居酒屋
*本日二度目の更新です!読んで下さってありがとうございます!
ジョゼフが言ったように、エステルは今のうちに一度居酒屋に戻ることにした。
しかし、フレデリックは公務があるので一緒に行くことができない。
渋るフレデリックを説得し、ココとミアを連れて一週間ほど戻ることにしたのだが、想像以上の護衛がつけられることになった。
「こんな大仰にしなくても・・・」
と呟くと、直々に護衛団を率いるラファイエット騎士団の団長は苦笑いをした。
「なんとしてもエステル様、ココ様、ミア様をお守りするように、との厳命を受けております」
苦み走った壮年のイケオジ団長は頭をボリボリ掻いた。
「本当は目立ちすぎると良くないんですがね」
「そうですよね。だから、私もまたカツラを被っているのに」
「旦那様の心の安寧のためにお願いします。エステル様の赤毛は魅力的過ぎますから」
がっはっはと笑う団長にエステルは返答に困った。
ラファイエット公爵家の使用人たちには素性を隠していたことを謝り、公爵邸ではもう変装を止めている。
しかし、居酒屋に戻るにあたり
「居酒屋の客たちに君の赤毛を見せるのはもったいない」
という謎の言葉を発したフレデリックのためにエステルは再び茶色いカツラを被ることになったのだ。
(でも、久しぶりに店に帰れて嬉しいわ。・・・本当に色々なことがありすぎて脳が追いつかない)
馬車に揺られながら遠い目をするエステルであった。
*****
エステルたちの姿を見て、居酒屋の開店準備をしていたマットとサリーがカチーンと凍りついた。
「エマさん!あ、いや・・・あの、申し訳ありません。・・・殿下?」
隣国でのエステルの噂を聞いたのだろう。
店に行くことは伝えていたのだが、どう対応すべきか戸惑っているサリーを見るとエステルは哀しくなった。
「今まで通りエマと呼んでちょうだい。私は以前とまったく変わらないのよ」
眉毛を下げながらそう言った時、ココとミアが
「マット!!サリー!!」と叫びながら二人に抱きついた。
「さみしかったよぉ!マットのおりょうりが食べたかった~!」
「サリー、げんきだった?みんなに会いたかった!」
という双子をマットとサリーは愛おしそうに抱きしめる。
「俺たちもココとミアに会いたかったよ。・・・・もちろん、エマにもな!」
そう言ってマットはニッと笑った。
双子のおかげでその場の雰囲気は一気に和らいだ。
「エマ、おかえり。大変だったな」
と言うマットは相変わらずの爽やかイケメンだ。
「・・エマさんと呼んで宜しいですか?」
おずおずと問うサリーに、エステルがコクコクと頷くと彼女の顔もホッと緩む。
「エマさん、元気そうで良かったです!いきなり王女さまになるって聞いてびっくりしちゃって。お店は噂を聞いたお客さんで連日大混雑でした。私やマットの家族も手伝いに来てくれて・・・」
「そうだったのね・・・。迷惑かけてごめんなさい」
「い、いえいえ、全然迷惑なんかじゃないです。商売繁盛は良いことですよ!」
サリーはそう言って笑顔を見せてくれるが、エステルのせいで負担が大きくなったのは間違いない。エステルは申し訳ない気持ちになった。
懐かしい店内を見回してエステルの目頭が熱くなった。モニカとの思い出、双子との思い出が詰まった大切な居酒屋だ。
「・・・迷惑を掛けて本当にごめんね、ありがとう・・・このお店を守ってくれて・・・」
居酒屋はいつも通り清潔で、厨房もピカピカに磨きあげられている。
マットとサリーが立派に店を切り盛りしているのは明らかだ。
万が一この店に戻って来られなくなっても、この二人になら大切な店を預けていいかもしれないとエステルは考えた。
その日、久しぶりにエステルはエマとして店に出ることにしたが、既に彼女の噂は街中に流れており、常連客が彼女に対してどのように反応するか不安でないと言ったら嘘になる。
しかし、そんな心配は杞憂で、常連客はエステルと双子が店に戻ったことを喜ぶだけで噂について触れる者はいなかった。
活気あふれる居酒屋はあっという間に満席になり、エステルたちは忙しく立ち働いた。
双子もお皿を下げようと一生懸命だが、一度に沢山の食器を持ちすぎて重ねたお皿がぐらぐらしている。
お皿を落としてしまうかもしれないと不安になり
「ママ~~!!!助けて!」
とココが叫び
「ママ~~!!!早く来て~!」
とミアが叫んだ。
エステルが慌てて駆け寄り、なんとかお皿は割れずにすんだ。
盛況な店から最後の客が立ち去ったのは夜も更けてからだった。
普段よりも夜ふかしさせてしまったのでココとミアは眠そうな目をとろーんとさせている。
二人をベッドに寝かしつけて店に戻ると片づけを完了したマットとサリーが待っていた。
「エマ、久しぶりに一杯やらないか?」
というマットの言葉に「もちろん!」と明るく応じる。
マットは余った材料を使って簡単なおつまみも作ってくれていた。
「本当に器用で料理の腕が立つのよね」
感心したようにサリーが言うとマットが照れくさそうに笑う。
「マットの料理の腕は最初から素晴らしかったけど益々磨きがかかったわね。サリーもとてもよく頑張ってくれて・・・。二人がこの店を守ってくれて、本当に有難いと思っているの。モニカが残してくれたとても大切な場所だから」
三人で和気藹々と飲んでいると昔の感覚がすぐに甦る。
しばらくしてマットがコホンと咳払いをした。
「あの、エマ、実は俺とサリーは結婚するつもりなんだ」
「まあ!?おめでとう!すごくお似合いの夫婦になるわね!」
突然の告白に驚いたものの、エステルは喜びで一杯になった。
職人気質のマットと明るくて働き者のサリーは素敵な夫婦になるだろう。
「いつか二人で自分たちのお店を開こうねって話してるんです!」
サリーが幸せそうに語る。
エステルはそこで今回の訪問の目的を思い出した。
「そのことで相談があるの」
エステルの真剣な表情にマットとサリーの顔つきも真面目なものになる。
「あのね。私はこの店に戻って来られないかもしれないの。大切な店だからとても辛いけど・・・。でも、二人ならきっとこの店を大事にしてくれると思って。だから、万が一の時はこの店をお願いしてもいいかしら?」
マットとサリーは驚いて顔を見合わせた。
「え・・でも、そんな・・ここはエマさんの大切な店で・・・」
しどろもどろのサリーの手をエステルはギュッと握った。
「大切な店だからこそ、二人になら任せられると思ったの。まだ確実には言えないんだけど、私はヴァリエール王国の王都に住むことになるかもしれないから・・・」
遠慮する二人にエステルは「考えておいてほしい」と念を押した。
その時、店の外で警護をしている騎士達の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい!お前!何をしている!?」
という声が聞こえて、誰かが争っているような音がする。
エステルが素早く動き、バッと扉を開けた。
そこには浮浪者のような恰好のボロボロの服の男が騎士達に押さえつけられていた。
顔は薄汚れていてヒゲも生えているが、まだ若い男のようだ。どこかで見たことがある気がしてまじまじと顔を覗き込むと、その男とバチっと目が合った。
「エステル!!!会いたかった!!!」
と呼びかけられて
(悪夢だ・・・)
と咄嗟に思ってしまったエステルは悪くない。
「俺だ!ロランだよ!お前の婚約者だった!」
と叫ぶ男を前にして、エステルは頭を抱えたくなった。




