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犯人


暗い森の中でフクロウがホーッホーッと鳴く音が聞こえる。


『呪いの森』は王都の北方に位置しており、その周辺には無人の平原が広がっている。


そこに棲む魔獣は手出しをしない限りは人に害を与えることはないと言われている。


だから人々は決して森に入ろうとはしないし、王宮魔術師が強い結界を周囲に張って誰かが侵入しようとすると警告音が鳴る・・・はずだ。


しかし、この日エステルやラファイエット騎士団が森の入口に近づいても結界はまるで感じられない。警告音もない。


これだけでも犯人が王宮内で影響力のある人物だと分かってしまう。


エステルはウンザリした顔で溜息をついた。


ピッタリと寄り添っていた黒い大型犬が心配そうに彼女の顔を見上げた。


エステルが犬の滑らかな背中を撫でる。


「ロラン。ごめんね。大丈夫よ」


と声を掛ける。


そう。この犬。実はロランが魔法を使って化けたのである。


ロランはそっとエステルの手を舐めた。緊張で手が震えているのがバレたのだろう。


『大丈夫だ』と安心させるようなロランの澄んだ碧眼に気持ちが少し落ち着いた。


手紙には『呪いの森に身代金を持って来い』と具体的な座標も示されていた。


座標に示された場所はちょうど森の入口とも言うべきところで、エステルはロランやラファイエット騎士団と一緒に所在なくそこで待っている。


既に一時間以上は待っている。真夜中に近くなり、森の中の漆黒が益々濃くなった。


(どうしよう・・・このまま待って何も起こらなかったら?ルイーズは・・・?)


エステルが不安に押しつぶされそうになった時、どこからともなくウィーンという機械音が聞こえてきた。


視線を上げると真っ白な球体が森の中からコロコロと目の前に転がり出る。


(えーっと、これは・・・魔道具?・・・ボール?・・・ロボット?)


その球体はエステルの前でピタリと止まり、その上部にカメラのレンズのようなものが浮かび上がった。


ラファイエット騎士団が彼女を庇うようにボール型魔道具の前に立ちふさがる。


カメラっぽい部分がウィーンと動くとレーザーポインターのような光を発した。その光がエステルの顔のところでピタリと止まる。


「・・・エステル・・・」


とロボットが突然喋った!


不自然な機械音だが明らかにロボットから発せられた声だ。


(すごい・・カメラとスピーカーがついていて遠隔操作ができる最新式の魔道具だ。この魔道具は今私が持っている身代金よりも遥かに高いだろう。ホント・・・・・バカじゃないの!?バカ!バカ!バカ!)


騎士達がロボットに剣を向けるが、恐らくその魔道具は使者のような役割だろう。


危害を加えるとは思わなかったので、騎士達に大丈夫だと合図を送る。


騎士達が下がり、エステルはロランと一緒にロボットの正面に立った。


ロボットはジジジジっとカメラ部分から光を発してエステルの全身をスキャンした。武器を隠し持っていないか確認しているようだ。


「耳ト首ニツケテイル・・魔道具ヲ外セ」


通信用のイヤホン型魔道具と録音用ネックレスを指摘されて、エステルは素直にそれを外した。


イヤホンは騎士団長に手渡し、ネックレスはさりげなく石に魔力を籠めてロランの首にかける。


騎士団長が何か言いたそうにしたが、エステルは目でそれを制した。


その後、もう一度スキャンをした後に


「・・・エステルだけツイテ来イ。後ヲツケル者ガイタラスグニ人質ヲ殺ス」


と言ってボール型ロボットは森の中に向かって転がりだした。


エステルとロランが森に足を踏み入れると、ロボットがクルリと振り向いた。


「犬はダメだ。エステルだけツイテ来イ」


ロランはガルルルッと唸り声を出して威嚇するがロボットはどこ吹く風だ。


(仕方ない。従うしかないか)


私がロランに向かって笑顔で頷くと、彼は世にも情けなさそうな顔をして地面に座り込んだ。


そして、今度こそエステルは一人でロボットについて暗い森の中に足を踏み入れた。


ほとんど人が入ったことのない深い森は茂みや蜘蛛の巣が至るところにあり、暗い中では歩くのも大変だ。


ロボットが発光しているので、その光で足元を確認しつつ辛うじて進むことができる。


身代金のカバンが枝に引っかかりもたついていると、ボールはじっと彼女が動き出すのを待っていた。


しばらく歩くと木々が少ない開けた場所に出る。




そこには黒いマントで全身を覆い隠した数十人の人間が音もなく立っていた。




ホーッ、ホーッとフクロウの鳴き声が聞こえる。


ビクリと顔を上げると、ちょうど近くの木の枝に灰色のフクロウがとまっていた。



ふぅ~っと深呼吸をしてエステルは彼らに向かって仁王立ちになった。


恐怖を抑えつけて堂々と地面に足を踏ん張る。


「身代金を持ってきました!ルイーズを返しなさい!」


自分でも思っていた以上に凛とした声が出た。


マントを深く被った男たちが一瞬たじろいだのが分かった。


しかし、真ん中にいた男が


「見上げたものだ。たった一人で夜中にこんな森の中にやってくるなんて。その度胸だけは褒めてやろう」


と言った。


素性を誤魔化すためか合成音のような不自然な声だったが、エステルの耳には父親の声だと判別できた。


(お父さま・・・やっぱりフレデリックの言った通り。なんて愚かなことを・・・)


「お父さま!お父さまですね!?リオンヌ公爵ともあろうお方がなんてことを!?伯爵令嬢を誘拐するなんて重大な犯罪です!リオンヌ公爵家が取り潰されても宜しいのですか?!」


父親らしき人影は狼狽したように周囲を見回したが、誰も彼の方を見ようとしない。


その男は結局肩をすくめてフードを外して顔を見せた。


やはりリオンヌ公爵だ。


当然か。


「ああ、さすがにお前は分かるか。まったく・・・エラそうに。父親に対する尊敬の念もないのか。この親不孝者が!」


「身代金はここです。早くルイーズを解放して下さい!」


「ははっ、我々の目的は金ではない。フレデリックのせいでお前に会えなかったからな。感動的な親子の再会だ。お前の返答次第では家に戻ってくることを許してやろう。誘拐なんて大袈裟な言い方をするな。伯爵令嬢は無事だ。親にも金を握らせれば満足するだろう。事件にはなるまい」


父親の勝手な言い分を聞いてエステルは心底情けなくなった。


「どこまで頭がスカスカなんですか!?確実に脳みそ入ってませんよね!?あなたと血がつながっているのが心底恥ずかしいです。事件にならないはずがないでしょう?私が通報しますから!さっさとルイーズを返して下さい!」


それを聞いて父親の顔が怒りで紅潮した。


「このっ!生意気な!!!」


と拳を振り上げようとするのを隣にいた男が止めた。


「閣下・・・まずはお話をすることが先決かと・・・」


「・・・っ!ふん・・・まぁ、いい。エステル。ルイーズはここにはいない。お前が俺たちの言うことを聞けば解放してやろう。まずお前は王太女の立場を返上しろ。そして、パスカルを王太子にするよう女王を説得するのだ!」


「私は王太女の立場を返上するつもりです。しかし、パスカルが王太子になることは絶対にありません!」


今度は激高しないように自分でも気をつけているらしい父親が猫なで声を出した。


「・・・エステル。おお、エステル。それはエライな。自分でも能力がないことにようやく気がついたのか。それが進歩の第一歩だ。しかし、パスカルは申し分ない素晴らしい国王になる。なぜダメなのか聞かせてもらおうか?」


「・・・彼よりもずっと相応しい人がいます!」


「なんだと!?フレデリックか?・・・まさかダニエルなどと言うのではあるまいな!?パスカル以上に王太子に相応しい人間はいない!!!」


「どうぞご勝手に。私には関係のないことです!私に王太子を決める権限などありません!」


「なにをっ・・・生意気な!!!いいか!?お前には儂の言うことを聞いてもらう。さもなくば・・・」


父親が醜く顔を歪ませた。

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