーーーーーーーーーにろくでなしの大バカ野郎でした!」
それを小耳に挟んだ令嬢たちがまたピーチクパーチク騒ぎ出した。
「なんですって!?恐れ多くも殿下を罵るだなんて!」
「酷いわ!不敬罪に処すべきです!」
「殿下のお気持ちを考えると・・・お気の毒で」
「私が慰めて差し上げたい・・・」
「今お茶を淹れますから、少しお待ちください!」
ルイーズは深い溜息をついた。このままじゃ埒が明かない。
「ロラン様はお忙しい方ですから、もうお帰りになります。殿下が孤児院にいらっしゃるのは素晴らしい考えだと思います。子供たちも喜びます。でも、今日ではなくて日を改めたらいかがでしょう?」
するとまた令嬢たちが騒ぎ出す。
「ルイーズ様、ズルいですわ!自分だけロラン殿下とお喋りをなさって!」
「私たちにもチャンスを下さい!」
「そりゃ、若さで敵わないからって意地悪する気持ちは分かりますが・・・くすっ」
「ふふ・・・まったくね」
彼女たちがルイーズをバカにするように嗤うと、ロランの顔色が変わった。
途端に冷徹な視線を彼女たちに向ける。
「おい!ルイーズに対して失礼な口のきき方をするのは許さない!」
「「「「「「え・・・!?」」」」」」
その剣幕に令嬢たちが全員凍りついた。
「まず俺は偶然ここに立ち寄った訳じゃない。ルイーズをデートに誘おうと思ってやってきたんだ」
「は!?」
ルイーズから思わず声がこぼれる。
「「「「「「なんですって!?」」」」」」
令嬢たちも悲痛な叫び声をあげる。
「そして、俺は君たちのような令嬢に一ミリも心を動かされることはない!俺が好きなのはルイーズだけだ!孤児院も一緒に行きたいのはルイーズだけだ。どうせ、ルイーズがいつも一人で仕事をしてお前たちは怠けているだけなんだろう?」
「そ、そんなことありませんっ!!!」
口々に令嬢たちは身の潔白を訴えるがロランは動じない。
「俺はさ、結構前からルイーズの仕事ぶりを見てたんだ。そしたら、彼女はいっつも一人で孤児院に行ってるよな?あんたらみたいな派手派手のドレスで孤児院行ってるのなんて見たことない。孤児院からの報告でも、ルイーズがいかに親身になって支援しているかがよく分かる。ルイーズは頑張ってんだよ!いいか?仕事を真面目にしようともしない奴らが頑張ってる奴よりエラそうにするんじゃねぇ!」
と彼女らを睨みつけた。
何も言い返すことが出来ず、グッと唇を噛む令嬢たち。
ルイーズは、ロランの言葉に胸が熱くなった。自分の努力が認められて嬉しくないはずがない。
「・・・っと、えっと、それで、今日の午後は一緒に孤児院に行ってもいいか?」
ロランに今更ながら照れながら尋ねられて、ルイーズも思いっ切り顔が赤くなった。
(この男・・・私のことが好きって言ったよね?聞き間違いじゃない・・・?よね?)
でも、嫌じゃない。
「わ、わかりました。殿下の補佐官と侍従に連絡して・・・手配します」
「いや、それは俺がやるから大丈夫だ。俺が聞いてるのは、俺が一緒に行って、ルイーズが嫌じゃないか?ってことだ」
「・・・・・・・・・ぃや、じゃないです」
とても小さな声で返事をすると、ロランがホッとしたように破顔した。
(まずい・・・このままでは落とされる!)
と思っている時点で、既に落とされていることに気づかないルイーズであった。
*****
一年後、ロランとルイーズは結婚した。
そして、二人の王子に恵まれて生涯幸せな結婚生活を送ったのである。
国王の溺愛ぶりと妻に罵られて喜ぶ姿は広く国民の間に知られることになったが、何故だかその人気はいっそう高まっていったという。
*これでルイーズ編最後になります(*^-^*)。読んで下さってありがとうございました!




