番外編 ダニエルの物語 その2
シャーロットの部屋は、日差しがさんさんと入る明るい広々とした空間だった。
しかし、その中心にいるのは文字通りお人形のような少女だ。
シルクのような滑らかな金髪に青空を切り取ったような大きな碧い瞳。胸にヒシッとボロボロのウサギのぬいぐるみを抱きしめている。
虚ろな目は何も映さない。ただ、そこに座っているだけの・・・人形だ。
伯爵に紹介された後、ダニエルは息を一つ吸うとシャーロットの前に跪いた。
その瞬間に彼女の瞳によぎったのは『恐怖』だった。しかし、すぐにその感情は消えた。
似たような『恐怖』の感情をダニエルは以前見たことがあった。
姉エステルは常に穏やかな表情を崩さない。
しかし、両親の辛辣な言葉に対して、ほんの一瞬だけ瞳に『恐怖』がよぎることがある。
(私は両親に愛されていないのね)
(私はここに居ていいの?)
(疎まれているのは分かってる)
(怖い・・・)
そういった『恐怖』が一瞬だけ瞳に浮かび、すぐに消える。そして平常通りの穏やかな笑みを浮かべるのだ。
(この子も同じなんだろうか?)
ダニエルはシャーロットの瞳を真っ直ぐに見つめながら話しかけた。
「こんにちは。僕はダニエルと言います。先週、君は王宮で僕の姉のエステルに会ったと聞きました。覚えていますか?」
それを聞いて虚ろな彼女の瞳に微かな光が宿る。
シャーロットの視界にようやくダニエルが入ったようだ。
ダニエルはニッコリと微笑んだ。
「エステルって覚えてる?王宮で迷子になった君を見つけてくれたお姉さんだよ。僕の姉なんだ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・似てない」
ポツリとシャーロットが呟いた。
背後で伯爵が息をのむ音が聞こえる。
「ははっ。そうだね。僕と姉はあまり似ていないんだ。僕は父親似でエステルは母親似なんだよ」
「・・・・・・・」
「僕は君のことをもっと知りたい。君の好きな食べ物はなんだい?甘いものは好き?」
怖がらせないようにゆっくり優しく尋ねると、長い沈黙の後コクリと頷く。
「どんな甘いものが好き?姉上はお菓子作りも上手なんだ。君が好きなものを作ってもらって持ってくるよ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・分かんない」
再び背後の伯爵が息をのむ。
「そっか。じゃあ、沢山の種類のお菓子を持って来るよ。一緒にお茶を飲みながら食べよう。その中でどれが好きか僕に教えてくれる?」
シャーロットが頷くのを見て、ダニエルは嬉しそうに笑った。
「良かった。じゃあ、僕はここで失礼するよ。また遊びに来るね。・・・来てもいいかい?」
押しつけがましいかもしれないと突如不安になったが、シャーロットは素直に頷いた。今度はさっきよりも少し早く頷いたようで、気持ちが高揚する。
ダニエルは満足して立ち上がると、呆然としている伯爵と一緒に部屋を出た。
「ダニエルくん・・・君は・・・シャーロットから言葉を引き出した。ありがとう!やはり私の直感は正しい。どうか、またシャーロットに会いにきてもらえるかい?」
「はい!喜んで!」
シャーロットに会った後、ダニエルは不思議なほどこの婚約に抵抗を感じていない自分に気がついた。こんな繊細な少女に他の無神経な男たちが出会わなくて良かった、とすら思った。
***
ダニエルが帰邸し、エステルにシャーロットの話をするととても驚いていた。彼女は自分が助けた少女が彼の婚約者候補だとは知らなかったのだ。
エステルは次にシャーロットに会いに行く時のおやつを作ると張り切っている。
「姉上・・・僕もお菓子を作れますかね・・?」
おずおずと尋ねるとエステルの瞳が輝いた。
「もちろんよ!教えてあげるから一緒に作りましょう!それとね。私もシャーロットさんに贈り物をしたいわ!」
***
再びテニソン伯爵家を訪れた時、ダニエルは大量のお菓子を抱えていた。
伯爵は待ちわびていたようにダニエルを中に案内する。
「シャーロットは君が来るのを心待ちにしていたようだ」
嬉しそうな伯爵は血色も良い。
案内されたのは中庭に面した広々としたサロンだった。天井が高く爽やかな風が通る居心地の良い空間だ。
柔らかそうなソファに埋もれるようにシャーロットが座っている。相変わらずウサギのぬいぐるみを抱きしめている。
ダニエルは跪いて視線を合わせるとシャーロットに話しかけた。
「こんにちは。シャーロット。僕のことを覚えているかい?」
コクリとシャーロットが頷く。
「今日は沢山お菓子を持ってきたよ。僕が作ったお菓子もあるから一緒に食べようね」
ダニエルの言葉にシャーロットは驚いたように目を瞠る。
今日はあまり虚ろな目をしていない。
ダニエルは嬉しくなった。
「その前に、僕の姉のエステルから君に贈り物があるんだ」
そう言ってダニエルはエステルが刺繍をしたハンカチをシャーロットに差し出した。
そのハンカチにはシャーロットが抱きしめているウサギが刺繍されている。
王宮で迷子になっていた時も彼女はずっとウサギのぬいぐるみを抱きしめていたそうだ。
「きっとお気に入りなのよ。だから、刺繍してみたの。気に入ってくれるといいんだけど・・・」
エステルは少し不安そうに微笑んだ。
シャーロットはハンカチに刺繍されているウサギを見て、目をまん丸に見開いた。ご丁寧にウサギが着ている洋服までエステルはちゃんと覚えていて再現したようだ。
「・・・・ピーター・・・?」
「ピーター?・・・ああ、そのウサギさんはピーターっていう名前なの?」
コクリと頷くと、シャーロットは両手にハンカチを握りしめてちょっと震えている。
小脇に忠実なピーターを抱えたまま俯いているので、大丈夫かな? と顔を覗き込んだら、頬を赤く上気させて瞳をキラキラと潤ませていた。
明らかに気に入った様子が可愛すぎてダニエルはふふっと笑った。
笑い声を聞いてキョトンと顔を上げる仕草も愛らしい。
(なんだ。可愛い子じゃないか)
ダニエルは嬉しくなった。
「気に入った?」
シャーロットはコクコクコクと何度も頷く。
「良かった。姉上が喜ぶよ」
「・・・・・・・・・」
シャーロットが何か言おうとしていることに気がついて、ダニエルはそのままの姿勢で彼女を見つめる。
(急かしちゃいけない。ゆっくりと焦らせないように・・・)
姉から受けたアドバイスを頭に思い浮かべて、静かに待ち続けた。
しばらくして大きな息を吐き出すように彼女は言葉を絞り出した。
「・・・・・あ、ありがと・・・」
シャーロットが喋った。
それをずっと眺めていた伯爵は『ク〇ラが立った』並みの感動でテーブルに突っ伏して号泣している。
そんな伯爵を無視して、優秀な侍女たちがお茶の準備を整えた。
侍女の一人がダニエルに向かってウィンクをする。
「坊ちゃん、お手柄ですね!」
小声でそう囁いた。
その後、様々な種類のお菓子がテーブルに並べられる度にシャーロットの顔が輝いた。
香りの良いお茶を目の前にしてダニエルはシャーロットに質問した。
「シャーロット、何を食べる?」
彼女は何度か逡巡した後、小さな声を出した。
「・・・・どれ?」
「ん?」
「・・・・ダニエルが作ったのは・・・どれ?」
ダニエルは自分が作ったクッキーの皿を指さした。
クリスマスが近いのでクリスマスツリーやベルの形をしたクッキーに飾りつけしてみたのだ。
「あまり、美味しくないかもしれないけど・・・。えっと、これが普通のクッキーで、この茶色のがジンジャービスケットなんだ」
一つ一つゆっくりと説明していく。
シャーロットが真っ先にダニエルが作ったジンジャービスケットに手を伸ばそうとしたので彼はちょっと慌てた。
「あ、でも、姉上が作ったお菓子の方が間違いなく美味しいよ」
シャーロットはふるふると首を横に振る。
「これ・・・が・・・いい」
「そ、そうかい?気に入ってくれるといいんだけど・・・」
ダニエルは胸がどきどきするのを抑えられない。
彼女がゆっくりとジンジャービスケットを口に含むとサクッという音がした。
サクッサクッと食べ続けて、あっという間に一枚口の中に消えていった。
「ど、どう?美味しい?」
緊張しながらダニエルが尋ねると、シャーロットが大きな笑顔を見せた。背後で伯爵と侍女たちがハッと息をのむ音が聞こえる。
「うん」
(反則だろう・・・シャーロットが笑うと可愛いが凶器になる・・・)
「良かった。他のも試してみて」
平静を装いつつ、ダニエルはお菓子を勧める。
シャーロットは全種類のお菓子を食べてお腹一杯になったようだ。
「まぁまぁ、食の細いお嬢さまが頑張りましたね!」
さっきウィンクしてくれた侍女が感心したように言うと、再びシャーロットが顔をほころばせた。
その愛らしさにダニエルが悶え、伯爵が号泣したことは言うまでもない。
*ダニエルが作ったであろうクッキーの写真です(*^-^*)。
*あともう少し続きます。明日最後まで投稿します!




