番外編 エステル王女の公務 その1
*フレデリックと結婚する前、王女として公務に励むエステルのお話です(*^-^*)
「これくらいでいいかしらね?」
一つ一つ丁寧にラッピングされた商品を並べ終わると、エステルは額ににじみ出た汗をハンカチで押さえるように拭いた。
今日は王都にある教会とその教会に付属する孤児院のチャリティーバザーが開催される。
このバザーを成功させ、教会と孤児院のための資金調達をするのが本日の王女としての公務である。
エステルはラファイエット公爵家の料理長と協力してミニカップケーキやクッキーなど日持ちしそうなお菓子を山ほど焼いた。
カップケーキはラズベリーとホワイトチョコレート、ブルーベリーとミルクチョコレート、ポピーシードとオレンジなどを組み合わせて色々な種類の味を楽しむことができる。
味と材料の説明を売店の後ろに設置した掲示板に貼りつけようとエステルは思い切り背伸びをしてつま先立ちになった。高いところに貼った方がお客さんにも良く見えるだろう。
「「ママ~!」」
ちょうどつま先立ちの限界に達したタイミングでココとミアの声が聞こえて、エステルは思わず振り返る、と同時にバランスを崩してそのまま倒れてしまいそうになった。
「おっと!」
すかさず肩と背中に手を添えて転ばないように支えてくれたのはラファイエット公爵騎士団の騎士団長、苦み走ったイケオジのクロードである。今日のバザーではエステルの護衛を務めてくれている。
「あ、ありがとう、クロード」
顔を赤らめながら彼の手を取って体勢を立て直した。
「エステル、大丈夫かい?」
「「ママ! 怪我してない?」」
走り寄ってきたのはココとミアと彼女たちの手を引いたフレデリックだった。
(あ、しまった。クロードとはいえ、他の男性に触れられてフレデリックがまたヤキモチを……)
一瞬不安になったエステルだったがフレデリックの顔色は変わらない。
「クロード、助かったよ。僕じゃ間に合わなかった」
クロードをねぎらうフレデリックの態度には余裕がある。エステルはヤキモチを焼かれてしまうかも、などと子どもじみたことを考えた自分が恥ずかしくなった。
「今日は教会と孤児院の資金調達のためにも大切なバザーだからね。僕も沢山買い物をする予定だ。ココ、ミア、なんでも欲しい物を買ってあげるよ」
エステルが無事だと分かると安心したのか双子の顔が輝いて周囲をキョロキョロと見回し始めた。
「早く行こう!」「あっちのお店が……」と口々に言いながらフレデリックの手を引っ張る。
「分かったよ。ちょっと待ってて」
フレデリックはエステルに向かってニコリと微笑んだ。
「エステル。今日はクロードが護衛するから問題ないと思うけど、どうか気をつけて。掲示板に紙を貼るのもクロードに頼んだ方がいいよ」
言われるまでもなくクロードは既にエステルが持っていた紙を良く見えるところに貼りつけてくれている。
エステルは自分が無茶なことをしたようで恥ずかしくなった。
(そうよね、最初から背の高いクロードに頼めばよかったのに……)
「そうね、ごめんなさ……」
俯いて謝ろうとするとフレデリックが心配そうにエステルの顔を覗き込んだ。
「謝ることないよ。君が頑張っているのはよく知ってる。ただ、全部自分でやろうとしなくて大丈夫。特にクロードは器用で役に立つからどんどん使ってくれ」
「旦那様~、俺を物みたいに言わないでくださいよ~」
情けなさそうな口調でクロードが訴えるが冗談なのは伝わってくる。
エステルはクスクス笑いながら振り返った。
「分かったわ! じゃあ、クロードにはいっぱい手伝ってもらおうかしら。よろしくね」
笑顔で告げるとクロードの頬が赤く染まる。
「あ、いや、はい。わかりました」
口元を片手で押さえたクロードが「……油断した」と呟いた。
「フレデリック、ココ、ミア、お昼は一緒に食べましょう! またあとでね」
フレデリックと子どもたちに明るく手を振るとエステルはエプロンの紐を締め直して気合を入れた。
今日の自分はこの露店の売り子である。
もちろん、公務とはいえ王女が直々に売り子まで務めるのは前例がない。
教会や孤児院の関係者は慌てふためいて「本当によろしいのですか?」と何度も確認していたが、エステルは笑顔で頷いた。
「護衛はクロードがしてくれるし、バザー会場も近衛騎士団とラファイエット騎士団が警備してくれているから平気よ」
そんな簡単な話ではないことはエステルも理解している。彼女の露店は他の露店とは離れた場所にぽつりと設置され、それを囲むように騎士たちが配備されている。
露店の中にいるのはクロードだけだが緊急事態があっても彼なら冷静に対応できる。
それに器用なので売り子もソツなくこなしてくれるだろう。
エステルの露店に並ぶ人たちは既に長い列を作っている。
息つく間もないくらいひっきりなしに売って売って売りまくったエステルとクロード。
エステル目当ての客が多いが、彼のイケオジぶりに目がハートマークになっている女性たちもいた。
「エステル様、号外の似顔絵よりも本物の方がずっとお綺麗です!」
「ファンです! 握手してください」
「はわわわ~、美人……」
「……砂時計みたい」
「砂時計……?」ハテ?
会計の合間にかけられた言葉に戸惑うこともあったが、全体的に人々から好意的に受け入れられているのを感じて、エステルは内心ホッとした。
想定の二倍ほどのお菓子を準備したつもりだったが、エステルの露店は午前中で全ての商品が売り切れてしまった。
「エステル殿下、お疲れ様でした。大変な人気ですね」
教会長のティムが現れてエステルは笑顔で会釈した。
このティムは最近就任したばかりの教会長でまだ二十代と若い。チョコレートブラウンの髪に緑色の瞳が印象深い好青年だ。気さくで話しやすく目の色も同じせいか打ち合わせの時から不思議な親近感を覚えていた。
「無事に売り切れて良かったです。あ、これが売上です」
ズッシリと重い箱をティムに手渡すと、彼は嬉しそうに頷いた。
「素晴らしい……エステル殿下のおかげで今日のバザーは大盛況です。他の露店も普段よりもずっと売れている。これまで貯めてきた予算も足せば、孤児院の増築も夢ではありません」
「孤児院には私個人でも寄付をさせていただきます。他にもお手伝いできることがあったら言ってください」
「エステル殿下のご支援があれば百人力です。どうかココ様ミア様と共にまた孤児院の視察にいらしてください」
エステルと双子はこれまでにも数度この孤児院の慰問に来たことがある。施設が清潔で子どもたちも明るく楽しそうだ。暗い目をした子どもたちが他に比べると少ないので、きっと大人が親身になって世話をしているのだろう。
「はい。孤児院の支援は私にとって重要な公務です。子どもたちが成長して仕事を得られるように、職業訓練のようなことも支援できたらと思っています」
ティムの瞳が感激したように潤んだ。
「ありがとうございます。実は僕も孤児院の出身なんです。たまたま読み書きに優れていたおかげで聖職者の道に進むことができました。子どもたちが孤児院を出た後、まともな職を得られるようにしたいとずっと思っていたんです」
真っ直ぐにエステルを見つめるティムの目に嘘は感じられない。彼は本気で子どもたちの将来を考えてくれている。
「喜んで協力させていただきますわ」
エステルとティムがガッチリと握手を交わしたその時に「エステル?」という声が背後から聞こえて、彼女はぴょんと飛びあがった。
振り返るとフレデリックと双子がニコニコしながら立っている。
今日のバザーには食べ物だけでなく衣類や小物など様々な商品が売られている。ココとミアの満足気な顔とフレデリックが大きな紙袋を抱えているのを見るに、充実した買い物だったのだろう。
フレデリックが穏やかな笑顔を浮かべているので、エステルは安心したが、同時に肩すかしを食らったような気持ちになった。
(教会長と握手なんてしてたら、ヤキモチを焼いてくれるかと思ったのに……)
そんなことを考えて慌てて頭を振った。これではまるでヤキモチを焼いて欲しかったみたいじゃないか。
しかし、いつもだったらちょっとでも若い男性が近づくと牽制してくるはずなのに……。
(今日はなんだか……私に関心がなくなったのかしら?)
ヤキモチを焼かれすぎても困ってしまうが、何もないのも物足りない。
そんなのは我儘だと分かってはいるが、エステルの内心は複雑だった。
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『悪役令嬢はシングルマザーになりました』
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