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遺産相続


エステルたちを世話してくれる侍女はダフニーという朗らかな女性だ。


弟や妹が多く子供の世話は慣れているそうでココとミアも彼女に懐いている。


初めて遺産分割の会議が行われる日、身支度を手伝いながらダフニーは言った。


「今日は旦那様の親族の方々がいらっしゃる予定ですが、どうか気をつけて下さいね。欲深い親族が多いんです。ココ様とミア様は先代の実のお子様方ということで多くの遺産を受け取る権利があります。そのせいで親族の取り分が減るなんていちゃもんをつけるばか・・・いえ、異論を唱える方がいないとも限りません・・・」


「ありがとう、ダフニー。でも、フレデリック様がいて下さるし大丈夫じゃないかしら?」


しかし、ダフニーの懸念は当たった。


エステルと双子が部屋に入ってくると、中にいた大人たちがザワッとして彼女たちに嫌な視線を集中させた。


ココとミアに不安な思いをさせたくないエステルは、その場にいた執事に彼女たちを別室で待たせることができないか相談した。


執事もその場の雰囲気を感じて、それが良いと判断したのだろう。ダフニーを呼んで双子と一緒に別室で待つ手配をしてくれた。



**


集まった全員が席につくと、家令に先導されてフレデリックが現れた。


毅然とした立ち姿は相変わらずの麗しさだ。形の良い灰青色の瞳がエステルを見つけると柔らかく細められる。


フレデリックはエステルと目を合わせて『大丈夫だ』と安心させるように頷いた。


しかし、遺産相続の会議が始まると、しょっぱなからエステルが攻撃の対象となった。


曰く、


「金目当ての卑しい女が子供を盾にやってきた」


「厚かましい。先代の子供なんて嘘に決まってる」


などなど侮蔑的な言葉を浴びせられたエステルだったが、攻撃の的が自分である限りは平静でいられる。


これが双子を侮辱するものであったら我慢ならなかっただろうけれど。


エステルは何を言われても丁寧にその言葉を否定するだけで、怒りを表情に出すことはなかった。


「それまでだ!」


額に青筋を立てながら黙って様子を見ていたフレデリックが大声で怒鳴った。


この麗人のどこからこんなドスの利いた声が出るんだろうとエステルが感心するくらいの迫力があった。


その場にいる人間をすべて圧倒するほどの威圧感を宿した低い声でフレデリックは言葉を続ける。


「よいか!?私自身が父から聞いた情報をもとに捜索し、彼女の話に嘘がないことは確認済みだ。それを疑う者はラファイエット公爵本家の意思に逆らう者だと判断する」


それまで居丈高にエステルを糾弾していた親族らがグッと詰まり、突然弱気になった。


さらにフレデリックは畳みかける。


「エマはあなたたちがどんなに失礼な態度で責めたてても決して礼を失することなく、穏やかに対応していた。感情的にならずに常に冷静さを保つことが貴族の品位ではないのか?私から見ると、あなた方より彼女の方が余程品格があると感じた」


「ま、まさかそんな・・・たかが平民の女が」


親族の言葉を聞いてフレデリックの怒りが沸点に達したのだろう。


「父の遺言は明確だ。財産のほとんどは私が受け継ぐ。一部は父の遺児である双子の少女たちに引き継がれるが、それ以外は私の裁量で親族に渡しても良いと記されている。そうですね?先生?」


その場にいた法律家の老紳士に尋ねた。


「はい。その通りです。私は先代の公爵閣下の遺言作成のお手伝いをしました。フレデリック様の仰る通りです。遺産の配分についてはフレデリック様の判断に任せるというのが先代の遺志でございました」


「つまり、私が誰に遺産を分配するかを選べるということだ」


ニヤリとしたフレデリックは、エステルを糾弾した親族たちを次々と指さした。


「・・・今、私が指さした方々はどうか今すぐお引き取り下さい。私はあなた方にほんのわずかでも遺産を譲る意思はありません」


きっぱりと言い切るフレデリック。


指名された親族たちは世にも情けない顔つきで


「い、いや・・・そんな、誤解で・・」


「私どもはフレデリック様に異を唱えるつもりは・・・」


「ね、ねえ、そこのお嬢さん。あなたも何か言って下さい・・・その、私たちはそんなに失礼なことを言いましたかねぇ?」


エステルにまで懇願する親族もいるくらいだ。


フレデリックの額に再び怒りの青筋が浮き出たのを見て、エステルは上品に微笑んだ。


彼女の微笑みを見て、とりなしてもらえると思ったのだろう。親族がホッと安堵したように息を吐いた。


しかし、エステルは世にも美しいかんばせに完璧な笑顔を浮かべて


「わたくしはフレデリック様のお言葉を全面的に支持いたします。何も付け加えることはございません」


と穏やかに告げた。


それを聞いた親族たちはガックリと肩を落とし、しぶしぶと部屋から出て行った。


残った親族は温厚そうな人間ばかりで、その後の遺産配分は問題なくスムーズに進んだ。


双子が引き継ぐことになる遺産が想像以上に莫大で、エステルの背中に冷や汗が流れたが、それでも公爵家全体の財産からするとほんの僅かに過ぎないのだ。


エステルはラファイエット公爵家の財力に感銘を受けた。


彼女自身が公爵令嬢だったから分かる。


公爵家の中でもラファイエット公爵家は特に裕福なのだ。


ラファイエット公爵家は領内で人気が高い。領民のためになる政策を積極的に行い、自分自身は清貧な生活を送った先代は領地を豊かにすることができた。


それに比べて、私利私欲のために領内の税率を上げ浪費しまくっている両親や兄のパスカルのことを思い出した。


やっぱり自分のことしか考えない領主はダメだとエステルは痛感する。



**


ヴァリエール王国には三大公爵家がある。


ラファイエット公爵家、エステルの出身であるリオンヌ公爵家、そしてミラボー公爵家である。


ミラボー家には男子がおらず、娘に婿養子をとる話が出ているという噂を聞いたことがあった。


国を支える要諦である三大公爵家は表向き上手に付き合っているが、裏ではライバル意識バチバチで何かと競い合う状態が続いている。


両親も兄パスカルも他の公爵家の悪口をよく言っていたと過去の記憶が甦る。


(絶対にもう関わり合いたくない・・・特にココとミアには間違っても近づけたくない)


ダニエル以外は決して尊敬できる存在ではなかった家族を思い出して、エステルは苦々しい気持ちになった。


**


双子に関すること以外は興味がなかったエステルが考え事をしている間に遺産配分の話は無事に終了したようだ。


和やかな雰囲気で親族が退出していくところを見ると、皆が納得できる配分だったのだろう。


最後に残ったエステルにフレデリックは


「紹介したい人がいるんだ」


と言って、部屋の隅に座っていたイケメンの若い男性を紹介した。


いかにも切れ者という印象だが、どこかで見覚えがある。


「彼はジョゼフ・ド・メーストル。伯爵だが優秀な法律家でもある。今後彼にココとミアの法定代理人を任せようと思うんだが・・・」


(え・・・!?)


エステルの心臓がドキンと跳ねた。


(ジョゼフ・ド・メーストル。まずい。彼は昔の私を知っている・・・)


思わず青褪めたエステルにジョゼフは言った。


「あなたは・・・俺の初恋の人にそっくりだ」

*読んで下さってありがとうございます!明日からまた一日一話ペースで進めたいと思います。

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