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和解


居酒屋の朝は比較的のんびりしている。マットが料理の仕込みに来るまでにはまだ時間があるし、エステルは厨房で朝食の支度を始めた。


するとロランが躊躇いがちにおずおずと厨房に入ってきた。


「おはよう。いい匂いだな」


と言いながら従業員用の椅子に腰かける。厨房にも賄い用のテーブルと椅子があって、エステルたちは普段はそこで食事をとっている。


そこに双子がパタパタと足音を立てて走ってきた。


「「おはよう!ママ!」」


ハキハキと挨拶をした後、見知らぬ男性がいることに気がついた双子は興味津々でロランをガン見した。


何故か野生動物に迫るかのようにじりじりと間合いを詰めるココとミア。


何故か幼児に追い詰められる元王太子。


「あなたはだれ?」


キラキラと瞳を輝かせるココの質問にロランは怯えたように


「えー、俺はロランという。君のお母さんの古い友達だ」


と答える。嘘ではない。


「ふーん。こいびとだったの?」


ミアの言葉にエステルは飲んでいたお茶をぶーっと吹き出した。


「ち、ち、ちっ、ちがうわ!」


真っ赤になって動揺を隠しきれないエステルにロランはクスクスと笑った。


「エステルは案外可愛いところがあるんだな。隙のない完璧すぎるくらい完璧な女性だとずっと思っていた」


「私は完璧とは程遠いけど、昔はずっと緊張していたかも。周囲の期待に応えるために常に完璧でいなきゃいけないって自分に言い聞かせていたわ」


「そうだったんだな・・・俺は本当に何も分かっていなかった。バカだな・・・今になって気がつくなんて」


ロランが哀しそうに言った。


「それより朝御飯にしましょう!ココ、ミア、この人はママが学生だった頃のクラスメートのロランよ。久しぶりに遊びに来たの」


「「ふーん」」


ココとミアはどことなく疑いの目を持って二人を見つめている。


双子が何かヒソヒソ話し合っているのが怖い。


何も悪いことをしていないのに何故か後ろめたく感じたエステルは誤魔化すように鼻歌を口遊みながら朝食をテーブルに並べた。


細かく刻んだベーコン、野菜、キノコがたっぷり入ったオムレツに焼き立てのパン、それに香り豊かなコーヒーを添えただけのシンプルな朝食だが、ロランは目をキラキラと輝かせている。


「エステルは料理が上手だったもんな。・・・あの頃はそんなことにも気がつかなかったけど」


どーんと暗く落ち込んだロランの頭を、双子が手を伸ばして撫でようとしている。


ロランが嬉しそうに双子の手が届くように屈むと、ココとミアは得意気に彼の頭をぽんぽんと撫でた。


「元気だしてね?」


「だいじょぶよ。ママのごはんはとてもおいしくて元気がでるわ」


と言うココとミアに、ロランは目を潤ませて破顔した。こんなに純粋で明るいロランの笑顔を見るのは初めてだ。


「君たちは優しいね。きっとママのように大きくなったら素晴らしい女性になるね」


と言うロランに双子は満足気に頷いた。


朝食をとりながらロランは何度も「美味い!」を繰り返す。


(昔は私が料理を作っても『当然』とばかりにエラそうに食べていたのに)


感慨深く思い出しながらエステルはロランに今までどうしていたのかを尋ねてみた。


「ああ、セシルに会いに行ったんだ。でも、彼女は俺に会いたくなかったみたいで・・・」



『妃教育なんてバカみたい』


『あんたみたいな男に引っかかったおかげで一番高く売れる若い時期を無駄にしたわ!』


『わざわざエステルを陥れてまで手に入れる価値のある男じゃなかった!』


『もっといい男を選べるはずだったのに!変な悪評が回って、みんなあたしを敬遠するようになっちゃったのよ!ぜんぶあんたのせいよ!』


『あたしの人生をめちゃくちゃにしたのはあんたよ!二度とあたしの前に顔を見せないでちょうだい!』



セシルから罵られた言葉が今でも胸に突き刺さる。


(しかも『エステルを陥れた』と言っていた。つまり・・・エステルは罠にはめられたってことだ・・・俺はまるで道化だな。バカ過ぎて笑えてくる)


ロランの表情が翳った。


「俺は心底彼女を愛していたし、運命の女性だと信じていたんだけどな。はは・・その後は・・生きる気力が無くなってよく覚えていない。ただ、彼女を盲信したのは間違いだったと気づいたんだ。だからお前に謝らなきゃって・・・いきなり押しかけてすまなかった」


遠い目をしながら寂しそうに語るロランに、エステルは少し同情してしまう。


(私は甘いのかな・・・でも、今のロランは昔のロランとは違う、と思う)


その時、店の扉をドンドンと叩く音がした。

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