【コミック1巻発売記念SS】童話
「それでね! さいごに王子さまのくちづけでおひめさまが目をさますのよ!」
ココが大きな身振り手振りで興奮して語り終えた。
「とってもすてきなものがたりだったわ!」
夢見るように両手を組んで胸に当てるミア。
「ロマンチックな物語ね。ココとミアが楽しめて良かった!」
双子のココとミアから読んだばかり童話のあらすじを聞いたエステルは隣に座るフレデリックに笑いかけた。
しかし、フレデリックは難しい顔で手を顎に当てている。
「フレデリック? どうしたの?」
「いや……。眠っている見ず知らずのご婦人にいきなり口づけっていうのはいかがなものか? ほ、ほっぺとかならともかくだな……」
童話でよくある展開なのに、とエステルは思わず噴き出した。
「ふふっ、ほっぺって……」
「恥ずかしいな」
赤くなって照れるフレデリックも可愛い。エステルは思わず彼の頭をぐしゃぐしゃに撫でたい衝動に駆られた。
しかし、フレデリックの言葉にココとミアも腕を組んで考えこんでいる。
「そうね、たしかにフレデリックの言うとおりね」
「おつきあいしているならいいけど……」
「こ、これは物語だから、ね?」
子供向けの童話なのだからそんなに堅苦しく捉えなくてもと思っていると、ココが二人を見ながら口を開いた。
「ママとフレデリックはいつはじめてのくちづけをしたの?」
いきなり直球の質問がきてエステルとフレデリックはうろたえる。
「え、えーと、初めてっていつでしたっけ? フレデリックは覚えている?」
「エステルは覚えていないのかい!?」
衝撃を受けたらしくフレデリックの顔は青ざめている。
(初めての口づけを覚えていないなんて酷い婚約者だわ……。えーとえーと、あれは確か薔薇の花が咲く直前……。セシル様が騒ぎを起こした同窓会の直後だったわよね?)
「ちゃんと覚えているわ!」
ようやく記憶の糸を辿って思い出せたエステルは得意げに胸を張った。
ほっと胸を撫でおろすフレデリック。
「でもね、これは僕とママの秘密だから。残念だけど君達には教えられないんだ」
フレデリックが微笑みながら人差し指を唇の前で立てる。
「そうよね! ごめんなさい!」
「きにしないで!」
ココとミアが慌てて謝るとフレデリックは優しく二人の頭を撫でた。
「いいんだ。こちらこそ悪かったね」
「フレデリックは王子さまだけど、れいぎただしい王子さまなのね!」
明るい笑顔のミアにフレデリックの頬がわずかだが強張った。
「じゃあ、あたしたちは庭でお花のおせわをしてくるね!」
「ダフニーがてつだってくれるから!」
双子が部屋から出ていった後、エステルは心配そうにフレデリックに声をかけた。
「どうしたの? 少し元気ないみたい?」
「いや……」
フレデリックが俯くと前髪で顔に影ができる。どんな表情をしているのか分からないので、かがんで覗きこむと彼が両手で顔面を覆った。
「ごめんっ! 偉そうに言ったけど僕も昔君に悪いことしたなって反省していたんだ」
「反省? 悪いこと?」
怪訝な表情を浮かべるエステルにフレデリックは苦笑いした。
「君に婚約者の振りをしてくれって頼んだろう?」
「ええ。それが悪いことだったの?」
フレデリックがきまり悪そうに頭を掻く。
「恋人の振りって言い訳して、君に近づこうと必死でさ。まだ付き合ってもいないのに君を膝にのせたり……。酷かった。本当にすまなかった。君は嫌じゃなかったかい?」
真剣な顔で頭を下げるフレデリックにエステルはふふっと笑った。
「嫌だったら嫌だって言っていたと思うわ。恋人の振りをしてフレデリックに近づけて、私もちょっと嬉しかったもの。だから、気にしないで」
「本当かい? 最初から正々堂々と告白すれば良かったのかもしれないけど、そうしたらあっという間に振られてしまいそうで……」
「その判断は正しいかも。出会ったばかりの頃だったら即座にお断りして双子を連れて出ていっていたと思うわ」
「やっぱり、そうだよな~」
はぁ~っと大きくため息をつくフレデリックの背中をエステルは優しく擦った。
「ごめんなさい。あの頃は子供達を守ること以外のことは考えられなかった。とても視野が狭かったと思う。だから、逆にフレデリックが婚約者の振りで巻き込んでくれたおかげでいろいろなことが見えてきたのよ。感謝しているわ」
「本当かい? そう言ってもらえると嬉しいけど……。批判しておいて、僕も物語の王子様と変わらないなって……」
「そんなことない!」
エステルはフレデリックの手を握って力説した。
「フレデリックは私のことを知って、理解して、関係を築こうとしてくれたわ。私ね、あまり人から褒められたことなかったから、会ったばかりの頃フレデリックが私のこと認めてくれて、とても嬉しかったのよ」
本心から言っていると悟ってフレデリックは幸せそうにエステルの肩を抱き寄せた。
「エステルのこと、すぐに好きになったのにどうやって近づいたらいいか分からなかったんだ。クロードに助言を求めたけど、あいつはすぐに悪乗りして揶揄うし大変だった……。とにかく君の心が欲しくて他の誰にも渡したくなかった。子供っぽいな」
エステルはフレデリックの背中に手を回して逞しい胸に顔を埋める。
「嬉しい。そんなふうに思っていてくれたなんて。いつまでも変わらずにこうしていられたらいいな……」
「いられるよ。君が心変わりしなければ……」
「あら? 私は心変わりなんてしないわ。どちらかというと飽きるならあなたのほうじゃない?」
「聞き捨てならないな。僕が飽きるなんてあり得ないよ。今だって毎日君の顔を見るだけで『生きてて良かった』って思えるんだ。他に誰もいらない。君だけが欲しい」
熱烈な言葉に体が熱くなる。自分も彼の気持ちにこたえられるような愛の言葉を伝えたいのだけど、なかなか口から出てこない。
「わ、わたしも大好き。フレデリックだけよ」
ようやく小さな声で呟くとフレデリックの体が一瞬硬直した後「ああ、もう我慢できない! 可愛い!」と息が詰まりそうになるくらい強く抱きしめられた。