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誘拐


ルイーズ・ド・コリニー伯爵令嬢が乗る馬車が襲われて、彼女が誘拐された。



その知らせはコリニー伯爵夫妻から直接エステルにもたらされた。


コリニー伯爵夫妻、つまりルイーズのご両親はやつれた顔で目を真っ赤に腫らしてラファイエット公爵邸にやってきた。


緊急の事案だと告げられ、フレデリックとエステルは面会することにしたのである。


事件のことを聞いてエステルは衝撃で胸がえぐられるような気持ちがした。ルイーズの闊達な笑顔を思い出すと心配のあまり息が苦しくなる。


コリニー伯爵夫妻は二人と向かい合って座るとボロボロと涙を流した。


「・・・こんなに突然に・・大変申し訳ありません。でも、ルイーズが何者かに攫われてしまったんです」


事情を聞くと、ルイーズの乗る馬車が人気ひとけのない場所で覆面の男たちに襲撃されたという。


護衛の騎士や御者は倒れているところを発見されたが、ルイーズの行方が知れない。


ルイーズの手がかりは全くない。


両親が王宮に通報しようとした時に紙飛行機型の手紙が届けられたという。


その手紙を渡されたフレデリックとエステルが目を通すと


・当局に通報はするな。

・三日後の夜十時にエステルが一人で身代金を『呪いの森』に持ってこい。

・破った場合はルイーズの命はない。


ということが書かれていた。


「どうか・・・どうか娘を助けて下さい!」


と泣き崩れるコリニー伯爵夫人を見て、フレデリックは眉をひそめた。


夫人に比べるとまだ冷静さを保っている伯爵が


「身代金は用意しました。こんなお願いができる立場にないのは分かっています。しかし・・・どうか、この身代金を持って『呪いの森』に行って頂けないでしょうか?」


と懇願する。


「貴殿は『呪いの森』が、魔獣の潜む危険な場所であることを知っているだろう?何の関係もない王族のエステルに危険極まりない場所で身代金の受け渡しをしろというのか?」


フレデリックが怒りを露わにする。


「無理なこと、理不尽なこと、酷いことをお願いしているのは百も承知です。まことに・・・まことに申し訳ありません。しかし、ルイーズは私どもの宝です。万が一当局に通報して娘の命が危険にさらされたらと思うと・・・。お願いします!どうか彼女の命を救って下さい!!!」


「どうか、どうか娘を・・娘を助けて下さい!お願いします!」


涙ながらに床に跪いて土下座を始めた伯爵と夫人を見て、エステルは否とは言えないと思った。子供を想う親の気持ちは痛いほど分かる。


(考えたくもないけど、万が一双子が誘拐されたら・・・私だってどんな手段を使っても助けて欲しいと願うだろう。私が行くしかないわ!)


そんなエステルの様子を見て、フレデリックは諦めたように溜息をついた。


「犯人の見当はついています。この件について全面的に僕に任せて頂けるなら、エステルが身代金を届けるのを認めましょう。責任は僕が全て取ります」


フレデリックの言葉に伯爵夫妻は呆けたようにポカンと口を開いた。


「今・・なんとおっしゃいましたか・・・?」


「犯人の見当がついているなら、すぐに捕まえて・・・」


エステルも驚きで言葉を失ってフレデリックを見つめた。


それにフレデリックは王族を危険に晒す責任も自分が取ると明言したということだ。自分のせいで彼の立場が悪くなったら・・・とエステルは不安になる。


三者の反応を見て、フレデリックは苦笑した。


「確実な証拠がないと捕まえられません。ですから、罠を張ります。僕に一任してもらえますか?必ずルイーズを助けますから」


「そんな風に約束して大丈夫なの?」


ヒソヒソ声でフレデリックの耳元に囁く。


彼はウィンクをしながら「多分大丈夫」とエステルにだけ聞こえるような声で言う。


(『多分』って・・・)


相変わらず心配の種が尽きないエステルであった。



*****


コリニー伯爵夫妻は何度も頭を下げながら帰っていった。


二人きりになってから、フレデリックはおもむろに口を開いた。


「誘拐の首謀者はリオンヌ公爵だよ。パスカルも共犯だと思う」


その言葉を聞いてエステルの顔は青ざめた。


「え!?まさか・・・どうしてお父さまとお兄さまが伯爵令嬢誘拐なんて・・・?」


フレデリックは慰めるように彼女の頭を撫でた。


「君のご家族を疑ってごめんね。でも、僕なりの情報源もあるんだ。身代金の受け渡しにエステルを寄こせ、というのはエステルと接触したい人間だろう。そして彼ら以上に君に接触したいと望んでいる人間はいない。最近は業を煮やしたのか、この屋敷にまで侵入しようとしている」


「護衛の騎士が増えたのは気がついていたけど・・・そのために?」


彼はコクリと頷いた。


「犯人の目的を考えてみよう。金が目的のはずがない。金が目的だったら、名指しで君を巻き込む理由がない」


「そうね・・・」


「だから、君自体が目的なんだ。君と接触したいから君の親しい友人を誘拐したと考える方が自然だろう」


その言葉にエステルは衝撃を受けた。


「えっ・・・では、ルイーズが誘拐されたのは私のせい・・・」


「いや、違う。悪いのは犯人だけだ。犯人のせいで誘拐が起こったんだ。いいかい?自分を責めるようなことはやめるんだよ」


フレデリックの優しい微笑みにエステルは涙ぐんだ。


(なんでこの人はこんなに私の気持ちを汲んでくれるんだろう・・・)


思わずフレデリックのシャツの袖を摘まむと彼がギュッと手を握る。


「なぜエステルと接触したいのか?リオンヌ公爵の場合、動機は明らかだよね。パスカルを国王にして権力を振るいたいんだ」


(それは・・・ありそうなことだ)


自分の父親の性格を思い出す。


「今、次の国王を決める鍵を握っているのは君だ。少なくとも彼らはそう思っている。だから、王太女を辞退してパスカルを国王にするよう君に女王を説得して欲しいというところだろうね」


エステルは深く溜息を吐いた。


「そんなの・・・バカだバカだと思っていたけど、そこまでバカだったなんて・・・。ロランだっているし、私の一存で国王が決まるわけないのに」


「勿論、彼らはロランが戻ってきた事実を知らない。それに僕たちが女王や国王という地位に興味がないということも分かっていない。人間は皆、自分の価値観で人を判断する。国王になりたくない人間なんているはずないと思っているんだ」


(・・・ああ、フレデリックの言う通りだわ。でも、そこまでバカだったなんて。どこまで落ちれば気が済むのかしら・・・)


エステルは絶望した。


「犯人が狙うシナリオは二つ考えられる。一つ目のシナリオ。君が身代金を持って『呪いの森』に行く。『呪いの森』は魔獣が出るので立ち入り禁止になっているし、地元住民も恐れて近づかない。誰にも聞かれずに悪だくみするには最適の場所だ。そこでパスカルを王太子にするよう君に要求する。ただ・・・そうすると自分たちの犯罪がバレる。伯爵令嬢の誘拐は当然ながら重罪だ。それに確実に君が約束を果たす保証はない」


「そうよね。人質を取り戻した後、私は約束を反故にすることだってできる。通報すればあっという間に捕まるわ」


「ああ、だからリオンヌ公爵は契約魔法を使うだろう・・と僕は読んでいる」


冷静に言うフレデリックだが、エステルの顔は緊張で強張った。


「契約魔法!?でも、それって禁呪・・・違法になっているのよね?」


「ああ、魔法で契約を交わし契約者に『死』という代償を課す。契約を破ったら契約者は死んでしまう。危険な魔法なのでヴァリエール王国では長きにわたり禁忌とされている」


(前世で親から『死んでも連帯保証人にはなるな』って言われていたけど、それより酷いわよね。本当に死んじゃうんだから)


エステルはふと前世の両親の顔を思い出した。


「ルイーズを人質にされて君は契約魔法を結ぶかい?例えば『他言することなくパスカルを王太子にするよう進言せよ』とか『必ずパスカルを王太子にしろ。誰にも言うな』とか、そういう契約が考えられるよね?」


「・・・正直躊躇するかもしれない。それよりルイーズを助けるための他の手段を考えると思うわ」


「そうだろう。だけど君の場合どんな内容だったとしても、助けるためなら躊躇なく魔法契約を結ぶ人間がいるだろう?」


エステルの全身から血の気が引いていくような気がした。


「ココとミア・・・?」


エステルの声が掠れる。彼女にとってまさに一番の急所と言っていい。二人を人質に取られたら、確かにどんな魔法契約でも迷わず結ぶだろう。


突然不安が襲いエステルは過呼吸気味になった。フレデリックが慌てて彼女の背中を擦る。


「エステル。大丈夫だ。ココとミアは僕が必ず守る」


力強く断言するフレデリックの頼もしさにエステルは心から感謝した。


瞳を潤ませながら


「ありがとう。フレデリック。私たち、あなたに助けられてばかりね」


というエステルを見て、頬を染めるフレデリックは照れ隠しのようにコホンと咳払いをして先を続けた。


「それが考えられる二つ目のシナリオ。君が身代金の受け渡しに行くと、僕たちの注意が嫌でも君に引きつけられるだろう。それが犯人の狙いかもしれない。ココとミアはラファイエット公爵家で厳重に守られているが、そのガードが下がると犯人は考えるかもしれない」


「・・・真の狙いはココとミアだというの?」


「本当に君を操りたいなら、それが一番効果的だ、と犯人だったら考えるんじゃないかな?だから、僕はこの二つ目のシナリオが正解じゃないかと思う」


エステルはフレデリックの言ったことをじっくりと考えた。


そして、自分の父親と兄のことを考えた。


自分の肉親を疑うなんて失礼だ、などとは全く思わない。


正直、彼らならやりかねない、とエステルも考える。


「そうね。常に最悪の事態を想定して準備をするべきよ。二つ目のシナリオに備えましょう。フレデリックの作戦は?」


エステルは腹を決めた。

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