魔獣
ギャオッ!
ギャオッ!
どこからともなく咆哮が聞こえてきた。
((魔獣だ!!!))
エステルとロランに緊張が走る。
わずかに残っていた敵の男たちが恐怖に震え、我先にとその場から逃げ出した。
腰を抜かして立てなくなったリオンヌ公爵だけが
「お、おい!おい!待てっ!待ってくれ!俺を置いていくな!!!」
と情けなく叫んでいる。
ロランがユラリと立ち上がった。
首をコキコキと鳴らして、準備運動のように肩を回している。
「ロ・・・ロラン・・・?どうするの?」
さすがのエステルも恐怖に体が震える。魔獣と戦った経験なんてない。
「大丈夫だ。俺に任せろ!俺がちゃんとお前を守るから!」
ロランが安心させるようにニッと笑う。
その時・・・
「エステル様!!!ご無事ですか!?」
と森の周辺で待っているはずだったラファイエット騎士団がなだれ込んできた。
森の中心でものすごい爆発が起こったのでラファイエット騎士団が炎のあがった場所に突入してきたのだ。
ロランがチラッと目で合図を送ると、団長が頷いた。
「エステル様、私が護衛させて頂きますので、まずここから避難を・・・」
「え、え、でも・・・」
エステルが戸惑っていると背後から居丈高な声が聞こえた。
「おい!!!儂は公爵だ!!!そんな小娘よりも儂が優先だろう!!!」
リオンヌ公爵は自分がこれだけの惨事を引き起こしながら、まったく反省の色がないらしい。
ロランは冷たく
「そのおっさんはそこに放っとけ。運が良ければ生き残るだろう」
と言い放つと、ラファイエット騎士団に向かって
「おい!!!ラファイエット騎士団!!!行くぞ!俺について来い!!!」
と叫んだ。
それを騎士達が
「「「「「「「おう!!!!」」」」」」」
と勇ましく受ける。
炎の中から次々に狼に似た魔獣が現れ、勇猛果敢に戦うロランの後ろ姿と魔法の閃光が微かに視界に入った。
「さ、エステル様。お急ぎください!」
と団長に促されて退避しようとした時、エステルは近くに火傷で傷ついた鳥が飛べずに苦しんでいることに気がついた。
「Vulnera Sanentur!」
エステルは咄嗟に治癒魔法で鳥を介抱する。
すぐに元気になった鳥が飛び立っていった。
(良かった・・・)
それを見送っていた時、ぶすぶすとまだ火が燻る茂みの中からギャッッ・・ギャッという鳴き声が聞こえた。
茂みの中を覗き込むと小型のトラのような魔獣の仔が傷ついて動けないでいる。上顎の二本の牙が異常に長く鋭い。
魔獣の仔は火傷以外に、後ろ足を怪我しているようだ。立ち上がろうとするたびによろけて地面にひっくり返る。
エステルは静かに魔獣の仔に近づいた。
怯えた仔はシューッという威嚇音を立てる。
(怖がってる。当り前よね。可哀想に・・・)
魔獣に遭遇した時の対処法は学校の授業で習った記憶がある。
目を細めながらそろそろと腰を下ろすと、薄く目を開いたまま魔獣の仔と目を合わせた。そしてゆっくりと瞬きを繰り返す。
徐々に威嚇音が止まった。
(良かった・・・真面目に勉強しておいて)
と過去の自分を褒めつつ魔獣の仔の傍らに跪いた。
しかし、触れようとするとシャー!ギャオッ!と魔獣の仔が吠える。
吠えた後で傷が痛むのか再び地面に蹲る。
「・・・大丈夫よ。手当させてちょうだい?」
優しく話しかけながら手をかざして治癒魔法を使った。
真面目に勉強したエステルは当然ながら治癒魔法も完璧だ。
みるみるうちに魔獣の仔の火傷と傷は回復し、すぐに立ち上がれるようになった。
ギャンギャンっと鳴く仔は喜んでいるようだ。そのまま逃げるかと思いきやエステルの周りをクルクルと回り続ける。
「エステル様!ここは危険です!」
と団長はエステルに退避するよう説得を続ける。
「ごめんなさい・・・でも、他にも怪我をしている動物たちがいるかもしれない。だから、お願い・・・」
エステルが祈るように懇願すると、団長は諦めたように肩をすくめて大きく溜息をついた。
「仕方ありません・・。でも、これ以上危なくなったら俺は貴女を抱えて逃げ出しますからね!」
「ありがとう!」
と言うエステルの笑顔は、髪がボサボサで顔が煤でところどころ汚れていても世界一美しいと団長は思った。
(この方だからフレデリック様は変わったのだな)
と団長は納得した。
エステルはまだ煙が燻る森の中を歩き回ると、必死に動物や魔獣たちの怪我を治していく。
団長は忠実に彼女の後について回り、危険が迫らないように護衛に徹することに決めた。
最初に助けたトラ型魔獣の仔は逃げずにエステルについて回っている。ひどく懐かれたようだ。
一方で、魔獣VSロラン+ラファイエット騎士団との激闘は続いている。
ロランの強さは目を瞠るものであった。
スピードだけでなくパワーもすごい。
魔法を使って木のてっぺんの高さまで平気で跳躍できる。
リオンヌ公爵は相変わらず腰が立たないらしく、這いつくばって被害のない安全な場所に逃げようとしている。
自分の責任でこんなことになっているのに・・とエステルは腹立たしい気持ちを飲み込んだ。
その時・・・・
グワワワワワワッ
という恐ろしい鳴き声とズシンズシンという地響きが伝わってきた。
トラ型魔獣の仔をそのまま大きくしたような魔獣が現れた。
少なくとも体長五メートルはある。
トラが吠えた。
グワワワワッ・・グワッ、グォッ!!!
しかし、ロランは全く引かない。
彼の強さは凄まじく、完全に魔獣を圧倒している。
きゅうっ!きゅうっ!
と仔が鳴いた。
その瞳は心配そうにトラ型魔獣を見つめている。
(あの魔獣はこの仔の親なのかもしれない)
ロランが魔獣に向かって魔法を掛けると、魔獣が動けなくなる。
そこに大きく剣を振りかぶってロランが切りかかった。
(ダメっ!!!!!)
エステルは咄嗟に魔獣を庇って、手を広げて立ちはだかった。
直前でロランの剣が止まる。ゼイゼイを荒く息を吐くロランの目は血走っていた。
「っ!!!エステルっ!!!おまっ!なんて危ないことをっ!!!自分が何をしているのか分かってんのか!?」
「殺しちゃダメっ!!!!!悪いのは勝手に住処に入り込んで森をめちゃめちゃにした私たちでしょ!?」
「俺たちは何もしていない!悪いのは・・・!」
と言いかけた時に魔獣の動きが元に戻り、今度はエステルに牙を剥いた。
咄嗟に防御の結界を張ったエステルだが、その前に彼女を守るようにトラ型魔獣の仔が飛び出した。
それを見て親の魔獣の動きがピタッと止まる。
仔が何かを必死に訴えるようにきゅうきゅうっと喚いている。
それを聞いていた親の魔獣の目がどんどん落ち着いていった。
少なくとも先程のような敵意の籠った血走った眼ではない。
澄み切った金色の瞳が刺すようにエステルとロランを見つめる。
(・・・こちらに敵意はないと分かってくれたのかも)
魔獣は空気が震動するような大きな咆哮を放った。
それを聞いて他の魔獣たちが動きを止める。
魔獣と戦っていたラファイエット騎士団の面々も戦いを止めた。
「・・・へぃ、助かったぜ・・・」
と苦み走った騎士団長が呟いたのが聞こえた。
静寂が空間を支配する。
その時・・・
醜い怒声が穏やかな静寂を破った。
「おい!!!何をやってる!?ぐずぐずしてないで、さっさと魔獣どもを始末しろ!!!!!」
リオンヌ公爵が地面に這いつくばったままエラそうに命令する。
その手にはまだバズーカ砲を握りしめているが、もう砲弾はないようだ。
仔が再度何かを親の魔獣に耳打ちすると、穏やかに澄み切った親魔獣の眼が再び憎しみに赤くなった。
長い牙を持つ気高い魔獣は、スタッとリオンヌ公爵の近くに移動すると腰が抜けて立てない男の襟首に牙を通して、ひょいと持ち上げた。
「お、おい!!!何をする?!は、離せ!!!た、たたたたすけてくれ!!!!!」
と叫ぶ男を無視して、魔獣はドドドっと去って行った。
それに続いて他の魔獣達も退却する。
最後に魔獣の仔が尻尾を振ってエステルたちに挨拶をしながら走り去った。
リオンヌ公爵の恐怖に満ちた叫び声が遠くから響いてくるが、正直助けに行こうという気持ちが起こらないエステルに同調するように
「ま、殺されはしないだろう。せいぜいちょっと遊ばれるくらいかな。殺すつもりだったらとっくに殺してるはずだ」
とロランが呟いた。
*****
苦み走った騎士団長は体力を限界まで使い果たしたエステルを抱えて森の外に出ると、そっと地面に降ろした。
「エステル様、大丈夫ですか?お怪我は・・・?」
「だ、大丈夫。でも・・ルイーズが・・・」
ルイーズのことが心配で涙がほろりとこぼれた。結局身代金を入れたカバンも失くしてしまった。どうしたら彼女を救えるだろうか?
「そ、それに・・ココとミアは?二人はフレデリックと一緒だから無事なのよね?!」
(さっきの二人の声は偽物・・・には聞こえなかったけど、でも、二人が誘拐された訳じゃないのよね・・・?)
色々な不安が押し寄せて、涙が止まらなくなった。
(二人にもしものことがあったらどうしたらいい?)
その時・・・
「エステル殿下!!!」
という声が聞こえて、顔を上げると馬に乗った十数名の騎士達が現れた。
全員が近衛騎士団の制服を着ている。
先頭の騎士が馬を降りてエステルに駆け寄る。
「エステル殿下。ご無事で良かった。ルイーズ嬢は無事に救出されました。また、ラファイエット公爵邸に侵入した賊も全員捕えました」
「あ、あの!ココとミアは!?」
「双子のお嬢様方もご無事です!」
という言葉にエステルはへなへなと地面にしゃがみこんだ。
エステルの胸に載っていた重い鉄の塊が無くなったように感じた。
安心したら益々涙が止まらなくなる。
ヒクッヒクッとしゃくり上げながらエステルは「よかった・・よかった・・」と嗚咽した。
ロランと団長が、近衛騎士団に事情を説明している。
「承知した。この現場は近衛騎士団が後を引き継ぐ。貴殿らは公爵邸に戻って構わない」
「あの!どうか魔獣を攻撃しないで下さい。私たちが彼らの住処を滅茶苦茶にしてしまったんです!」
と泣きながら訴えるエステルに近衛騎士は好ましそうな視線を向ける。
「殿下。承知しております。出来るだけ魔法で森を修復するように努力しますし・・・・ついでにリオンヌ公爵も探しておきます」
ウィンクしながら告げる騎士にエステルもつい微笑んだ。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭って真っ暗な空を見上げると星が綺麗に見えた。
*この後は違った人の視点からネタばらしです(#^^#)




