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ひとつ屋根の下

時計は夜の9時を大きく回り、もうあと半分を残すところで、俺とマリはリルムに着いた。


外から見た印象の通り、栄えている街らしい様相で、まだ人通りも多く明かりのついている店も数多く見受けられる。



マリは、街を囲っている外壁の門番をしている衛兵と、話をしている。おそらく俺の説明をしてくれているのだろう。少ししてこちらに戻ってきた。


「さ、行こ。私が拠点にしてる宿があるから、ひとまずそこでご飯ご飯!」


よほどご飯が楽しみなのか、なんだか嬉しそうだ。



「門番と話をしてたけど、俺は入って大丈夫なの?街に入る審査みたいなのが要るのかと思ってたんだけど。」


「へーきへーき〜。結構長いことここを拠点にしててね、色々と顔が利くの!ちゃんと話はしといたから安心しなさい!」


怪しいやつは立ち入り拒否なんてことになったらどうしようかと思っていた。


「いやほんと、何から何まで助かるよ。ありがとう、マリ。」


「そんなの気にしないで。それよりお腹空いたよ!早く行こ!」


俺はマリに連れられて、宿を目指して歩きだす。お礼を言ったからか、街を一緒に歩くマリはなんだか少し照れ臭そうだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー



「あら、おかえりマリちゃん!遅かったじゃない!」


宿に着くと、マリの姿を見た女の人が声をかけてきた。背が高く、少しふと…健康的な身体つきの豪快そうな人だ。女将さんだろうか。


「ただいまファルさん。ちょっと色々あって…今日から1人分、ご飯と部屋って頼める?」


それを聞くと、ファルさんと呼ばれている人は舐め回すように俺を見て、ニヤッと笑いながら


「まさか天下のマリちゃんが男連れ込むとはね。アンタも意外とやるじゃないのさ。」


それを聞いたマリの視線が、俺とファルさんの顔を何度か往復する。こちらを向くたびに少しずつ顔が赤くなっていくのが面白い。


「ち、ちち違うって!ちょっと平原で拾っただけだよ!部屋も別々で取るつもりだし!もう…変なこと言わないでよ!」



…俺は拾得物か何かか。拾ってから3ヶ月経ったら所有権発生するけど貰ってくれる?



ファルさんはマリの言葉に笑いながら、俺の方に優しく視線を向けてきた。とりあえず自己紹介しなきゃな。


「はじめまして、ツウと言います。マリさんには平原でお世話になって。拠点にしているというここに案内してもらって来ました。」


「そんな丁寧にしなくて良いのよ!あたしはこの宿の女将をやってるファル。よろしくねツウくん!」


よろしくお願いします、と返す。ぶっきらぼうな話し方だが、全く悪い気はしない。優しい目線と明るい表情も相まってか、不思議ととても安心する人だ。


「早速だけど、生憎部屋が空いてないんだ。ウチはデカい部屋がひとつだけあってね。そこで相部屋なら大丈夫だけど…いいかい?」


そうファルさんが提案してくる。視線が俺から外れているが、笑いを堪えてるような、楽しそうな顔をしている。


相部屋か。不安ではあるけど、満室なら仕方ない。同室の人と何か話ができればいいな。


そんなことを考えていると、何故か隣にいる人が赤面して固まっている。数秒して恐る恐るその可愛らしい口を開こうとした時、先手を打つようにファルさんが言葉を繋いだ。


「満室なのは本当だよ。ウチが人気なのは知ってるだろ?」


もう完全に笑っている。これはおそらく相部屋の相手は…


「はぁ…わかったわよ…。」


諦めたようにため息をつきながら、部屋の主であるマリが相部屋を承諾した。


俺は少しモジモジしながら、視線を合わさずに感謝の意を述べる。


「…不束者ですが、よろ」


「よろしくしないわよふつつかもの!!バカな事言ってないでさっさと行くわよ!」


そんなやりとりを見て、ファルさんは豪快に笑っている。




その後俺は宿泊の手続きを済ませ、マリと部屋へ向かう。


「ベッドは部屋に別々であるからね!変なことしたら承知しないわよ!」


マリがお決まりのセリフを俺に投げかけてくる。



そんな男に見えるのか。ここはひとつ、俺が安心できる男だということを紳士的にアピールしないと。



「変なことなんてしないさ。マリと一つ屋根の下、同じ部屋で寝食を共にするんだ。お互いに仲良く苦楽を分かち合っていこうな。」


「言い方!!」


マリにキレのあるツッコミを入れられながら、宿の入り口から奥へと進んだ。






そんな二人の背中を、母のような表情でファルが見送る。


「やっと、見つかったんだね。マリちゃん。」


ファルはそう呟くと、二人の食事を準備するために厨房へ向かう。


これから作る少し遅めの夕飯は、いつもよりも数段美味しいものが出来上がりそうな、そんな気がした。

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