番外編 ロランの物語 その3
ロランが回復した頃、カミーユは本当に十名ほどの特別部隊を編成した。
実は近くの森で近隣住民が行方不明になる事件が相次いでいた。
人を襲う魔獣がいるのではないかと住民たちから訴えが来ていたので、そのための特別部隊である。
カミーユの特別部隊は、軍の中でも精鋭の兵士を選んで編成され、その中に一番下のロランが入っていることに多くの不満が寄せられた。
しかし、カミーユは苦情や非難には耳を貸さず、軍の司令官を熱心に説得した。
*****
特別部隊の面々は強者ぞろいだ。
ロランが普段一緒に過ごす一般兵士とはもう体つきが違う。
知らない顔ぶればかりでロランは萎縮していた。
森の探索が続く中も、仲間のはずの隊員たちはロランに声を掛けようともしない。
疎んじられているのは分かっているが、命がけの任務に就く以上、多少は交流があってもいいのに、とロランは寂しく考えながら歩き続けた。
***
森の中は静かで鳥の鳴き声や動物の気配もしない。魔獣が潜んでいる時の特徴だ。
「いるな・・・声を出すなよ」
とカミーユが囁いた。
その時にガサガサと茂みが動いて、全員が剣を構えた。
一斉に緊張が走る。
「お、おいおい!俺は人間だ!止めてくれ!殺さないでくれ!」
と出てきたのはなんとエリックだった。大きなバスケットにキノコが山ほど入っている。
「エリック!?」
「ロランか!?あ~、良かった。キノコを採りに来たんだが迷ってしまって・・・」
とエリックがロランに近づいた。
「師団長、彼はエリックと言って近所の農場の方です」
とロランはみんなの顔を見て説明した。
緊張が解かれて、みんなが大きな息を吐いた。
「なんだよ。驚かせやがって!」
という文句が聞こえた時、再びガサガサと茂みが音を立てた。
「なんだよ!今度は!誰だ!?まったく、こんな・・・・」
と言いかけている最中に一人が物凄い勢いで吹っ飛ばされた。
ギャオッ・・・ギャオッ・・・
大型の魔獣が姿を現した。獰猛な熊のようだ。
三~四メートルはありそうな大型魔獣に、カミーユは即座に
「撤退だ!!!逃げろ!!!」
と大声で指示を出した。
一頭の小型魔獣でも退治するには十人近くの戦力が必要になる。大型魔獣に対しては人数が足りないと冷静に分析した結果だ。
ロランはエリックを担いで逃げようとしたが、そのために一瞬動きが遅れた。
魔獣はエリックを抱えるロランに狙いを定めた。
ギッ、ギャオッと嫌な音を出しながら、物凄いスピードでロランに襲いかかる魔獣の前に立ちはだかったのはカミーユだ。
大きな刀を振りかぶり魔獣に切りつける。熊の耳が千切れて飛ぶ。同時に熊の鋭い爪がカミーユの腹を切り裂いた。
「師団長!?」
と叫ぶロラン。
「バカ野郎!!!!早く逃げろ!!!!」
と叫ぶカミーユ。
カミーユは死ぬ覚悟でロランを助けに来たんだ。自分が食い止めている隙にエリックを連れて逃げろ、という意図ははっきりと伝わった。
しかし、はい、そうですか、なんて逃げられないとロランは思った。
勿論、王太子として死んではいけないとか、セシルのこととかが頭をよぎったのは本当だ。
でも、辺境に来てから軍で唯一助けてくれる存在のカミーユはロランにとって恩人のような存在だった。
(恩人を見捨てて逃げたら、俺はもうお日様の下を堂々と歩けない!!!)
ロランはエリックをそっと降ろすと
「早く逃げろ!!!」
と囁いた。
エリックは心配そうに振り返りながらも足をもつれさせるようにして走り出した。
依然としてカミーユと魔獣の戦いは続いているが、カミーユの腹の傷から血が溢れて、辺境軍の制服が真っ赤に濡れている。
ロランは無我夢中で、魔獣に向かっていった。
「・・・っ!!!バカっ!!!逃げろって言っただろう!!!」
と叫ぶカミーユを無視して、大きく跳躍すると、ロランは熊型魔獣の眉間に刀を振り下ろした。
同時に刀に全身の魔力を注ぎ込む。刀からバチバチッと火花が弾けた。
ガキッ!!!
刀は眉間のど真ん中にヒットした。
ギャオーーーーーーーーーー!!!
苦痛に満ちた魔獣の咆哮が森に響き渡る。
しかし、激怒した魔獣がロランの肩に噛みついた。
(魔獣の牙には毒がある・・・時間がない!)
ロランは肩を噛みつかせたまま、魔獣の首の後ろ側に手を回し、もう一度最後の力を振り絞って魔力を刀に注ぎ込んだ。
激しい痛みを堪えながら、思いっきり刀を引く。
同時にカミーユも加勢して、魔獣の首を狙って刀を振り下ろした。
ロランとカミーユは一緒に魔獣の首を刎ね飛ばした。
(・・・やった)
薄れゆく意識の中で、カミーユが涙を流しながら
「ロラン!!!ロラン!!!しっかりしろ!!!」
と揺さぶっているのを感じていた。
*****
ロランはその後、軍の医療施設に運ばれたが、魔獣の毒に侵され一週間以上生死の境を彷徨った、らしい。ロランは何も覚えていない。
その間、軍ではロランの話題で持ち切りだった。
一人残ったカミーユを救うべくロランが魔獣に立ち向かい、見事に熊の首を刎ねたが本人も瀕死の重傷を負ったという話は、あっという間に軍の中だけでなく近隣住民の間にも広がり、大きな噂になった。
ロランが意識を取り戻したのは戦いから一ヶ月後のことだった。
薄く目を開けると、白い服をきた医師らしき人物と魔術師らしき服装の男が何かを話し合っている。
二人はロランが目を開けたことに気がついた。
「殿下!!!お目覚めですか!」
「ご無事で何よりです!あぁ、本当に良かった」
二人とも泣きそうな顔をしている。
(殿下なんて久しぶりに呼ばれたな・・・)
身を起こそうとして全身の激痛に気がついた。あまりの痛みにくっと蹲る。
「まだ、動かないで下さい。生きているのが不思議なくらいの大怪我でした。魔術師殿が治癒魔法を掛けましたので、怪我は治っているはずですが、体への負担は尋常ではありませんでしたから」
「魔術師・・・ああ、君か」
魔術師の服装を着た若い男が軽く会釈をした。
「魔獣の毒をあれだけ喰らって、生きているのは奇跡です。もしかしたら、殿下には魔獣の毒に対する耐性があるのかもしれません。古い文献に稀にそのようなことがあると書いてあります」
「耐性・・・?つまり、魔獣の毒が効かないということか?」
「え、まぁ、効きにくい、というか・・・それでも、死ぬ可能性はありますよ。危険です。決して試してみようなどと思わないで下さいね!無茶は禁物ですよ!」
説教口調の医師にロランはニッと笑う。
「大丈夫です。そんなバカなことはしません。でも、俺は魔獣と戦いやすい体質の人間だ、という理解で宜しいですね?」
「え、いや、まあ、そうですね。あれだけの強力な毒を大量に注ぎ込まれて生きているのが奇跡ですから。」
医師は不承不承、肯定した。
ロランはカミーユが言った『君は桁外れに強くなる』という言葉を思い出していた。
その時扉をノックする音がした。
扉を開けると、カミーユと特別部隊の面々がゾロゾロと入ってきた。
「おい!!!ロラン!!!目が覚めたか!!!」
「良かった!!!」
「お前はマジでスゲーな!!!」
「無事で・・・本当に良かった!!!」
「すまなかった・・・俺たちは逃げ出してしまったのに・・・」
「ありがとう!地元住民もみんな感謝している」
目を潤ませて口々に声を掛ける隊員たちにロランは混乱した。
「え!?あ?なに?どういうことですか?」
パニックになっているロランにカミーユは苦笑した。
「君の活躍のおかげで皆助かった。特に俺にとっては命の恩人だ。ありがとう。いつか君のために恩返しをする。本当に無事で・・・良かった」
目に涙を滲ませるカミーユの言葉にロランは顔を赤らめた。
「いや・・別に・・・そんなこと・・・」
「エリックとジャンも心配して、何度もお見舞いに来ていたんだ。後で連絡してやってくれ」
「ああ、エリックも無事だったんだな。良かった」
ホッと安堵の息を吐くロラン。
「師団長はロランが怪我をした責任を取って辞表を提出したんだ」
隊員の一人に言われてロランの顔は青ざめた。
「まさか!?そんな辞表なんて!!!」
と言うと、カミーユは
「司令官にも女王陛下にも受理してもらえなかった。当分お前たちは第二師団で、俺で我慢してもらわないといけないな」
冗談っぽく笑った。
「ところで最近ずっとトイレが汚いんだ!」
隊員の一人が言った。
「は!?」
それを聞いてロランは戸惑った。
「ロランがたった一人でトイレ掃除をしていたんだってな?」
「すまないな。俺たちは何も知らなくて・・・。あんなに綺麗なトイレだったことは未だかつてなかった」
「ロランが寝ている間に新人兵士三人にトイレ掃除をさせていたんだが・・・全然雑でダメだ」
「やっぱり、トイレ掃除にはロランに戻ってきてもらわないと!」
「おい!ふざけるなよ!なぁ、当番制にしようぜ!」
とロランが叫ぶと、病室に明るい笑い声が響いた。
その後、辺境軍の第二師団は多くのめざましい功績をあげていく。ほとんどがロランの活躍によるもので、軍の中でのロランの人気は高まっていくばかりだった。
ロランは危険を顧みず、常に先頭に立って魔獣や敵に立ち向かっていく。彼に命を救われた人間は数えきれない。
第二師団の功績が認められ、第二師団長のカミーユ・オーバンは司令官に昇進した。
そして、ロランはカミーユやあの時一緒にいた特別部隊の面々との絆を深め、充実した毎日を過ごすようになった。
そして、軍の中でもヒーロー的存在だ。
エリックやジャンとの友情も続いている。
もちろん、相変わらず訓練は厳しいし、魔獣との戦いで大怪我を負ったことは何度もある。しかし、気の良い仲間たちと一緒に過ごし、毎日幸せだと感じることが増えていく。
そして、過去の自分の行動を思い出すと、恥ずかしくて穴を掘って自分を埋めたいと切望するようになった。
エステルに対しての認識も変わった。
彼女だって、いきなり何でも出来たはずはない。本人の凄まじい努力の結果だったんだ、と分かるようになった。
(努力すれば報われる。セシルは努力なんて必要ないと言っていたけど、再会した時にはこのことを伝えよう。セシルにも酷い苦労をさせてしまった。でも、これからは俺が絶対に幸せにする。二人で頑張って幸せになるんだ!)
ロランの脳内にはセシルとの明るい未来しか存在していない。
そして、ある日司令官であるカミーユに呼ばれて
「第二師団の功績は素晴らしい。女王陛下からもお褒めの言葉を頂いた。ロランのおかげだと報告してあるので、もしかしたらもうすぐ王都に戻れるかもしれないぞ」
と告げられると、ロランは天にも昇る心地になった。
(やった!セシル!もうすぐ会えるよ!どうか・・・どうか俺を待っていてくれ!)
ロランの胸は希望で溢れていた。
*ロランの番外編の最後です。この後もう一話、フレデリックの番外編を投稿する予定です(*^-^*)




