真っ白な世界と穏やかな朝
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ここは、どこまでも何もない世界。
床も、壁も、天井も、存在しているのか分からないほど全てが真っ白な世界。
狭いのか、広いのか。奥行きも全く感じられない。
そんな世界に、俺は佇んでいた。何故かはわからないが、これは間違いなく夢だと頭が確信している。
何もないし、何も起きない。早いところ目を覚まして、こんな謎の空間からはおさらばしたいものだ。
そう考えていると、突如頭の中に声が響く。
“まだ見え…か…どれ、手を貸…てや…う”
聞こえた瞬間、突如真っ白な空間に無数の小さな光が浮かび上がった。
埋め尽くす、というほどでは無いが、様々な色に輝く光の玉が世界にふわふわと漂っている。
それは突然目に映ったものの、不思議と全く眩しくなかった。己すらその色の一部だったかように目が順応する。
自分の夢の世界に起きた異変に驚き、無意識に辺りを見回す。
すると自分の正面に、人の形に近い紫色のモヤのようなものが漂っているのが見えた。
“我…名は…ル……。お前…我が力…意…を受け継…し者。”
先程と同様、途切れ途切れに頭の中に声が響く。
どうやらその声の主は、目の前に漂う紫色のモヤのようだ。
“やは…ま…声は届…ぬか。まだ今…、…れでも良…。いずれ…こえる…うにな…ばな。”
途切れ途切れでも、文脈から何となく話は読み取れる。何か大切なことを伝えようとしている…?
“そろ…ろ、時間…な。”
どうやら、この不気味で不可解な状況から脱する時が近いようだ。
“…ろを…て、……じる…だ…。…れは…ま…に…から…あ……る。…え…す…のだ。せ…いの……らを。”
なぜかこれだけは、まるで、一度聞いたことがあるかのように何を言っていたのかをはっきり理解できた。
その言葉を最後に、世界は紫色の光に包まれた。どうやら現実へ帰るようだ。
『色を見て、感じるのだ。
それはお前に力を与える。
使役するのだ。
世界のカケラを。』
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目を覚ますと、見慣れない天井が目に映る。
ここは、ファイさんの宿【リバーズハウス】の一室。昨晩は色々あった疲れからか、今後の予定を立てながらマリと食事した後、倒れ込むようにして眠った。
窓の方へ目を向けると、カーテンからは朝日が差し込んでいた。
マリと一緒にリバティワーカーズ…冒険者ギルド的なところへ行き、俺の登録を済ませて仕事を探すことになっている。
ふと隣のベッドを見ると、そのマリが宿備え付けの浴衣姿ですやすやと寝息を立てている。非常に残念ながら寝相が良いらしく、着崩れはしていなかった。
だが朝起きてすぐこんなに可愛い子の寝顔を拝めるとは。異世界のなんと素晴らしきことか。
着崩れている自分の浴衣を直し、名画のような寝顔を少しでも長く堪能するためにベッドに腰掛ける。するとすぐに、それは私は生きていますと言わんばかりにゆっくりと目が開く。
「んー…あ、ツウ。おはよー…。」
俺は寝起きのお手本のような、マリの間の抜けた挨拶に手を挙げ、おはようと返した。
マリは、ネコのように寝起きの凝った体を伸ばした後、ハッとして顔を赤らめながら急に慌て出した。
「ていうかなに見てたのよ!私が寝てる間に何もしてないわよね!?」
これまたお約束だな。というか、部屋の主にそんなことするか。泊まるとこなくなっちまう。
「何もしてないって。寝顔があまりにも可愛くてつい。」
と、マリの反応を楽しみにしつつ何の恥ずかしげもなく素直にありのまま伝える。それを聞いたマリは、さらに赤くなりつつも少し拗ねたような表情で小さく何か呟く。
何と言ったのか聞こえなかった。聞き返すもマリは黙ってソッポを向いている。
少ししてマリは、そろそろ準備するから、と言ってシャワーを浴びるために浴室へのドアを開ける…直前に、またお決まりのセリフ。
「覗いたら燃やすから。」
完全に目に光が宿っていなかった。さすがに大人しくしておこうと心に決める。
「俺も準備するか。」
冒険者、という響きにワクワク感と少しの不安を抱きながら浴衣を脱ぎ、服に袖を通す。
準備と言っても着替え程度で、洗面台は浴室への扉をくぐった先。
「顔、洗うくらいはいいかなぁ…」
と、窓から見える見慣れない街並みを眺めながら呟いた。
ツウが準備を進めている一方でマリは、身体に泡を纏いながらため息と共に独り言を呟いていた。
「……まったく、アイツ昨日はすぐ寝ちゃったし、同室だからって私一人で緊張してドキドキして…馬鹿みたい。あーーもう。何考えてるんだろ。」
マリは今までに感じたことのないモヤモヤ感を、泡と共にシャワーで流し去る。
よし、とひとつ大きく息を吐き、身体にタオルを巻いて浴室を出る。
すると、ツウが脱衣所で顔を洗っていた。
「よ、よう。奇遇だな。」
マリは、絶対に落とさまいと身体に巻きつけたタオルを左手で押さえ、みるみる顔が青くなっていくツウに笑顔を向けながら、右手の平を上に向ける。
それはマリの怒りを体現するかのように、色術で真っ赤なオーラに包み込まれ、燃え盛っていた。