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番外編 出産


「ねえ、フレデリック。そんなに心配しなくても、ママは強いから大丈夫よ?」


ココの言葉が耳に入らないかのようにフレデリックは椅子に座って俯き、頭を抱えたまま動かない。


「ココ、そっとしておいてあげよう」


ミアが言うと、ココは肩を竦めて椅子に座り直すと冷めた紅茶を口に含んだ。


エステルの陣痛が始まり、侍医や助産師は寝室で出産の準備に余念がない。


邪魔だと追い出されたフレデリックと双子は寝室につながるコネクティングルームで待機を命じられた。


エステルとフレデリックが結婚して二年弱。ココとミアは九歳になっていた。


彼女たちはフレデリックが異母兄であることを理解しているが、エステルと結婚したからには父親と呼ぶべきかと迷った時期もある。


しかし、兄も父もしっくりこないと結局フレデリックと呼び続けている。フレデリックもエステルも好きなように呼べばいいと気にしていない。


双子は成長すると共に自分たちがいかに恵まれているかを自覚するようになった。


(私たちを産んでくれたお母さんが死んだ時にママが居てくれなかったら、私たちはどうなっていたか分からない)


ミアは、不安そうに寝室のドアを凝視し続けるココに視線を向けると微笑んだ。


「ココ、大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」


そっと囁くとココは顔を赤くして


「し、心配なんてしてないし!ママは強いんだから!」


と囁き返した。


ココは積極的で活発な女の子だが、実は中身がとても繊細で心配性だ。


『ココはとても感受性が強いの。それは心根が優しい証拠なのよ』


ココが何かに不安になるとエステルはいつもそう言って彼女を抱きしめた。


『ミアは観察力があるのよね。静かに周囲を見回して分析する力があるのは凄いわ!』


と褒めてくれた言葉もミアは忘れない。


(ママは私たちを絶対に取り違えることはないし、ちゃんと別々の人間だと尊重してくれる)


ココもミアもそれが当たり前のことではないと理解している。生まれたばかりの双子の赤ん坊を引き取って働きながら一人で育てることだけでも大変だ。更にエステルが注いでくれた深い愛情を考えると胸が一杯になる。


エステルは『それが幸せなのよ』と明るく笑う。


それが本心なのだろうとも思うが、ココもミアもエステルに対する感謝の気持ちを生涯忘れないだろう。




エステルが妊娠したと分かった時、二人は飛び上がるほど興奮しフレデリックは喜びで涙ぐんだ。


妊娠期間中、真綿にくるむようにエステルを守ろうとするフレデリックに双子も協力した。


大きくなったお腹に触らせてもらい、ボコボコと動き回るのを感じて


(ホントに!本当に赤ちゃんがいるんだ!)


(弟?妹?どっちでも嬉しい!)


とワクワクが止まらなくなった。


でも、いざ出産となると不安が募る。出産は命がけだ。現に双子の母親のモニカは出産で命を落としている。


フレデリックは 俯いたまま動かないが時折、中から呻き声が聞こえるたびにビクッと肩が揺れる。


ココも平気そうな振りをしているが指が震えているのが分かった。


(私がしっかりしないと。冷静に、冷静に)


とミアは繰り返し自分に言い聞かせた。



***



それからどれくらい経ったろうか。突然オギャーという赤ちゃんの泣き声が聞こえて、三人は一斉に立ち上がった。


フレデリックが扉を開けようと必死でドアノブを回すが、鍵がかかっている。イライラと舌打ちしながら鍵を探そうとするフレデリックの袖を引っ張りながら


「慌てなくても大丈夫よ。支度が出来たら向こうから開けてくれるわ」


とミアが冷静に諭した。


そう言う間にも赤ん坊の泣き声は続く。


「そ、そうだな。でも・・・心配なんだ。万が一エステルに何かあったら・・・僕は・・・」


とフレデリックはミアを抱きしめた。


背中に回った彼の手が震えているのを感じて、ミアは改めてフレデリックの想いの深さを実感した。


「ママはね。絶対に大丈夫だって言ってたよ。ママは今まで約束を破ったことないもの。大丈夫」


短い手を精一杯伸ばして背中をポンポンと叩くとフレデリックが泣き笑いの表情を浮かべる。


「そ、そうだな・・・うん」


その時扉がガチャンと開いて、額に汗を浮かべて目をキラキラさせた助産師が立っていた。真っ白な布に包まれた赤ちゃんを腕に抱いている。



「フレデリック様!おめでとうございます!元気な男のお子様です!」



キャーーーーーーーーッ!!!と双子が歓声をあげた。



「エ、エステルは?!彼女は無事か!?」


「はい。奥様もお元気でいらっしゃいますよ!」


との返事にフレデリックが胸を撫で下ろした。安心したのだろう、目尻からポロリと涙がこぼれる。


「お抱きになりますか?」


と赤ちゃんを差し出され


「あ、ああ」


と慎重に受け取り、赤ちゃんの顔を愛おしそうに覗き込んだ。


ココとミアにも見えるようにゆっくりと跪く。


そこには真っ赤でしわくちゃな顔の赤ちゃんが真っ白い布に包まれて、すぅすぅと寝息をたてていた。


「か、かわいすぎる・・・」


とココがよろめく。


赤ちゃんの小さな手が頬の側にあって、こんなに小さな指なのにちゃんと爪が付いているとミアは変なところに感心した。


その指につい手を伸ばす。その時に反射なのか、赤ん坊の手がミアの指をギュッと握り締めた。


生まれたばかりの赤ちゃんの力強さにミアは感動した。


(・・・絶対にこの子を守っていく)


という決意は、きっとエステルが双子に初めて会った時に感じたものと同じに違いない。


知らず知らずのうちにミアの頬が涙で濡れていた。ココもしゃくりあげながら号泣している。


フレデリックが赤ん坊を助産師に返した後、ミアはココを抱きしめた。


「私たちに弟が出来たんだよ!」


と言うと、ココがこくこくと頷きながらしがみついてくる。


「ひくっ、うん!うん!良かった・・・可愛かったね。たい・・大切にしようね!」



**



フレデリックはベッドに横たわっているエステルに近づいて彼女の頬を優しく撫でた。


「エステル。よく頑張った。元気な男の子だ。ありがとう」


という言葉を聞いて、エステルはさすがに疲れた様子ながらも明るく笑いかける。


「うん。良かった。無事に生まれてきてくれて。フレデリックみたいな白い綺麗な髪よ」


「髪?気づかなかったな」


「ふふ。フワフワした髪がちょっとだけ生えてたの。きっと将来、あなたみたいにハンサムになるわ」


「君が僕のことをハンサムだと思ってくれるだけで本望だ」


真面目な顔でそう言うとフレデリックはエステルの髪を一房手に取り、ゆっくりと髪に唇を押しつけた。


「あなたはいつだって世界一魅力的よ。愛してる」


とエステルが微笑むと、瞳を潤ませたフレデリックはそっと彼女の額に口づけを落とす。


「僕もだ。一生、いや何度生まれ変わっても愛するのは君だけだ」

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