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彼の素性


「エマ、折り入って話がしたい。閉店した後、時間を取ってもらえるか?」


お忍び貴族が通い始めて数か月が経った頃、張り詰めた表情の彼に声をかけられたエステルは


(いよいよ来たか)


と思った。


何か理由があってこの居酒屋に来ていたことは予想できたし、プラチナブロンドという共通点から双子に関することだろうと覚悟はしていた。



**


「ココとミアは僕の妹だと思う。正確には異母兄妹ということになるが・・・」


男は真剣な顔つきでいきなり本題に入った。


エステルが黙って彼の顔を見つめると、彼は苦笑いした。


「驚かないんだな?」


「・・・予感はしていました。姉は恋人が裕福な商人だったと言っていましたが、そうではなかったんですね」


彼は黙って頷いた。


「さすが話が早い。まず確認したい。あなたがモニカ・ガルニエ嬢ではないのだな?」


「私はモニカの妹のエマ・ガルニエです。姉は双子を産んだ時に亡くなりました」


思い出すだけでまた胸が苦しくなり、目の表面に涙の膜が張る。


男は慌ててエステルにハンカチを差し出した。


「お姉さんとは仲が良かったんだな?」


「私がこの世で一番信頼できる存在でした」


震える声で伝えると彼は「なるほど」と頷いた。


「僕はフレデリック・ラファイエットという。ヴァリエール王国の公爵だ」


ヴァリエール王国の公爵と聞いてエステルは驚いたが、それを顔に出さないようにした。


エステルは祖国ヴァリエール王国の主だった貴族の顔と名前を把握している。が、この男は見たことがない。


(ラファイエット公爵は確かもっと高齢の方だったはず・・?)


エステルの疑問に答えるかのようにフレデリックは言った。


「公爵だった父が最近亡くなって、僕が爵位を継いだばかりなんだ」



**


フレデリックはラファイエット公爵夫妻の遅くに出来た一人息子だった。


母親はフレデリックが赤ん坊の頃に亡くなり、その後父親が後添いを迎えることはなかった。


フレデリックは嫡男として大切に育てられたが幼い頃は体が弱く繊細な子供だった。それでなくても妻を亡くし、神経質になった父親が過保護になったとしても責められないだろう。


その結果、フレデリックは学校に行かずに精鋭の家庭教師について自邸で教育され、最近まで他の貴族と接触する機会はほとんどなかった。


「・・・だから自分でも世間知らずだと思う」


そう言って彼は笑った。


道理でエステルが知らない顔だと納得した。


そんな父親が晩年になって平民の若い恋人をつくったことは彼の秘密だった。世間体もあったのだろう。年甲斐もなくと言われるのを恥じたのかもしれない。


しかし、父親は死ぬ間際に自分の血を引く子供がいるかもしれないとフレデリックに告白したのだ。


恋人の名前はモニカ・ガルニエと言って、真剣に付き合っていたが『妊娠した』と思いがけないことを言われてパニックになってしまった。


この年になって子供ができることはないと思っていたので、不貞を疑うような愚かなことを言って彼女を傷つけてしまった、と老公爵は涙を見せた。


『・・・彼女はそのまま姿を消した。落ち着いて考えると金目当てで妊娠したと嘘をつくような女性ではなかった。本当に悪いことをした・・・彼女は正直で誠実な女性だったんだ』


そう後悔する彼の頬に幾筋もの涙が伝う。


彼は自分の言動を悔いて、モニカを探したが見つからなかった。世間体を憚ることでもあり、大掛かりな捜索は出来なかった。


『彼女は私の子供を産んでいたかもしれない』


公爵は死ぬ間際に、フレデリックに自分の子供がいるかどうか調べて欲しいと頼んだ。


遺言書にも婚外子がいた場合、遺産を分配するように記してある。


そうして、フレデリックはモニカ・ガルニエの行方を探し始めたが、庶民の移動は記録に残りにくい。捜索は難航していた。


そんな時、庶民には珍しいプラチナブロンドの幼女がいる居酒屋と聞いて周辺を調べさせたところ、女主人の苗字がガルニエだと知り、探りに来たのだという。


噂ではシングルマザーが一人で双子を育てているらしいが、その女性がどんな人物なのかを見極めたくて居酒屋に通うようになった。


「エマ、あなたはどんな客にも等しく接していた。裕福そうな客にも、懐が寂しそうな客にも差をつけることがない。そして、常に温かい笑顔で迎え、美味しい料理を提供し、気持ち良く食事ができるよう気づかっていた」


「それは・・・当たり前のことじゃないですか?」


戸惑うエステルにフレデリックは首を振った。


「簡単にできることではない。それにココとミアへの愛情や従業員への気遣いにも感心した。双子は愛情たっぷりに育てられている。僕は学校に行ったことがなく集団行動に慣れていない。そのせいか人の気持ちが分からないと言われることが多い。僕はあなたの言動をお手本にしたいと思う。それほど周囲への気遣いと思いやりに溢れていた」


「それは・・・とても嬉しい言葉です。ありがとうございます」


エステルは素直に頭を下げた。


「子供を育てながら働くのは大変だ。あなたの努力は何にも代えがたい。よく頑張って双子を育ててくれたと感謝する。優しくて真っ直ぐな子供たちだ。不安なことも多かったろう。彼女たちの健やかな成長ぶりを見るとあなたが素晴らしい母親であることが分かる」


(母親としての自分を褒めてもらえると・・・やっぱり嬉しい)


彼の言葉にはいたわりの気持ちがこもっている。その誠実さがエステルの心の琴線に触れた。


彼女の瞳に涙が滲んだ。フレデリックから借りたハンカチで涙を拭う。


夜泣きや突然の発熱。この小さな命の灯が消えてしまったらどうしようと不安な夜を過ごしたこともある。どうしていいか分からないことも沢山あった。自分の無力感に『こんな母親でごめんね』と心の中で繰り返し謝ったこともある。


そんな不安を乗り越えて頑張ってきた日々を認めてもらえたようで胸が熱くなった。


そして、双子を褒めてもらえるのは何よりも嬉しい。愛している子供が褒められるほど母親にとって喜ばしいことはない。


しかし、次の言葉にエステルはビクッと肩を震わせた。


「・・・公爵家の血筋の人間をこのままにしておくわけにはいかない。できたら、ココとミアに当家に来てもらって・・・」


「いやっっ!どうして!?わたくしから二人を奪わないで!」


思わず叫んだエステルの声が響いたのだろう。小さな足音がパタパタと廊下から聞こえてきた。


ばたんとドアが開くとココとミアが不安そうな顔で枕を抱えて部屋に入ってくる。


「・・ママ。なにかあったの?・・・泣いてるの?」


「泣かされたの?その人に?・・・いくらきれいな方でも、ママを泣かせる人はきらいよ」


二人はエステルにひしっと抱きついて離れようとはしない。


「だ、大丈夫よ。二人とも・・・心配かけてごめんね」


涙を拭きながら微笑むエステルを守るように、フレデリックを睨みつける子供たち。


フレデリックは困り切った顔で弁明した。


「すまない。どうか誤解しないでほしい。あなたたちを引き離そうなんて考えていない」


「・・・本当に?」


ポロリと大粒の涙が目尻から零れて、それを見たフレデリックが優しく微笑んで指でその涙を拭った。


その後双子を寝かしつけ、フレデリックと詳細な話し合いを行った。


エステルにとってモニカから引き継いだ居酒屋が重要な存在であることも彼は理解している。


ただ、店についてはしばらく人を雇って運営してもらえないかとフレデリックは頼んだ。


公爵邸に滞在して、双子の遺産相続が無事に行われるよう協力して欲しいのだと彼は説明した。


幼い双子に代わって法定代理人を立てる必要があるとも言われ、エステルは同意した。それが双子の利益になるのなら喜んでお願いしたい。


遺産相続の手続きに半年ほどかかるだろうが、その後は居酒屋のある街に戻ってこられると聞いてエステルは安堵した。


話し合いの結果、マットとサリーに居酒屋のことを任せ、エステルと双子はヴァリエール王国の王都にある公爵邸に向かうことになった。


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