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番外編 ロランの物語 その2


辺境に来てから数か月。


ロランは薪割も上手になり、トイレ掃除もお手のもの、炊事も徐々にだが腕を上げていった。


相変わらずロランに声を掛ける兵士はいないが、エリックとジャンのおかげで以前ほど孤独感を覚えることはなくなった。



*****



ある朝、トイレ掃除の後に薪割をしていると突然眩暈がして視界が揺れた。


世界がグルグルと回り、立てなくなる。地面に膝をついて体を支えていると、不意に後ろから肩を掴まれた。


「おい!大丈夫か?」


カミーユ・オーバン第二師団団長だ。


師団長が下っ端兵士たちの前に現れることは滅多にない。他の兵士たちがザワついている。


カミーユはロランの額に手を触れると、ロランを肩に担ぎ上げた。


「お、おいっ!?何をする!?やめろ!」


とロランが抵抗するが、カミーユはまったく動じない。


細身に見えるが、大柄なロランを軽々と運んでいくカミーユはやはり鍛え抜かれた身体をしているのだろう。


「あ、あの・・・師団長殿・・・一体何が・・・?」


周囲の兵士が恐る恐る声を掛けた。


「ロランは病欠だ。いいな」


カミーユは笑みを浮かべると、スタスタと暴れるロランを担いで去って行った。



***



カミーユはロランを自分の私室に連れて行き、ベッドに寝かせた。


「おいっ!?なんのつもりだ?」


ここに来るまでの間、ロランを担ぐカミーユはひたすら注目を浴びた。


笑いものにされてロランは悔しかった。



「お前は病気だ。熱がある。休んだ方がいい。今食べられるものを持って来るから」


そう言ってロランに水を渡すとカミーユは去って行った。


そう言われれば、頭痛と吐き気が酷い。体は熱いのに芯が凍えるように寒い。全身の関節が痛いし、ゾクゾクと寒気がする。


確かにこのままでは通常の作業や訓練は無理かもしれない。


久しぶりにまともなベッドで横になってロランはついウトウトとまどろんでしまった。




ふと人の気配がして目を覚ますと、ロランの目の前にお粥の入った器が差し出された。


「少しは休めたか?食べた方がいい。薬も持って来た」


そう言うカミーユの瞳は純粋に心配しているようで、ロランは


「あ、ありがとうございます・・」


という言葉が素直に出てきた。


お粥を食べて、薬を飲むとカミーユがロランの熱を確認する。


「もっと眠った方がいい。俺は隣の部屋で仕事をしているから、何かあったら呼ぶんだぞ」


「え?師団長は執務室に行かなくていいんですか?」


「いずれにしても今日は内勤だし、仕事は持ってきている。問題ない」


「・・・ありがとうございます」


「大丈夫だ。早く良くなれ」


カミーユは優しく笑うとそっと寝室から出て行った。




ベッドで横になっていても、扉の向こうから微かに人の気配がする。


辺境に来てから五人部屋で過ごしているが、いつも居場所がなく孤独感に苛まれていた。


今は不思議とカミーユの気配に安心できる。


(少なくとも俺を心配してくれた・・・)


ロランはウトウトとしながら意識を手放した。




そのままどれくらい眠ったのだろうか。ロランが目を覚ますと窓の外は既に真っ暗だ。


体を起こすと驚くほど気分が良くなっていた。


ロランの気配に気づいたのか、ドアが開いてカミーユが入って来る。


「多少は良くなったか?」


「はい。もう、大丈夫です!」


肩を回しながら答えると、カミーユは


「そうか、良かった。念のため今夜はここで休め」


と言う。


「いえ、師団長のベッドを奪う訳には・・・」


「いや、ソファもあるし問題ない」


「師団長・・・どうしてここまでして下さるんですか?」


「俺は女王陛下から君のことを頼まれたんだ。『ロランを死なすな』とね」



それを聞いて、ロランは足元が崩れていくような失望感を覚えた。


カミーユの瞳にはロランを思いやる気持ちが籠っていると感じて、純粋に感謝していたのに。


結局、それは女王から頼まれたからだったのか、とガッカリしてしまった。


無性に惨めな気持ちになる。



「そうですか・・・すみません。俺みたいなクズのために貴重な師団長の時間を使わせてしまいました」


ロランは俯いたまま言った。顔を上げたら泣いてしまいそうだった。



「だが!たとえ女王陛下から頼まれなかったとしても、今の君だったら助けたいと思っただろう」


カミーユの言葉にロランは顔を上げた。


「え?」


「ロラン。君はこの数か月の間、よく頑張った。トイレはかつてないくらいピカピカで綺麗だと兵士の間で評判だ。普通はトイレ掃除も慣れてくると徐々に手を抜くことを覚えていく。しかし、君は俺が教えた手順を毎日丁寧に繰り返した」


「そんな・・・トイレ掃除くらいで」


本当はとても嬉しかったが、照れくさくてわざと何でもないことのように呟いた。


「それに、それ以外の作業も真面目に取り組んでいる。正直、俺は感心したよ。甘やかされて我儘放題の王太子だという噂を聞いていたからね」


「それは・・・まぁ、事実なんで・・・」


というとカミーユはぶふっと噴き出した。


「薪割も上手になって、体幹が鍛えられた。元々剣の筋はとても良い。君は・・・桁外れに強くなるだろう。これからが楽しみだよ」


「え!?本当ですか?」


思いがけないことを言われて、ロランは思わず立ち上がった。


しかし、まだ頭がふらついてよろめいた。


「いいから、まだ座っていなさい。ああ、言った通りだ。君には・・・何か特別な才能があるように思う。元々剣術は一流だ。思っていた以上に根性もある。今度特殊任務を頼みたいんだが、興味はあるか?」


「は、はい!!!もちろんです!宜しくお願いします!!!」


そんな風に自分の力が認められて、何かに選ばれたのは初めてだった。


これまではエステルが影で助けてくれていた。


王太子だから、という下駄を履かせてもらったこともある。



(そうか・・・俺はただ自分で頑張れば良かったんだ。エステルに頼ってばかりで、そのくせ文句しか言ったことがなかった。俺、最悪だな・・・)



生まれて初めてエステルへの感謝と反省の気持ちが湧いてくる。



(彼女はいつも俺を助けてくれていた。そんな彼女を国外追放した俺は恩知らずだ。セシルを虐めたのは許せないが、もしかしたら誤解もあったのかもしれない。嫉妬、があるのは当然だ。俺は彼女の婚約者だったんだし・・・いつか謝ることは出来るだろうか)



ロランの中に大きな変化が起ころうとしていた。

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