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ロラン


ロランはとにかく汚かった。臭いもひどい。


エステルのことが書かれた汗じみたヨレヨレの号外を出して


「これを見てやって来た!今夜は久しぶりに女主人がいるって聞いたんだ!」


と無邪気に目を輝かせるロランにエステルはかける言葉が見つからなかった。


(何があってもやっぱりバカはバカなのか?あんな婚約破棄をしておいて堂々と会いに来られる面の皮の厚さを見習いたいわ・・・)


正直、すぐに追い払ってしまいたいが女王はロランを探している。王宮に通報するにも今は真夜中だし、取りあえず彼の事情を聞いてからの方がいいだろう。


ジトっとロランを睨みつけると何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべる。背後にブンブンと揺れる尻尾が見えたような気がした。


外にいると近所迷惑になる。


とりあえず店の中に入れようとしたが、飲食店なのでそのままの恰好では嫌だ。


外の井戸で体を洗い清潔な服に着替えるよう指示して、マットにロランの世話をお願いした。


サリーと二人でしばらく待っていると、ヒゲも剃ってもらったのだろう、こざっぱりしたロランがマットに連れられて店に入ってきた。


ロランは相変わらず美形ではあるが、昔よりもやつれている。


しかし、シャツの下の体躯は筋骨隆々として逞しい。昔はヒョロヒョロだったから辺境で鍛えられたというのは伊達ではないのだろう。


学生の頃は甘さや傲慢さが顔に滲み出ていたが、その頃に比べると顔の線がシャープになり大人の男への成長が感じられた。


バチっと目が合った瞬間にロランが地面にペタリと平伏して、土下座を始めた。


「エステル!俺が悪かった。許してもらえるとは思っていない。でも、お前が俺のためにどれだけ尽くしてくれていたか・・・。くっ!お前の愛情に感謝できなかった俺が愚かだった。本当にすまなかった!謝りたくてここまで来たんだ!」


土下座をしながら大きな声で一気に言葉を吐き出したロランに、エステルは目を白黒させた。


(え?!なに?なに?今なんて言った?)


ぐーぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるーーーー


魔獣が吠えているかのようなお腹の音がして、ロランの耳まで真っ赤になった。


「お腹がすいているんですね。今なにか作ってきますよ」


苦笑いしながらマットが言い、サリーも「手伝うわ」と後を追って厨房に行ってしまった。


ロランと二人で残されたエステルはどうしたらいいか分からず呆然と立ち尽くしていたが、まだカエルのように地面にへばりついて土下座をしているロランに


「いいから・・・椅子に座って。ちゃんと話しましょう」


と声をかけると、ロランはよろめきながら立ち上がり椅子に腰かける。


その動きからかなり弱っているように思えた。


(ちゃんと食べてないのかな・・・)


椅子に座ってロランと対峙するがお互いに何を話していいのかも分からない。気まずい地獄のような沈黙が続いた。


「軍から逃げ出したって聞いたけど・・・」


ぽつりとエステルが呟くと、ロランの目が充血して真っ赤になった。


「俺は・・・セシルを信じていたんだ。どんなに辛くても何年でも待ってるって、彼女はそう言ってた。だから、俺も・・・軍の一番下っ端で上官に顎でこき使われて・・・どんなに苦しくても必死で耐えた。セシルが修道院から逃げたってことが信じられなくて、自分の目で確かめようとして軍を抜け出したんだ」


エステルは、はぁっと溜息をついた。


「セシルは学校の勉強ですら嫌そうだったわよ。お妃教育は学校の比じゃないくらい厳しいのは誰にでも分かるでしょう?」


ロランは黙って俯いた。


しばらくそのまま動かなかったが、意を決したようにエステルの顔を見つめた。


「俺は妃教育がどんなに厳しいものかも知らなかった。本当に・・・すまなかった。そして、ありがとう。俺に勉強を教えてくれたり、料理を作ってくれたり・・・あんなに愛してくれていたのに、俺はセシルの言葉を真に受けてエステルを国外に追い出してしまった。お前がどれだけ傷ついたかを考えると、どんなに責められても当然だ。どうか好きなようにしてくれ」


彼の真っ直ぐな視線を見返しながらエステルは


(まだ、ちょっとナルシスト風味が入っているのは残念だけど・・多少は心を入れかえたのかしら?)


と思った。


昔のロランだったら決してこのようなことは言わなかっただろう。


「ロランは・・・最低最悪のナルシストだったわよね。実力もない癖に傲慢でエラそうで自分以外の人間はみんなバカだって思っていたでしょう?私はあなたのこと全然好きじゃなかったから、傷つきもしなかったわ」


つい本音が口から溢れてしまった。

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