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ダニエル


(ここ数日、屋敷の様子がおかしいな・・・)


その日の夜、リオンヌ公爵家の次男であるダニエルは離れにある自室のバルコニーで夜風にあたりながら読書をしていた。


リオンヌ公爵家の広大な屋敷の母屋には両親と兄夫婦が住み、ダニエルだけは離れに住んでいるので母屋での様子が分かりにくい時がある。


が、ここ数日、屋敷全体に落ち着かない雰囲気が漂っていた。


何か胡乱なことが起こっているような気がする。


騒ぎがあったとかそういうことではないが、父と兄の様子がいつも以上におかしかった。虫の居所が悪いというか、ちょっとしたことで烈火のごとく怒り狂う。


使用人も妙に緊張しているし、リオンヌ騎士団の動きも不自然だ。


今夜は特にそうだ。


夜にもかかわらず、騎士団長を始めリオンヌ騎士団は出払っている。


正面の門を警備している騎士の数がいつもより少ない。


そして、家族も使用人も誰も笑わない。


それまでも笑顔に溢れる場所とは言い難かったが、いつも以上に緊張した雰囲気に包まれる屋敷にダニエルは胸騒ぎを感じていた。


**


ダニエルは両親と兄とは折り合いが悪い。


(いや、ちがうな)


彼が慕う姉のエステルに酷いことをする両親と兄だから折り合いが悪くなったのだ。


(なぜエステルだけ差別されるのだろう?)


子供の頃から不思議で堪らなかった。


大人になった今なら見えてくることがある。


彼らの母親は元々外国の王女で、非常に見目麗しく年を重ねた今でも『妖艶』という言葉がぴったりくる。


『男を見ると誘惑せずにはいられない』


というのが父の評で、現にダニエルは母の浮気現場に何度も鉢合わせしたことがある。子供にとっては苦い思い出だ。


屋敷の使用人だろうが、来客だろうが見境なしで、ダニエルの学友が遊びに来た時に彼にまで手を出そうとした時には、母親に激怒して家を出ようと思った。


国外出張中に参加した舞踏会で母に一目惚れし、色々な無理を言って結婚した父はそんな母でも文句が言えないらしい。


母と結婚させてもらうために作成した婚前契約のせいで離婚もできないという有様だ。


茶色い髪に茶色い瞳の兄パスカルとダニエルは明らかに父の面影がある。


しかし、母にのみ瓜二つでまったく父に似たところがない姉については、父は自分の血の引いた娘ではないかもしれないと疑っているのだ。


姉エステルは、母譲りの美しい容貌と溢れるほどの色香を漂わせているくせに中身は生真面目で純粋な女性だ。


母は自分と同じ容姿で性格が正反対の姉を疎んじた。


結果、姉はこの家で孤立してしまったのだ。


『そんなの姉上のせいじゃない!理不尽だ!』


と大声で叫んだこともある。


しかし、姉はいつでも


『いいのよ。私は大丈夫よ』


と柔らかく微笑むだけだった。


その優しい姉を勘当し追い出した両親と兄は、エステルが王太女となり女王にも影響力があると知って以来、執拗に彼女に連絡を取ろうとしている。


「まったくあの役立たずが!肝心な時に役に立たない。こんな時くらいリオンヌ公爵家のために動けば多少は認めてやるのに。親不孝者め!」


エステルを罵る父親を見て、


(自分で追い出しておいて勝手な言い草だ)


と呆れるが、彼らは悪びれることがない。


自分たちが身勝手極まりないことを言っている自覚もないのだろう。


はぁっと小さく溜息をついた時、コツンと紙飛行機がダニエルの額にぶつかった。


(・・っ!?手紙・・?)


緊急連絡用の魔道具を使った手紙だ。


フレデリック・ラファイエット公爵からの手紙と分かって、ダニエルは慌てて手紙を開く。


フレデリックの手紙はこれまでダニエルに届くことがなかったが、誘拐事件のために手が回らず邪魔が入らなくなったのだろう。


絶妙のタイミングでダニエルにつながったのである。


中身を読んで彼の目の前が真っ暗になった。


フレデリックからの手紙には、父と兄がルイーズ・ド・コリニー伯爵令嬢を誘拐した疑いがあると書かれている。


この数日、屋敷でおかしな動きがないかと尋ねる手紙を読んで、全身に鳥肌が立った。


心当たりはありすぎるほどあった。


使用人の不審な緊張。


妙な動きを見せる騎士団。


(おい・・・伯爵令嬢を誘拐って・・・犯罪に手を染めるのだけはやめてくれよ)


ダニエルは絶望のあまり手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。



****



その後すぐにダニエルは母屋に行き様子を探ることにしたが、使用人たちはダニエルが話しかけようとすると目を逸らして逃げて行ってしまう。


侍女の一人を捕まえて強引に話を聞くと、義姉、つまりパスカルの妻が目立たないように誰かに食事を運んでいるのを見かけたことがあるが、どこに行っているかは分からないと言う。


実はこの屋敷には使用人も知らない秘密の地下室がある。普段は魔法で閉じられていて、家族と家令以外は開けることができない。


ダニエルは周囲に人がいないことを確認しつつ、地下室に向かった。


『外れていてくれ!』と念じながら地下室に向かう真っ暗な階段を下りる。


そして、誰も使っていないはずの地下室の扉に新しい鍵がかかっているのが分かり、憶測が徐々に確信に変わる。


ドンドンドンと扉を叩きながら


「そこに誰かいますか!?」


と叫ぶと部屋の中でドンッと何かが倒れる物音がした。



(・・・間違いない)



と確信したダニエルは常識人なら誰でも取る行動を選んだ。


つまり、無理矢理ドアをぶち破り囚われていた女性を保護すると、王宮に通報したのである。

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