保護観察
*本日二度目の更新です!
「エステル、そなたには心から感謝している。幼い頃より文句ひとつ言わずに厳しい妃教育に耐えてくれた。公爵令嬢にロランの尻拭いまでさせてきたこと、心苦しく思う。その上で更にそなたに頼みごとをするのは厚かましすぎるという自覚もある」
エステルは女王が何を言わんとしているか分かるような気がした。
「陛下、もし私でお役に立てることがありましたら、遠慮なくお伝え下さい。私こそ返しきれないほどの御恩がございます」
「すまないのぅ。我らはエステルに甘えてばかりじゃ。どうか我らに叶えられる願いがあれば何なりと言うが良い」
王太后がわざわざ席から立ち上がり、エステルに向かって深く頭を下げた。女王は立場上、臣下に頭を下げる訳にはいかない。しかし、女王も目線を下げて頭を僅かに傾けた。それが謝罪と感謝の気持ちを示していることがエステルには伝わった。
「エステル、ロランに王太子教育を施してやってほしい。専属の家庭教師ということだ」
「・・・王太子教育」
「陛下!?なぜエステルがそんなことをしなくてはならないのでしょう?!」
フレデリックが立ち上がって抗議をする。
「私は廃太子を発表したが、まだ正式な事務手続きをとってはいない。次の王太子が決まるまで待つつもりだったのだ。だから、ロランは今でも形式上は王太子だ。エステルは女王になりたくない。フレデリックも王太子になりたくないのであろう?この場合、ロランを鍛え直して国王に相応しい人間にするのが一番丸く収まるのではないか?」
しかし、それを聞いてロランの顔が青ざめた。
「陛下。私は大きな間違いを犯しました。私は国王の器ではありません。人の上に立つ資格はないと思います」
しょんぼりと俯くロランを見てエステルは我慢ができなくなった。
「人は誰でも間違いを犯します。大切なのは間違いを認めて二度と間違いを犯さないようにすることではないでしょうか?今のロランに人の上に立つ資格がないとは思いません!」
「エステル・・・」
ロランの目に涙が浮かび、潤んだ瞳でエステルを熱く見つめた。
「残念ながら私には公務があり、自分でロランを教育するだけの時間がない。それにロランの真価が判別できるまで帰還したことを隠しておきたいのだ」
女王の言葉に『確かに・・』とエステルは頷いた。エステルが王宮に通っていた頃、早朝から深夜まで分刻みに予定が入っている女王の一日は自分とは比べ物にならない位の激務だったことを思い出す。ロランを教える時間はないだろうし、家庭教師を雇う訳にもいかないだろう。
「一度廃太子を宣言した以上撤回するのは容易ではない。まずはエステルやフレデリックから教えを請い、謙虚に学べ。その上で、小さなことで良い、コツコツと努力を積み上げて国民の信を得られるようにするのだ。国民の支持を得るための協力なら惜しまない」
女王の言葉にロランの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「陛下・・・。有難いご恩情。なんと御礼を申し上げて良いか分かりません。二度と陛下を落胆させることがないように精進致します」
ロランは真摯に跪いた。
それを苛立たしそうに見ていたフレデリックは女王を睨みつけた。
「何もエステルでなくても・・・」
まだ不満を口にするフレデリックだったが、女王は平然と言葉を続ける。
「ロランの処遇は、取りあえず保護観察というところだな。ロランの帰還は秘匿する。表向きはエステルの王太女の手続きに時間がかかっていることにしよう。ロラン。その間に自分の価値を証明してみせよ」
ロランは跪いたまま頭を下げる。
「王太子教育は、やはりエステルに任せるのが一番だ。私はエステルを王女にする。が、特別に婚約者であるラファイエット公爵邸で生活することを許そう。ロランは身分を隠し使用人としてラファイエット公爵邸で働く。仕事の合間に王太子としての勉強を教えてもらえ。その方がリオンヌ公爵家からも守りやすい。王家はエステルと双子の娘のために最大限の便宜を図ることを約束する。代わりにどうかロランを教え導いてやってほしい」
エステルには女王の懇願が本心からのように聞こえた。
女王には、ロランの婚約者になった時から厳しくも温かく見守ってもらった恩がある。エステルは子供の頃から実の母親にも憎まれていた。だから、王宮でたまに会う女王から褒められたり、笑顔を向けられたりすることが嬉しかった。
できたら女王の助けになりたい。
それに、リオンヌ公爵家の動向は心配だ。公爵家に連れ戻され、ココとミアと引き離される可能性がある。
あるいは逆にココとミアに近づこうとするかもしれない。それは最悪だ。彼らには双子に接触して欲しくない。
王女となり王家の後ろ盾があればリオンヌ公爵家の干渉を防げるだろう。
「陛下。私のような者で役に立つか分かりませんが、私で良ければご協力させて頂きます。フレデリック・・・ごめんなさい」
エステルが頭を下げると、フレデリックは諦めたように溜息をついて
「いいよ。僕は君の望むことに従うだけだ」
と優しく告げた。
エステルが養女、つまり王女になる事務手続きはほぼ終わっており、あとはエステルが署名をすれば正式に完了となる。
女王が手を叩くと事務官が必要な書類を持って来た。
それぞれの書類の説明を丁寧に受けた後
「それでは異議や質問がなければこちらに署名をお願いします」
と言われたエステルは深呼吸を一つして、自分の名前を書き込んだ。
これでエステルは正式に王女となった。王太女ではなく、まずは王女になったことは近く国民に発表される。
エステルは姿勢を正して女王と皇太后に礼をつくした。
「至らぬところも多いと思いますが、どうか宜しくお引き回しのほどお願い申し上げます」
真っ直ぐに新緑の瞳を向けるエステルの緋色の髪が光を通して金褐色に輝く。まるで生きた宝石のように輝くエステルの姿に『これぞ王女・・・』とロランが感嘆の溜息をついた。
女王と王太后が満足気に見守る中、
「エステル王女殿下」
そう言ってフレデリックが跪き、エステルの手の甲に唇を近づけた。




