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≪SS≫ 贈り物

*フレデリックとエステルの結婚前の話です(*^-^*)


「ねぇ、ママ、ここのところはどうやって糸をとおすの?」


ココに尋ねられて、エステルは彼女の手元を覗き込んだ。


「ああ、レイジーデイジースティッチね。ここに輪を作って、うん、そうそう、そこに針を入れるの。きつすぎない程度に引っ張って、はい、良く出来ました」


エステルの説明を聞きながら、小さい手で一生懸命に針を動かしていたココは晴れやかな笑顔を見せた。


「うん、じょうずよ、ココ!」


ミアも嬉しそうにココの刺繍を見つめる。


今日はココとミアに刺繍を教えている。


薄い複写紙にそれぞれ模様をデザインして布に図案を写す。

その布を丸い刺繍枠にピンと張って刺繍を開始した。


ココは可憐な花があちこちに散らばるデザインで、ミアは幾何学模様だ。双子なのにそれぞれの個性があって面白い、とエステルは二人に優しい眼差しを向けた。


エステル自身も農村風景を描いた刺繍をしており、刺繍というよりもう絵画である。プロ顔負けの本格的な刺繍にミアが溜息をついた。


「ママのししゅうは本当にすごいわ。あたしたちのとぜんぜんちがうもの」


ミアの言葉にエステルは首を振った。


「そんなことないわ。ココとミアの刺繍もとっても可愛くて素敵よ。それに私はもう大人だもの。私だって子供の頃はもっとシンプルな刺繍しかできなかったわ」


「ママが子どものころにさしたししゅうはないの?」


ココの無邪気な問いにエステルは考え込んだ。


勘当されて実家から追い出された時に刺繍も全て置いてきた。だから、子供の頃に刺した刺繍はもうない……。


(あ! そうだ)


フレデリックは、私が子供の頃に刺繍したハンカチを持っていたはず。


大切にしてくれているのは知っているけど、ちょっとだけ貸してもらえないかしら?


そう思って席を外し、フレデリックを捜しにいく。彼は執務室で仕事中だ。


執務室の扉をノックすると家令のフィリップが顔をだしてエステルに笑いかけた。


人差し指を唇に当てて柔らかくシーッと息を吐く。


執務室の中のフレデリックは机に突っ伏したまま眠っているところだった。


フィリップは音もなく部屋の外に出るとそっと扉を閉める。


「申し訳ございません。エステル様、旦那様に何か御用がおありですか?」


静かな声で尋ねられて、エステルは双子に見せるために彼のハンカチを借りたいと説明した。


「……でも、フレデリックを起こすのは申し訳ないわ。疲れているだろうから。彼が起きたら伝えてくれる?」


エステルの願いにフィリップは微笑みながら頷いた。


***


ココとミアのところに戻ると二人はまだ熱心に刺繍を続けている。


「あ、おかえり、ママ! フレデリックからハンカチは借りられた?」

「ちょうど眠っているところだったの。毎日頑張ってお仕事をしているから疲れているのね。起きたらハンカチをお借りしましょう」

「「フレデリックはつかれているの?」」


双子が心配そうに顔を見合わせた。


「公爵のお仕事はとても大変なのよ」

「あたしたちになにかできないかな?」

「おてつだいは……むずかしいかもしれないけど……」


ココとミアは優しい。忙しいフレデリックの役に立ちたいと思ってくれているのだろう。


しかし、残念ながら公爵の仕事は簡単に代わりがきくものではない。


「じゃあ、なにか贈り物をしましょうか? うーん、例えば夜よく眠れるようなもの……」


エステルが提案すると二人は顔を輝かせた。


「ママといっしょにねるとすごくいいにおいがして、よくねむれるわ!」


ココが手を挙げて主張するとエステルの顔が真っ赤になった。さすがにフレデリックと一緒に寝るわけにはいかない。まだ婚約者の立場だし。


でも、匂いというのは良い着眼点かもしれない。


「ねえ、ココとミアが今刺繍している布で小さな巾着袋を作ってくれない? そこに薔薇の花びらで作ったポプリを入れたらどうかしら? ローズエキスもたらせばもっと香りが強くなってリラックスできるかもしれないわ」

「ママ! グッドアイデアよ」


ココが親指を立ててサムズアップする。


「じゃあ、ママがししゅうしているぬので、まくらカバーをつくったらどうかしら? とてもきれいだし、フレデリックはきっとよろこぶわ」


ミアの言葉にエステルも同意した。農村ののどかな風景はリラックスするのに少しは役立つかもしれない。


「そうね。ありがとう。いい考えだわ。じゃあ、内緒の贈り物でフレデリックを驚かせちゃいましょう!」


ココとミアがわくわくするような表情で頷いた。


その時に扉をノックする音がした。


「どうぞ」


ゆっくり扉が開きフレデリックがおずおずと顔を出す。よく見ると頬のところに何かの物体らしき直線の痕跡が付いている。ペンか何かの上で眠ってしまったのかな?


起きてすぐにフィリップから伝言を聞いて、慌てて駆けつけてくれたのだろう。


エステルの胸にどうしようもない愛おしさがこみ上げてきた。


「フィリップから僕のハンカチを借りたいって……」

「そんなに急ぐことなかったのに……。お仕事、お疲れさまです」

「いや、せっかく来てくれたのに悪かった」


そう言いながら上衣の内ポケットから白いハンカチを取り出すとエステルに渡す。それをココとミアに広げてみせると二人は感心したような声を出した。


「ママ、すてき! きれいなバラの花!」

「なんさいのときにししゅうしたの?」

「えーっと、十一歳くらいだったかしら?」


フレデリックは三人の会話を微笑ましそうに見守っている。


エステルは振り返って礼を言った。


「わざわざ持ってきてくれてありがとう。お仕事の邪魔してしまって、ごめんなさい」

「いや、全然邪魔じゃないよ。君が執務室に来ることなんてめったにないからフィリップから聞いて嬉しくて……」


仕事の邪魔をしてはいけないと普段は執務室には近づかないようにしている。


「君が来てくれた方がやる気が出るし仕事もはかどるよ」

「それなら今度、午後のお茶をお持ちしましょうか?」

「い、いいのかい?」


毎日は無理かもしれないけど、用事がない時にお菓子も作って持っていってあげよう。


そんなことを考えてエステルの胸は弾んだ。フレデリックの喜ぶ顔を想像するだけで気持ちが浮き立つ。


「いつも頑張ってくれてありがとう」


薔薇の花のようなエステルの微笑みにフレデリックの顔が紅潮した。


***


数日後、朝食の後にココとミアはフレデリックを捕まえて手作りの贈り物を渡した。


花と幾何学模様の刺繍が入った巾着袋を双子からプレゼントされたフレデリックは感激のあまり目を潤ませた。


「なかにバラの花のポプリがはいっているのよ」


巾着袋に鼻を近づけるとかぐわしい香りがする。


「ああ、いい匂いだ。薔薇の花に…エステルの匂いもするような気がする」


フレデリックが呟くとココとミアが嬉しそうに笑う。


「あのね、ママがつかっているせっけんもちょっとだけいれたの」

「よる、ねむるときにママのかおりがするとよろこぶかなって」


双子の言葉にフレデリックの顔が赤く染まった。


「う、うん、嬉しいよ……よく眠れるかどうかは別として…」


苦笑いするフレデリックの手をココとミアが引っ張って彼の寝室に連れていく。


「な、なんだい?」


彼の寝室の前で待っていたのはエステルだ。少し恥ずかしそうに俯いている。


「どうしたんだい?」

「あのね、私もあなたに贈り物があるの」

「え!? 今ココとミアからもプレゼントをもらったばかりだよ。どうしていきなり……」


戸惑うフレデリックにエステルは明るく微笑んだ。


「フレデリックがいつも頑張ってくれているから、感謝の気持ちと、よく眠れるようにって願いをこめて作りました」


いつの間にか来ていたフィリップがフレデリックの寝室の扉を開ける。


寝台の上に置いてある物に気がついてフレデリックが近づいた。


「これは……新しい枕?」


エステルがコクリと頷いた。農村の風景を刺繍で再現した絵画のように美しい枕だ。


「気に入ってもらえるといいんだけど」

「もちろん! なんて素晴らしい刺繍なんだ。使うのがもったいない」

「そんなこと言わないで。あなたのために一針一針刺繍したのよ」


フレデリックが幸せそうな表情を浮かべた。


そして何気なく枕を裏返して、なにかを見つめている。エステルは恥ずかしくて顔を両手で覆った。


「これも……エステルが刺繍したの?」

「はい……」


枕の裏側には「I AM YOURS, LOVE」という言葉が隅っこに刺繍されている。目立たないように小さく薄い青色の刺繍糸で丁寧に刺された文字に彼はまじまじと視線を注ぐ。


ココとミアに勧められて刺繍した言葉だが、熱烈すぎるのではないかとエステルは恥ずかしくなった。


フレデリックの眼差しが愛おしくて堪らないというようにトロリと蕩けた。気を利かしたフィリップと双子はとうに姿を消している。


エステルの華奢な肩を包み込むように抱きしめると勢いあまってそのまま寝台に倒れこんでしまう。


「きゃっ、ふ、ふれでりっく、わたしたち、ま、まだ早いわ……」


大きく息を吐いたフレデリックは「ごめん、分かってる」と言いながら仰向けに倒れたエステルの顔を至近距離から覗き込んだ。


切れ長の形の良い瞳に長い睫毛、すっと整った鼻筋に薄い唇。


こんなに素敵な人が私の婚約者だなんて信じられない。思わず彼の顔に見惚れてしまった。


青灰色の瞳は愛情に溢れている。間近にフレデリックと目を合わせてエステルの心臓が飛び跳ねた。


「……くちづけも、ダメ?」


子犬のような表情を浮かべるフレデリックを拒絶できるはずがない。エステルはこくりと頷いた。


熱い息づかいを口元に感じて目を閉じると、柔らかい感触が唇に押しつけられた。甘い吐息が漏れだしたがなかなか解放してもらえない。ようやく名残惜しそうに顔を離すとフレデリックが口元を拭いながら微笑んだ。


年下とは思えない色気にエステルの全身が熱くなった。顔だけでなく、きっとどこもかしこも赤くなっているに違いない。


フレデリックは「しっかりしろっ我慢だ」と自らを鼓舞するように小声で呟くと、そっとエステルが起き上がるのを助けてくれる。


「あ、あの……」

「すまない。ちょっとやりすぎた、かも……」


彼の顔も真っ赤になっている。心臓が口から飛び出しそうなのはお互いさまなのかもしれない。


エステルがふふっと笑うと、フレデリックも照れたように笑いながら頭を掻いた。

*皆さま、SSを読んでいただいて誠にありがとうございます<m(__)m>

アイリスNEO様より『悪役令嬢はシングルマザーになりました』9/3発売です!

なろう版とは少し内容が変わっています。新キャラも登場。

大幅加筆修正、書き下ろし山盛り、相変わらずの甘い溺愛物語です(≧∇≦)

さらに双葉はづき先生のイラストが最高すぎて永遠に見ていられる…

エステルとココミアが信じられないくらい可愛い上に、イケメン攻略キャラも盛沢山ですヾ(≧▽≦)ノ

読んでいただけたら嬉しいです(#^^#)

https://www.ichijinsha.co.jp/iris/title/akuyakureijyou-ha-singlemother/

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