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恋人の練習

*糖度高めです。苦手な方はご注意下さい。


「え~っと。私は今何を試されているのでしょう?」


エステルは躊躇いがちに尋ねた。


「わぁ~、ママ、フレデリックのおひざの上にいるのね!」


「あたしものりたい~」


駆け寄ってきた双子にフレデリックは


「ママはね、僕の恋人になるんだよ。それに慣れるための練習なんだ。だから、今は二人きりにしてくれないか?」


と答えた。


双子の顔が分かりやすくぱぁぁぁあっと輝いた。


(くぅ、可愛い。でも誤解させちゃいけない)


エステルは複雑な心境だった。


「あ、あのね。恋人って言っても・・・」


「子供に大人の事情を説明しない方がいいよね?」


耳元でエステルだけに聞こえる声で囁くフレデリック。その少し掠れた低音に宿る色気はただものではない。


(これで本当に十八歳なの?!そして、十八歳に翻弄される二十四歳の私って!?)


エステルは内心叫んだ。


一方の双子はウキウキと声を弾ませる。


「ママはフレデリックとこいびとになるのね!?」


「すてき!おにあいよ!」


「あたしたち、おじゃましないから」


「ママはね、おくてなの。だから、ゆっくりやさしくしてあげてね」


的確なアドバイスを残して走り去る五歳児の背中を呆然と見送っていると、フレデリックがクスクスと笑った。


「フレデリック様は笑い上戸ですよね」


「・・・え?!そうかい?僕は無表情で笑わないってずっと言われ続けてきたんだけど」


「本当ですか?」


疑うように睨みつけるエステルを見て、フレデリックはまたふふっと笑った。


「ほら!また笑ってる!」


「君にだけだよ。僕は氷のように無表情で感情がないって思ってる人が多い」


フレデリックは自分の額をエステルのおでこにコツンとぶつけた。


「君に会って以来人生が楽しくなった。毎朝、目を覚ました時に『今日は君のどんな顔が見られるんだろう?』って思うだけで幸せなんだ」


「は・・あ・・え・・あの、いきなり上級者向けは困ります」


「上級者向け?」


「これは恋人のふりをするための練習なのですよね。さすがフレデリック様は鋭くていらっしゃる。私の弱点を克服するためにこのような練習を考えつかれたのですね?ご想像通り私は殿方との接触の経験がほとんどございません。周囲を欺くためにこのような練習は確かに必須ですわね。しかし、私は恋愛というものに慣れておりません。出来ましたら、もう少し初心者向けから・・・」


「・・・・練習、ね?」


至近距離にある彼の端整な顔が固まった。そして、その微笑みから凍てつく空気が流れてくる。


(え?私、何か変なこと言っちゃった・・・かな?)


「分かったよ。でも、エステルは物覚えが良いから上級者向けでも大丈夫だよ。手を僕の首の後ろに回してごらん」


「く、くびの後ろでございますか・・・?えーっと、くび・・くびはどこかな~、失礼いたします」


恐る恐る両手を彼の首の後ろに回すと、フレデリックはエステルの腰と背中に手を回してギュッと抱きしめた。


緊張のあまり心臓のどきどきが止まらない。誰かとこんな風に抱き合った経験は前世でもない。夫は淡泊な人でスキンシップの経験は全くと言っていいほどなかった。


「あ、ああああの、いつまでこうして・・・」


「最低でも五分は必要だね」


「ご、ごふんですね。存外長い・・・」


「言葉はいらないよ」


そう言ってフレデリックは更に腕に力を入れた。胸に頭を押しつけられて息がつまりそうになるが、心地よい力強さに胸の鼓動が速くなる。


フレデリックは更にエステルの頭にチュッと口づけを降らせた。


(は・・・ちゅって、ちゅって音が聞こえた!本当にチュッっていうんだ・・・)


パニックになったエステルの顔も首もすべてが真っ赤に染まる。


「ははっ、可愛いな。ホント」


フレデリックはエステルの顎に指をかけて持ち上げながら、顔を近づけてくる。


(こ、ここここここここれは、ももももももしやキキキキキキキス・・・?!)


パニックが最高潮になったところでエステルが目を閉じると、フレデリックはふっと笑いながら彼女の頬にキスを落とした。


頬に柔らかい感触を覚えて目を開けるとフレデリックが至近距離で悪戯っぽく微笑んでいる。


自分の顔から数センチのところにある麗しい顔貌に思わず見惚れるエステル。


「なにを期待したの?」


「・・・・っ!!!!!」


言葉にならない衝撃にくたりと力が抜けたエステルを抱えなおして、彼女の首筋に顔を埋めると


「・・・あぁ、可愛い。ずっとそのままでいて」


と呟いた。



*****


フレデリックは当面エステルがエマ・ガルニエのまま生活することを提案した。


「婚約者として一緒に王宮に行く時もエマ・ガルニエとして行った方がいいだろう」


と彼は言う。


「エステルが婚約者だと知ったら、リオンヌ公爵から『婚約は認めない!』とか訳の分からない言いがかりをつけられそうだからね」


「・・・父ならやりかねませんわ。『認めて欲しくば金を払え』とか言いそうです」


それを聞いてフレデリックは苦笑した。


「うちの使用人は信用できるが、念のため使用人にも伏せておこう」


「そうですわね。カツラと化粧は続けることにしますわ」



*****


ただ、双子の法定代理人であるジョゼフには本当のことを伝えた方が良いと判断した。


ジョゼフは大人の色気漂う端整な顔に微笑みを浮かべて


「いや、驚きませんね。そうだと思っていました。俺は惚れた女の顔は忘れませんから」


とエステルを口説こうとする。


フレデリックはムッとした顔でジョゼフを睨みつけた。


「・・・やっぱりお前を選ぶんじゃなかった」


「はは!仕事はちゃんとするさ。俺以上の仕事ができる奴なんてそうそう見つからないぞ」


と笑うジョゼフの顔を見て、エステルは学院時代の彼の闊達な笑顔を思い出した。


懐かしくなって顔をほころばせるエステルを見て、ジョゼフの顔が紅潮する。


「事情があってフレデリックの恋人のふりをすることを聞きましたが、それが終わったら俺と付き合ってもらえませんか?」


ジョゼフの言葉にフレデリックは慌てて立ち上がった。


「おい!お前は仕事で来てるんだろう!?関係ない話をするな!」


と大声を出すフレデリックにジョゼフが爆笑した。


「いや、小さい頃からお前を知っているが、こんなに焦るのは初めて見たよ」


何故か嬉しそうなジョゼフに、額に青筋を立てて怒っているフレデリック。


エステルがどうしたらいいか分からず戸惑っていると、ジョゼフはウィンクをして


「俺は本気だから」


と囁いて颯爽と去って行った。


結論・・・イケメンは心臓に悪い。

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