番外編 フレデリックの特訓
*今夜、四話目の投稿になります(*^-^*)
*フレデリックがエステルに初めて会った頃、エステルが『エマ・ガルニエ』と名乗っていた頃の話です。
ラファイエット公爵邸に、キーン、キーンと剣を交える鋭い音が響く。
当主であるフレデリックと騎士団長のクロードが演習を行っている最中だ。
キンッと、鋭い音がしてフレデリックが握っていた剣が大きく弾き飛ばされた。
(珍しいな)
クロードは驚いた。
フレデリックの剣技は超一流だ。クロードでも滅多に勝つことが出来ない。
「参った。降参だ」
とフレデリックが両手を上げた。
「何かあったんですか?集中していませんでしたね」
「ああ・・・」
そう言ってフレデリックは遠くに視線を遣った。
「どうしたんですか?何かありましたか?俺に出来ることがあれば・・・」
フレデリックはクロードの顔をジ――――ッと見つめた。
「・・・お前は、モテるよな?」
「は!?なにを突然・・・?」
「苦み走ったイイ男で、剣も強い。しかも、公爵家の騎士団団長だ。モテないはずがない!」
(そりゃまぁ、それなりに・・・)
三十代半ばで男盛りの魅力に溢れるクロードは、フレデリックの言う通り尋常ではなく女性にモテる。
独身だし、恋人もいないから誰に文句をつけられる筋合いもないのだが、休日に遊ぶ女性に不自由したことはなく、若い騎士たちから羨望と嫉妬の眼差しを向けられている。
いつも冷静で無表情の若き当主が何か切実な顔つきで自分に訴えかけてくることにクロードは面食らった。
「えーっと、若君。何かあったんですか?好きな女性が出来たとか?ははっ、まさかね」
つい昔の呼び方に戻ってしまったが、極端な女嫌いのフレデリックに好きな女性が出来たなんてこと、あるはずがないと思っている。
しかし、予想に反してフレデリックの顔がカーッと赤くなった。
(マジか!?一体どんな!?どんな女性なんだ!?)
「若君。女性を口説き落とす技を伝授しますから、どんな女性か教えて下さい!」
途端にクロードの気持ちは大いに盛り上がった。
ラファイエット公爵は生涯女嫌いでいずれ養子を迎えるだろう、というのが大方の使用人の未来予想で、それが覆る可能性があるなんて思ってもみなかった。
快挙だ!
どうか素敵な娘さんであって欲しいと心から願う。
「・・・っと、平民の女性で」
うんうん。大丈夫だ。身分なんてどーーーーーにでもなる!
むしろ、ツンと取り澄ました貴族令嬢でない方が付き合いやすいだろう。
「居酒屋を切り盛りしていて・・・」
おお、しっかり者だな。働き者の女性はそれだけで魅力的だ。
「年上で・・・」
うんうん。若君にはしっかりした年上女性が似合うかもしれない。
「・・・双子を一人で育てている」
ん?
と一瞬脳が思考を停止したが、
「滅茶苦茶抱きしめたくなるくらい可愛い。そして絶世の美女だ」
と頬を赤らめ瞳を潤ませながら手で口を覆うフレデリックは完全に恋する乙女になっていた。
おい!もうベタ惚れじゃんか!!!!
こうなったら、仕方がない。
クロードは更に詳しい話を聞いた。
何でもエマ・ガルニエという女性は隣国の田舎町で前ラファイエット公爵の遺児を育てているそうだ。
「ま、まさかと思いますが・・・・その方は前公爵の・・・あいじ・・・?」
怖くて最後まで言えなかったが、フレデリックはぶんぶんと首を横に振った。
(・・・良かった)
「近隣に聞き込んだところ、双子の実の母親は亡くなって、エマが二人を引き取って育てているらしい。エマは双子の叔母に当たるそうだ。まだ本人に確認した訳ではないが・・・」
そして、エマ嬢はとにかく絶世の美女で天使のように愛らしく、戦士のように強く、女神のように慈愛に満ちた存在なのだとフレデリックは拳を振り回しながら力説した。
(こんな若君は初めて見る。重症だな・・・大丈夫か?)
と不安を覚えたクロードは一応家令に相談した。
家令もフレデリックの変化には気がついているが
「私は良い傾向だと思いますね。とにかく旦那様の女嫌いが治るのでしたら。それに・・・若君は所謂貴族的な悪女タイプというか、計算高い女性を一番嫌っておいででした。話を伺うと、エマ嬢は働きながら立派に子供を育てている母性愛に満ちた方のようです」
と彼女を容認する気満々である。
(そっか・・・じゃあ、俺も若君の恋に協力しなきゃいけないよなぁ)
頭をボリボリ掻きながら騎士団長は考え、じっくりとフレデリックと話し合うための場を持つことにした。
「で、そのエマさんという女性はお幾つなんですか?」
「二十四歳だと聞いている」
「二十四!?若君よりも六歳も年上ですか!?その年だと過去に恋愛経験がない、ってことはあり得ないですよ。」
フレデリックは不満そうに頬をぷぅっと膨らませた。こんな子供みたいな表情も初めて見る。面白い。
「それが何か悪いか?年齢なんて関係ない。過去だって気にしない」
「ま、そりゃそうですね。ただ・・・・それだけ魅力的な女性だったら、今も恋人がいるんじゃないですか?」
「居酒屋でもしょっちゅう客に口説かれているが、双子がいるので忙しく恋愛どころじゃないって言っていた。・・・ただ、厨房の料理人は若くてイイ男だ。あいつと付き合っている可能性はある・・・のか!?くっ・・・!!!考えただけで存在を消したくなるっ!」
フレデリックの顔は青褪め、頭を抱える。
(いや面白い!若君のこんな顔が見れるなんてな!)
クロードは絶対にフレデリックの恋愛を成就させたいと益々やる気になった。
「若君。俺が高度な恋愛テクを伝授しますよ!年上女性をメロメロにするテクニックを教えます。『あらやだ、この人DT?』なんて絶対に思わせません!経験豊富で恋愛難易度の高い女性相手のテクを教えますので安心して下さい」
「クロード、本当か?頼もしいな。ありがとう・・・」
フレデリックが安堵した表情でクロードを見つめる。
(うちの主君が無表情なんてもう言わせない。へへっ、面白くなりそうだ)
クロードはほくそ笑んだ。
*****
「それで・・・どうしてこうなった?」
ラファイエット騎士団の建物の一室でフレデリックはこう呟いた。
「いやん、そんな風に言わないで」
と身をくねらせるのは騎士団の一員のテッドだ。当然男である。単に小柄であるという理由で女性役の練習台を命じられ、現在フレデリックの膝の上に乗っている。
「いや、坊ちゃん。座学だけだと絶対に失敗しますから!演習だと思って!」
クロードは完全に面白がっている。呼び方も『坊ちゃん』に退行しているし。
クロードは最初フレデリックに学習のための本を渡したが
『サルでも分かる!閨の流儀!』
『ロマンチックな夜を演出するために』
などのハウツー本から、貴婦人向けの大人の恋愛小説を読んだフレデリックは顔を真っ赤にして
「クロード・・・僕には・・・僕には無理だっ!上級者過ぎるっ!」
と泣きついてきた。
苦み走った騎士団長は拳を握りしめてフレデリックを励ました。
「大丈夫ですよっ!坊ちゃん。エマ嬢のハートが欲しくないんですか?」
「それはっ!欲しいっ!」
「じゃあ、俺の言うことを聞いて下さいね」
その結果、フレデリックの膝の上には若い騎士(男)が座っている。
「実地訓練が大切なんですよ!」
とガハハと笑う騎士団長の周囲にはラファイエット騎士団の面々が群がっている。
全員、野次馬根性で集まっているのが丸わかりだが、フレデリックが真剣なのは分かっているし、若君の恋が成就するように祈る気持ちは本物だ。
クロードもふざけているようだが、フレデリックの恋が実るように彼なりに真剣に考えている・・・はずだ。
さて、テッドを膝に乗せたフレデリックはクロードの厳しい指導を受ける。
「坊ちゃん、まず女性の頬に指を滑らせる練習ですよ。人差し指と中指でそっと指を撫で下ろす!親指は口元から上に向かって動かして下さい!ちゃんと爪は切ってますね!優しく指のお腹の部分だけがそっと触れるようにするんですよ!」
「・・・こうか?どうだ、テッド、気持ちいいか?」
「気持ちいいです・・あの・・・フレデリック様が美しすぎて、新しい世界への扉が開いてしまいそうです・・・」
テッドの瞳はキラキラと輝いている。
「・・・クロード、これは男を相手に練習しなきゃいけないものだろうか?」
「練習台になりたい女性は沢山いると思いますが、女性を連れて来ますか?」
「いや!ダメだ。エマ以外の女性にこんなことをする訳ないだろう。そうじゃなくて、人形を使うとか。毛布を丸めたものを使うとか・・・?」
「ダメです!騎士団の演習の時、人形を使いますか?毛布を丸めたものと戦って強くなりますか?!」
「・・・ナルホド」
何故か納得したフレデリックはその後もクロードの特訓を誠心誠意頑張った。
「いいか!大人の女性は耳たぶに弱い!だから、耳たぶを攻めろ!歯を立ててはダメだ。唇だけで食むように柔らかく!」
クロードの特訓は激しさを増し、何故か見学する騎士たちの声援も高まり続けた。
その後、エステルが思いがけなく初心であったことが発覚したが、フレデリックは身につけた技術を大いに活用し・・・そして覚醒したという。




