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嘆願書


「エステル、つまりそなたは女王になりたくないというのだな?」


女王の問いにエステルは「はいっ」と明るく断言した。


「・・・誰もが王座に就きたいと思っているのに変わっているのぅ」


女王の隣に座っている王太后が興味深げに言った。


エステルとフレデリックは後継者について話し合いたいと王宮に呼び出され、女王と王太后の個人面談を受けている最中だ。


「陛下。私は王太女にも女王にもなりたくありません。私には何より大切な二人の子供がおります。女王という責任のある立場につくと『私』よりも『公』を優先しなければなりません。私は常に子供を最優先にしたいと考えています。そうすると王太女としての責務を全うできないでしょう。ですから、どうかご容赦頂きたいのです」


「それでは、お前は誰を推す?国王に相応しいと思うのは誰だ?」


エステルはしばらく考えこんだ。


「恐れながら、リオンヌ公爵家のパスカルは国王の器ではございません。常に自分の利益を優先する人です。ダニエルは資質的には良いものを持っていますが、まだ知識や経験が足りません。もちろん・・・これから学んでいけば良いと思いますが」


「なるほどな。フレデリックはどうだ?」


「フレデリック様・・・はもちろん、大変優秀でいらっしゃいます。既にラファイエット公爵領経営の実績や経験もありますし、三人の中では一番国王に相応しいかと思います」


エステルの言葉にフレデリックの顔色が変わった。


「エステル。僕は王太子にはなりたくない・・・」


「存じております。申し訳ありません。でも、陛下の質問には率直にお答えしないと・・・」


「そんな・・・」


というやり取りを興味深げに聞いていた女王がふっと微笑んだ。


「フレデリック。落ち着け。お前に決まった訳ではない。私はエステルの判断を信頼している・・・、だからこそ其方に聞きたいことがある」


「なんでございましょう?」


「恥ずかしいことだが、私はロランがあんなにバカだとは気がつかなかった。学院での成績はそれなりに優秀だったし、大きな問題を起こしたこともない。生徒会長まで務めていた。あれはお前がロランを助けていたのだな?」


「・・・はい。自分で言うのは大変おこがましいのですが、試験前にはつきっきりで勉強のお手伝いをしておりました」


「つきっきりで?」


と不穏な声でフレデリックが呟いたが、エステルは敢えて聞こえないふりをした。


「なるほどな・・・あいつの失敗はすべてお前が尻ぬぐいしていたのだな?」


「・・・はい。恐れながら・・・」


「エステル。やはり、次期国王の選定に関してはお前の協力が必要だ。協力してくれたらお前を王太女にする考えを改めよう」


エステルは驚いてフレデリックと顔を見合わせた。


「まことでございますか?私で役に立つのなら喜んで協力させて頂きます。ありがとうござ・・」


と言い終わらないうちにトントンとドアをノックする音がした。


「入れ!」


女王の声に全員の視線がドアに向かう。


扉が開いて見慣れた人物が入ってきた。


「・・・ロ、ロラン?」


ロランは神妙な顔つきで部屋に入ってくると、女王に向かって膝を折った。


「・・・お呼びでしょうか?陛下」


「ああ、座るがよい」


ロランはエステルとフレデリックに会釈をすると空いている席に腰かけた。


「ロランが見つかったという情報は秘匿している。リオンヌ公爵家に知られたら暗殺されそうだからな。ははっ」


(女王陛下の冗談が冗談に聞こえない・・・)


エステルは冷や汗をかいた。


「ロランは軍から脱走するという重大な罪を犯した。しかし、脱走するまでは辺境の軍で実直に働いていたそうだ。辺境軍の司令官からロランの廃太子撤回を嘆願する署名が届いた。辺境軍の士官、兵士全員が、ロランが王太子でいることを望んでいる」


ロランの目が赤くなって、彼は拳をギュッと握り締めた。


女王はそんなロランを片目で見ながら話を続ける。


「辺境で敵対国との国境を守る軍はこの国を支える非常に重要な存在だ。彼らは過酷な環境に耐え、国の平和のために戦っている。彼らの意見を軽んじることはできない」


女王は一息ついた。


「しかも司令官はもしかしたら自分の命令の意思表示が曖昧で、ロランが錯誤により軍を離れた可能性があると言っている。その場合は錯誤無効により逃亡罪は適用されない。ロラン。お前は辺境で愛されていたのだな」


女王はしみじみと呟いた。目が潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか?


上官が出した命令を誤解して受け取り、任務を遂行するために誤って軍を飛び出してしまったのであれば逃亡罪には当たらない。そんな見え透いた嘘をついてまでロランを庇いたいという司令官は余程ロランという男を買っているに違いない。


「またロランはエステルとの婚約破棄について正式に謝罪したいと申し出ている。ロランは改心したように思えるのだが、私の目はまだ曇っているのかもしれない。エステルはどう思う?」


「ロランには既に謝罪して頂きました。私はこれ以上の謝罪は望んでおりません」


エステルが慌てて言うと、ロランは彼女をじっと見つめて


「どれだけ謝罪しても足りないと思う。本当に申し訳なかった」


と深く頭を下げた。


その様子を見て女王が『ふむ・・』と考えた。


「エステル。今のロランをどう思う?」


エステルは慎重に言葉を選びながら答えた。


「辺境での軍役は彼に良い影響を与えたと思います。彼はおのれを見つめ直し、他人に対する思いやりの気持ちを学んだのではないでしょうか?今後の努力次第では良い君主になる土台ができたのかもしれないと感じます」


「今後の努力次第で・・・な?」


女王がニヤリと笑いフレデリックが『しまった!』という顔をした。


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