作戦
「フレデリックの作戦は?」
エステルがエメラルドのように煌めく瞳をフレデリックに向ける。
「僕としてはまず、コッソリ王宮に通報したいんだが・・・」
「ダ、ダメよ!それはダメ!お父さまが絡んでいるんなら、王宮に寄せられる通報には絶対に目を光らせているわ。どんなささやかな動きでも筒抜けだと思う。ルイーズに万が一のことがあったらご両親に申し訳が立たない!」
「うーん、ま、そっか。確かにな・・・。彼女がどこに監禁されているか分かれば、直接そこに攻め込むんだが・・・。それを調べる時間がない。確信が持てないと難しい・・・か」
フレデリックは腕を組んで考え込んだ。
「彼らはルイーズを殺すほど愚かではない、と思う。それにエステルに危害を加えたら元も子もないことは認識しているだろう。だが『呪いの森』に行くこと自体が危険だ。あそこには魔獣が棲んでいる。魔獣との戦闘経験がある騎士は王都近くだとそれほど多くない」
「そうね・・・魔獣は辺境に多く棲んでいて王都の近くでは数が少ないから」
「ああ、だからロランにうちの騎士団を率いて君の護衛として行ってもらうことにする」
「・・・ロラン!?」
「ロランは辺境の地で何度も魔獣と戦った経験がある。悔しいがあいつが一番適任なんだ。僕よりも、うちの騎士団長よりも彼が一番強い」
エステルは、フレデリックがロランについて語っていたことを思い出した。
「それにロランはシェイプシフターだ」
そう言って彼はニヤリと笑う。
「君に化けてもらって代わりに身代金を届けてもら・・・」
「いえ、それはダメです!話をしたらきっとバレますし、表情や仕草も違います。それに、私が責任を持って自分で行きたいんです」
フレデリックはふぅっと溜息をついた。眉間の皺を指で擦る。
「君の父君も兄君もそんなに洞察力に優れたタイプではないと思うが、君がそう言うなら・・・。ロランには犬にでも化けてもらうか・・・」
「そうね。それで双子は・・・?」
「僕が双子につきっきりで守るよ。安心して欲しい。僕達の最優先事項はココとミアだ。絶対に彼女たちを危険な目に晒すようなことはしない」
力強いフレデリックの言葉にエステルは胸が詰まった。
「あ、ありがとう・・・」
「僕にとっても大切な妹、家族だ。何があっても彼女たちに指一本触れさせないと誓う」
それを聞いたエステルは我慢できずにフレデリックの首に抱きついた。
「フレデリック!ありがとう!愛してる!」
それを聞いたフレデリックは目を白黒させていたが、エステルの言葉の意味をゆっくりと理解すると顔を紅潮させて、世にも幸せそうな表情で彼女の背中に腕を回した。
「僕もだ」
*****
限られた時間の中でラファイエット公爵邸では、皆が忙しく準備に明け暮れている。
フレデリックは金に糸目をつけず様々な魔道具を購入したようだ。
「うぉっ!?すげーな!これ、めっちゃ高いんだぞ!」
ロランが興奮したように叫んだ。彼は辺境生活のせいか、言葉遣いが大分荒くなった。でも、不思議と昔の気取った話し方よりも好感が持てる。
彼が手に取っていたのはイヤホン型の通信用魔道具だ。
十キロくらい離れても音声が届くので、エステルが森に入っていく間にその魔道具で周辺に控えている騎士団長と連絡が取れるようにするためだとフレデリックが説明した。
「辺境軍でもこれは使っていたけど、高価だから壊すとなかなか新しいのを買ってもらえないんだ。さすがラファイエット公爵、太っ腹だねぇ!」
「公爵家の財産を使ったわけじゃない。僕の私財から出したんだ」
フレデリックが魔道具の機能を確認しながら無造作に答える。
「よし・・・大丈夫だ。エステル。森の中に入ったら常に騎士団長と連絡を取り続けるように。ああ、僕とも通信が出来たらいいのに・・・」
「呪いの森は何十キロも離れているので無理ですよね」
「ああ、ここからだとせいぜい王宮と繋がるくらいか・・。便利なようで役に立たないな」
苛立ちを隠せないフレデリックの肩にエステルは額を寄せた。
(彼が苛立っているのは私のことが心配だから・・・)
「心配かけてごめんなさい」
と謝るとフレデリックは片手でエステルを抱きしめた。
「出来たら僕が君を守りたい」
「分かっています。でも、私にとって一番大切なのは・・・」
「・・・僕は君の大切な人を守る。だから、君は僕の大切な人を守って欲しい。君のことだ。君は僕のすべてだから・・・絶対に無茶をしないと約束して?」
「はい・・・」
フレデリックは相変わらず顔が赤くなるようなことを平気で言う。
「ラファイエット騎士団は、団長も含めてほぼ全員を森の周辺に配置させる予定だ。ロランもいるし、君が危険な目に遭うことはないと思うが・・・」
「はい。でも・・・ラファイエット騎士団が出払ってしまったら公爵邸の警備が緩くなりませんか?」
「それが狙いだからね。犯人たちが双子を誘拐しようと屋敷に侵入してきたら、奴らを一網打尽にする。僕はココとミアと一緒に居て、必ず彼女たちを守るから信じて欲しい」
当日何が起こるのかエステルは詳しいことを聞かされていない。
フレデリックは一日中忙しそうに動き回っているので、エステルは邪魔をせずに自分の役割を果たすことに集中しようと決めている。
その時フレデリックがキラキラ光る緑色の石のついたネックレスをエステルの首にかけた。
「エステル。これは録音機能のついた魔道具だ。一度魔力を籠めると長時間録音が出来る。森に入る時に録音を始めてくれ」
エステルはその石を握りしめて「分かったわ!」と頷いた。
そんな彼女を愛おしくて堪らないという顔で見つめるフレデリック。
「エステル・・・。今は全てを君に打ち明ける時間がない。でも、僕を信じてくれるか?」
「はい。何があっても」
フレデリックがエステルの唇にそっと唇を寄せる。感覚が過敏になっているのか、軽く触れるだけの口づけなのに思いがけず熱い吐息に反応して体が震えた。
(絶対にココとミアを守ると言うフレデリックの言葉に嘘はない。彼を信じよう。ルイーズ、どうか無事でいて)
エステルは心の中で祈った。




